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第22話 届くまでの時間

 翌朝、アオイはいつもより遅く目を覚ました。


 水瓶には、昨夜女将が持ってきた水がまだ残っている。杯に注いで飲むと、昨夜の竜王との話を思い出した。


 人族の代表が竜と契約し、別の誰かを対価に差し出していた。竜王の話がすべて正しいかは分からない。それでも、アオイが信じていた話と、あまりに違っていた。


「……考えてても分かんないか」


 アオイは身支度を整え、部屋を出た。


 階下の食堂では、女将が片付けをしていた。アオイを見ると、ちらりと顔を上げる。


「起きられたかい。水は飲んだ?」


「飲んだわ。ありがと」


「ならいいよ。何か食べていくかい?」


 アオイは少し考え、席についた。女将は昨夜のことを聞かず、食事を運んできた。


 食べながら、ギルドで聞いた話を思い出す。王都で預けた金をほかの町で引き出すには、支部同士で書類を往復させるという。前の世界では、どの支部へ行ってもすぐに記録を確かめられた。


 竜王が言っていた、離れた場所で話すための魔石。あの世界の人たちは、それを使っていたのだろう。


 では、この世界ではどうしているのか。


 アオイは食事を終えると、図書館へ向かった。


 ◇


 以前、魔物の本を探した書棚の前を通り過ぎ、アオイは受付にいた司書へ声をかけた。


「遠くの町へ急ぎの知らせを送りたいときって、どうするの?」


「使いを出すことが多いですね。伝書鳩や狼煙を使う場合もありますが、伝えられる内容や場所が限られます」


「魔法で離れた相手と話したりは?」


「そういう方法は、少なくとも私は聞いたことがありません。連絡の方法について書かれた本があるはずですので、探してみますね」


 司書は席を立ち、奥の書棚へ向かった。


 アオイはその後ろ姿を見送りながら、前の世界のギルドが使っていたという魔石を思い出した。竜王は人族へ定期的に渡していたと言っていたが、アオイは一度もその魔石を見たことがない。


 しばらくして、司書が数冊の本を持って戻ってきた。


「こちらに、知らせの送り方が載っています。街道の案内もお持ちしましょうか?」


「お願い。町の間を移動するのに、どれくらいかかるかも知りたいから」


 席につき、アオイはまず連絡の方法について書かれた本を開いた。


 伝書鳩は、どこへでも手紙を運べるわけではない。狼煙も、遠くから見える合図にはなるが、細かな事情までは伝えられない。結局、長い知らせや書類は人に持たせて運ぶことになる。


「そりゃ、ギルドの返事にも時間がかかるわね」


 アオイは本を閉じ、街道の案内を開いた。町ごとに道中で立ち寄れる場所や、移動にかかる日数の目安が書かれている。


 以前見た図書館の地図も、もう一度広げてみた。だが、町と主要な街道の位置が大まかに分かる程度だ。細かな道筋や途中の橋までは載っていない。


「地図だけじゃ分かんないか」


 アオイは街道の案内と見比べながら、王国の外へ続く道を探した。国境の向こうにも、人や荷物は行き来している。だが、そこへ行くのにどんな道を通り、着いた先で何に気をつけるべきかは、地図からは読み取れない。


 飛べば山を越えられる。けれど、知らない国へただ降り立てばいいわけでもない。


 アオイは周辺の国について書かれた本も手に取った。


 そこには、王国との争いや、同盟を結んだ経緯が記されていた。ある争いが終わり、閉ざされていた街道が再び開かれた。交易が盛んになり、王都も栄えたという。


 アオイは同じ箇所を読み直した。


 争いが終わったのはいい。だが、街道が閉ざされていた間、そこを使って暮らしていた人たちはどうしていたのだろう。


 別の頁には、王が下した決断と、その成果が並んでいた。その決断を受けた町や村のことは、ほとんど書かれていない。


 昨日までなら、読み飛ばしていたかもしれない。


「……王国の歴史だもんね」


 アオイは本を閉じず、前の頁へ戻った。争いが始まった理由を読み直し、今度は別の棚から、その時代について書かれた本を探す。


 記述が食い違っているところもあった。どちらが正しいのか、ここにある本だけでは分からない。


 それでも、一冊を読んで分かったつもりになるよりはいい。


 気づけば、窓から差し込む光の向きが変わっていた。アオイは借りた本を元の場所へ戻し、司書に礼を言って図書館を出た。


 外の通りは、行き交う人たちで賑わっている。荷車を引く者、買い物帰りらしい者、誰かへ急ぎ足で向かう者。


 アオイはその間を歩きながら、もう一度、図書館で見た大まかな地図を思い浮かべた。


 知らない土地は、まだいくらでもある。


 曲がり角の先で、荷車を引いていた男が立ち往生していた。片方の車輪が道のくぼみにはまり、押しても引いても動かない。荷台には野菜の入った籠が積まれている。


「車輪を上げるから、前に引いてくれる?」


 アオイが声をかけると、男は驚いた顔をした。


「上げるって、どうやって?」


「いいから、取っ手を持ってて」


 アオイが車輪の下の地面に手を向けると、くぼみの底から土がゆっくり盛り上がった。車輪が道の高さに戻ったところで、男が荷車を前へ引く。


 車輪がくぼみを抜けたのを見て、アオイは盛り上がった土を元に戻した。男が試しに引くと、今度はすんなり動く。


「助かったよ。ありがとう」


「どういたしまして」


 アオイはそのまま宿へ向かった。


 荷車のそばにいた別の男が、遠ざかる背中を見て呟いた。


「今の、空を飛ぶって噂の冒険者じゃないか?」


 礼を言った男は、元どおりになった地面を見つめ、それから荷車の取っ手を握った。


 ◇


 そのころ、冒険者ギルドには商会の若者が来ていた。


「アオイさん宛ての依頼をお願いしたいのですが」


 受付の女性は差し出された依頼書を確認した。


「前回の薬草採取に続いて、指名依頼ですね。お預かりします」


「よろしくお願いします」


 若者が帰ったあと、受付の女性は依頼書を所定の場所に収めた。


 アオイは昨日、魔物の精算と金の預け入れを終えて帰った。今日はまだ顔を見せていない。


「来たら伝えましょう」


 受付の女性はそう呟き、次の冒険者を呼んだ。

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