第21話 対価
宿へ戻ったアオイは、食堂で夕食を注文した。
今日の料理は、米を肉や野菜と炒めたものらしい。街を離れている間に、あの肉祭りは終わっていたようだ。
料理を待ちながら、アオイは昼間のギルドでのやり取りを思い出した。
「あの世界のギルドは、どうやってたんだろう」
「離れた場所で話せる魔石を、我らが定期的に人族へ渡しておった。それを使っていたのではないか?」
竜王は当たり前のことのように答えた。
「え? どういうこと?」
「我らは離れた同族とも話せる。その魔法を魔石に封じ、人族にも使えるようにしておったのじゃ。知らなかったのか?」
「ちょっと待って。それじゃ、あんたたちと取引してた人がいたってこと?」
「配下に加えた種族へ恩恵を与えるのは、おかしなことではあるまい。代わりに人族にできる仕事をしてもらい、生贄を出してもらうこともあった。人族の代表が承知した対価じゃぞ」
「え……竜がいるから自由がないって話は? 竜に襲われて、食われた村があるって話は?」
「人族の間でどう伝わっておったかは知らぬ。我らが一人ひとりに説明して回るわけにもいかぬからな。むしろ、他の種族が人族を襲いすぎぬよう、諫めることのほうが多かったと思うが」
アオイは竜王の言葉をすぐには飲み込めなかった。
「ふ……ふふ。あはははは! まんまと私、担がれたってわけね」
突然笑いだしたアオイに、周囲の客が怪訝そうな視線を向けた。
「……どの村が襲われるかも、決まってたってこと?」
「襲ったという認識はないのう。人族から差し出された者を食らった、という認識じゃが」
アオイの笑いが止まった。
「普通の人たちは……少なくとも、その村の人たちは、自分たちが生贄だなんて知らなかったと思うわ」
「それは人族の中での話であろう。そこまでは我らの預かり知らぬことじゃ」
「あの……大丈夫ですか?」
料理を運んできた少女が、心配そうにアオイの顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ」
そう答え、アオイは少女の頭を軽く撫でた。
「悪いんだけど、食事を部屋まで運んでもらえる? あと、お酒があれば、それもお願い」
アオイは金貨を数枚取り出し、無造作にテーブルへ置いた。
「こんなには要りませんよ?」
「飲みたい気分なの。適当に持ってきて。残りはチップにしていいわ」
それだけ告げると、アオイは立ち上がり、部屋へ向かった。
少しして、部屋の扉が叩かれた。
少女が夕食と酒の瓶を運んでくる。皿には、頼んだ料理のほかに、つまめそうなものも載っていた。後ろから入ってきた女将は、水瓶をテーブルへ置いた。
「酒だけじゃなくて、腹にも何か入れなよ。あと、水もね」
「分かったわ」
女将はアオイの顔を見て、それ以上は聞かなかった。
「しばらくしたら食堂も空くよ。一人でいるのが嫌になったら、気が向いたときに下りておいで。飲み相手くらいにはなるから」
アオイは片手を上げて答えた。
女将は少女を連れ、部屋を出ていった。
扉が閉まると、アオイは酒を杯に注いだ。
「王だの教皇だのからは、竜に支配されているって聞かされてたわ」
「ふむ。それは、あながち間違いではないのう」
アオイは杯を持ったまま、しばらく黙った。
「街やギルドでは、竜が魔物をけしかけて人を襲わせてるって話だった」
「わざわざそのようなことをする理由がない。魔物にもいろいろおるが、人を襲うのは大抵、食欲であろう」
「じゃあ、魔物が襲ってきても放っておいたの?」
「人族に限らず、種族同士の争いが大きくなれば止めることはあった。だが、個々の魔物が何をするかまで見てはおらぬよ」
アオイは杯の酒を一口飲んだ。
「……なんで、私に竜を倒させようとしたんだと思う?」
「ふむ。人族にはできぬが、我らにはできることが多い。それを自分たちの思うままに使いたかったのではないか?」
竜王は少し間を置いた。
「お主が星ごと犠牲にするとは、誰も思っておらなんだろう。人族との契約を知らされていなかったのであれば、お主をうまく使って我らを従わせようとした……そう考えるのが、わしには一番自然じゃ」
「あんたも、そう思ってたの?」
「お主に負けると思ったときにはな。そうなる覚悟はしておったよ」
「……まあ、今さら確かめようもないけどね」
アオイは食事を口に運んだ。味わう間もなく飲み込み、また次を口へ入れる。まるで行き場のない苛立ちを、食事にぶつけるようだった。
「……なんだか、イライラする」
「何に苛立っておる? 隠されていたことか?」
「違うわ」
アオイは手を止めた。
「いつ襲われるか分からなくて、怯えていた人がいた。襲われて死にたくないって言っていた人がいた」
その顔や声を思い出す。
「それが、人が選んだ結果だっていうのが気に食わないのよ。そんな約束をした人間が、自分の家族を差し出せばよかったじゃない」
アオイは杯の酒を一息に飲み干した。
「ねえ。あんたが生贄を選ばなきゃいけないとしたら、どうやって選ぶ?」
「怪我をしている者、年老いて戦えぬ者、力に劣る者……そのあたりかのう」
「ある意味、公平ね」
「種としての損失を最小にするべきであろう」
「……そうね」
「知りたいかは分からぬが、生贄は先ほどの魔石や、人族の街の近くに現れた強い魔物の討伐、鉱山を開くための穴掘りなど――人族から頼まれた仕事の対価じゃぞ」
アオイは答えず、空になった杯を見つめた。
「お主は我に勝った。今はこの有様じゃ。必要なら、魔石を作って人族に与えても構わぬぞ」
「要らないわ」
竜王はそれ以上勧めなかった。
「ほかにも気になることがあれば、答えよう」
「ええ。聞きたいことがあったら聞くわ」
アオイは瓶をつかみ、空になった杯に酒を注いだ。
竜王はもう何も言わなかった。
アオイは料理に手を伸ばし、酒を飲む。杯が空になるたび、また瓶を傾けた。




