第25話 力の使い方
宿へ戻る道で、アオイは何度か足を止めかけた。
炊き出しの列にいた人たちの顔が、頭から離れない。男たちが来たときは怯えていた。男たちが逃げたあとも、同じように怯えていた。
今度は、アオイを見て。
「……どうすればよかったんだろ」
誰に聞くでもなく呟き、また歩き出した。
男たちはリシアと騎士がいる間、姿を見せなかった。いなくなるのを待っていたのだろう。並んでいた人を押しのけ、修道院の人を脅し、差し出された食事まで払いのけた。
あのまま食事を渡して帰ってもらえば、今日はそれで済んだかもしれない。
でも、次はどうなる。
男たちがまた来たら、修道院の人はまた食事を渡すのだろうか。後ろに並んでいた人は、そのたびに順番を譲るのだろうか。
アオイは曲がり角を抜け、宿の前に出た。
「お帰りなさい、アオイさん」
食堂から顔を出した給仕の少女が、いつもどおりの声で言った。
「ただいま」
少女の後ろから、食事の支度をする音が聞こえる。アオイは食堂には入らず、そのまま階段を上がった。
部屋に戻って扉を閉める。
やりすぎだったのだろうか。
杭で刺さずに、吹き飛ばすくらいにしておけばよかったのか。でも、地面に叩きつけられれば怪我をする。周りに並んでいた人を巻き込んだかもしれない。
傷は治した。男は立って、自分の足で逃げていった。
それでも、修道院の人は震えていた。
「どう思う?」
しばらくして、アオイは口を開いた。
「何をだ」
竜王が答える。
「あの男たちよ。騎士がいるときは出てこなかった。いなくなった途端に、好き勝手し始めた」
「強い者を避け、弱い者から奪う。よくあることだ」
「だから止めたの」
「男たちは逃げた。望んだとおりではないのか」
「ほかの人たちまで怖がってたわ」
アオイは寝台の端に腰を下ろした。
「最初に『並んで』って言ったのは修道院の人よ。でも、あの人も最後は食事を渡そうとした。私が余計なことをしたのかな」
「お前が退けば、男たちは今後も同じことをしただろう」
「私もそう思った」
その答えには頷ける。なのに、すっきりしなかった。
「男たちを追い払った者を、なぜ恐れる」
竜王には分からないらしい。
アオイにも、怖がられた理由がまったく分からないわけではない。目の前で人の腹に穴が開けば、驚くだろう。治せると知らなかった人なら、なおさらだ。
けれど、治したあとも皆の顔は変わらなかった。
「私が、あの男たちと同じくらい怖かったんでしょうね」
「お前は食事を奪っておらぬ」
「そういう話じゃないのよ」
窓の外で、人の行き交う声がした。アオイは立ち上がり、少しだけ窓を開ける。
「あいつらは騎士の力が怖かった。私の力も怖かった。じゃあ、誰が止めればよかったんだろう」
「お前が止めた」
「……そうね」
男たちを放っておけばよかったとは、今も思えない。
ただ、別の止め方はあったのかもしれない。思いつくのは、騎士を呼ぶことくらいだ。来るまで男たちが待ってくれたかどうかは分からない。
「力って難しいわね」
「人は面倒だな」
「そこは否定しないわ」
アオイは窓を閉めた。考えても、今すぐ答えは出そうにない。
階下から食器の触れ合う音が聞こえてきた。
「……そろそろ夕食か」
部屋を出る前に、アオイはもう一度、炊き出しに並んでいた人たちの顔を思い出した。
◇
王城の夕食では、リシアがいつもよりよく話していた。
「アオイ様は、野菜を運ぶところから手伝ってくださったんです」
国王は娘の話を聞きながら、食事に手をつける。
「魔法は使わなかったのか」
「使いませんでした。皆と同じように皮をむいて、鍋まで運んでくださいました」
「意外だな」
向かいの王太子が口を挟んだ。
「騎士たちの話では、演習場でずいぶん派手な魔法を見せたそうだが」
「私も聞きました。でも今日は、皆と並んで野菜の皮をむいてくださったんです。修道院の方に教わりながら」
リシアは自分の手元を見た。
「慣れない作業だったと思います。それでも、一緒にいてくださいました」
国王は娘の表情を見ていた。
リシアがアオイについて話すとき、以前より声が明るい。危うい相手だと知りながら近づき、自分の目で見ようとしている。そのこと自体は、国王も認めていた。
「街の話もしました」
リシアは続ける。
「以前、アオイ様が持ち帰った魔物のお肉が安く買えたと、喜んでいる人がいるんです。そのことをお伝えしたら、少し驚いていらっしゃいました」
「本人は知らなかったのか」
「はい。獲りすぎたと、気にされていたようで」
王太子が笑った。
「騎士たちは、一人で何人も相手にして勝ったと騒いでいたぞ。その女が、肉の量を気にするのか」
「アオイ様は、そういう方です」
リシアがすぐに答えた。
王太子は妹を見て、少し眉を上げる。
「ずいぶん気に入ったのだな。嫁ぐときに同行させたらどうだ?」
「兄上、そういう話では……」
「まだ早い。婚姻先も決まっておらん」
国王が言うと、王太子は「冗談です」と笑って杯を置いた。
リシアは「もう、兄上」と小さく抗議し、炊き出しの話に戻った。
国王は相槌を打ちながら、昼間届いた報告を思い返していた。
リシアと護衛が去ったあと、男たちが炊き出しの列へ割り込んだ。アオイは男の腹を土の杭で貫き、その場で傷を治したという。
男は逃げ、命に別状はない。
修道院からの報告には、それだけでなく、周囲にいた者たちがアオイを恐れたことも記されていた。助けられたはずの人々が、彼女の前から退いた。
国王は、楽しそうに話すリシアを見た。
娘が見たアオイも本当なのだろう。修道院から届いた報告も、同じく事実だ。
王太子はまだ、演習場での噂しか知らない。妹の気に入った冒険者を、侍女のように連れていけると考えている。
いずれ、アオイについて伝えなければならない。王太子が何も知らずに接触するのは危うい。だが、危険な人物だとだけ告げれば、自分の目で確かめようとするかもしれない。
「父上?」
王太子に呼ばれ、国王は顔を上げた。
「どうした」
「いえ。先ほどから、何か考えておられるようでしたので」
「少しな。続けてくれ」
リシアが、宿の水汲みを楽にするため、アオイが手押しのポンプを作った話を始めた。
「取っ手を動かすと、水が出るそうです。宿の少女が何度も試して、とても喜んだと」
王太子が水の出る仕組みを尋ねる。リシアは詳しくは知らないと笑い、国王も娘の話に耳を傾けた。
毎朝の水汲みを見て、宿のために道具を作ったアオイ。その同じ人物が、昼には男の腹を貫いた。
国王は息子へ何をどこまで伝えるべきか、考え続けていた。




