第20話 精算と預け入れ
翌朝、アオイは夜営に使った縄と袋を片付け、土のドームを元の地面へ戻した。
採ってきた薬草の袋を肩に担ぎ、空へ飛び上がる。街道を目印に進むうちに、遠くに王都の城壁が見えてきた。
「やっと戻ってきた」
城門の手前で降り、歩いて門へ向かう。立っていたのは、出発するときに声をかけてきた門番だった。
「お、無事に帰ったか」
「ただいま。言ったとおり、この袋に入る分だけよ」
アオイが肩の袋を示すと、門番はその後ろへ目を向けた。
「台車もないな。よかった、今日は大量の獲物を通さずに済む」
「そんなに嫌だった?」
「あれを見て喜ぶ門番がいると思うか?」
門番は呆れた顔をしながらも、無事の帰還を喜んでいるようだった。アオイは手を振り、門を通った。
◇
ギルドの受付で依頼書と薬草を渡す。受付の女性は袋の中身を確かめ、依頼書と照らし合わせた。
「はい、必要な量があります。依頼はこれで完了です」
「よかった。あの崖、飛べなかったら大変だったわよ」
「普通はそうなんです」
受付の女性は苦笑してから、声を少し落とした。
「それと、先日持ち込まれた魔物の査定が終わりました。お支払いの確認がありますので、こちらへお願いします」
案内されたのは受付の奥にある別室だった。
「なんでわざわざ?」
「金額が金額ですので、その場で確認していただいたほうがよいかと」
部屋に入ると、受付の女性は帳面を開き、机の上に袋を置いた。どさりと重い音がする。
「こちらが買い取りの精算額です。金額を確認できましたら、ここへ署名をお願いします」
受付の女性は、アオイが数え終わるまで立ち会うつもりらしい。後から金額が違うと言われないためだろう。
「信用するわ」
アオイは袋を開かずに署名した。
「信用していただけるのはありがたいですが、ほかの場所では、できるだけその場で確認してくださいね。トラブルの元になりますから」
アオイが片手を振ると、受付の女性は少し困った顔をした。次も数えないだろうと思われているのかもしれない。
「それから、こちらが薬草採取の報酬です」
大きな袋の横に、小さな袋が置かれる。アオイはそちらを手に取り、同じように署名しようとして、手を止めた。
「これ、手数料は取ってある?」
「はい。ただ、依頼人がギルドの手数料分を負担する形で報酬を上乗せしています。アオイさんの取り分は、直接取引した場合と変わらないはずです」
「それって、よくあるの?」
「いいえ。報酬を上げると手数料も増えますので、計算が面倒でした。そこまでするくらいなら、直接取引を選ぶ方が多いと思います」
「そうよね……」
アオイは出発前に会った商会の若者を思い出した。話した時間は、そう長くない。
「個人的な推測ですが、これからもアオイさんに仕事を頼みたいのではないでしょうか」
「少し話した程度だけどね」
「空を飛べるというだけで、頼みたい仕事はいくらでもあると思いますよ」
アオイは曖昧に頷き、薬草の報酬の受け取りにも署名した。
ここ数日、王都で過ごしただけの印象だが、机の上の袋にはかなりの大金が入っているらしい。これを常に持ち歩くのは不用心だし、何より邪魔になりそうだった。
「ギルドって、お金を預けたりできるの?」
「できますよ」
受付の女性は予想していたのか、用紙を一枚、机の上に置いた。
「こちらに預ける額を書いてください」
「うーん。どれくらい手元にあればいいと思う?」
「アオイさんの生活費は存じませんが……一か月分くらいを目安にされては?」
受付の女性は指を折りながら考えた。
「まず、宿代に――」
「あ、宿代は王城の人が払ってくれてるみたい」
「……それでは、武器や防具の修理代に」
「魔法で作れるから、それも要らないかな」
「……火を起こす道具や、水袋などの消耗品に」
「それも魔法で何とかなるわね」
「……馬車などの移動費用ですが」
「要らないわね」
受付の女性はしばらく黙った。
「た・い・へ・ん、羨ましい限りですね」
一語ずつ区切って言うと、帳面に目を落とした。
「では、この程度を手元に残してはいかがですか。足りなくなれば、こちらで引き出せますので」
「そうする。ありがと」
アオイは示された額を見て、用紙に書き込んだ。ふと思いついて尋ねる。
「ちなみに、これってギルドならどこでも引き出せるのよね?」
「はい? ここに預けるのに、ほかの支部で引き出すのですか?」
アオイは前の世界の感覚で軽く聞いただけだったが、予想外の反応が返ってきた。
「……どうなんでしょう。少し調べてみますね」
受付の女性は本棚から分厚い本を取り出し、頁をめくった。
「うーん。できることは、できるようですね」
「あ、そうなのね。よかった」
「それはどうでしょうか」
受付の女性は開いた頁を指で押さえた。
「引き出したい支部から、こちらへ確認の書類を送ります。こちらで預け入れの記録を調べて返事を送り、先方がそれを受け取って、ようやく引き出せるそうです」
「……時間がかかるってことね」
「支部同士の距離によります」
アオイが気になったのは、前の世界のギルドのことだった。
あちらでは、どの支部でも金を預けたり引き出したりできた。犯罪を犯せば、その情報も各地のギルドへ伝わっていた。どうやって実現していたのかは、アオイも知らない。
だが、ここで前の世界の話をしても仕方がない。
「まあ、いいわ。必要な分だけ残して、あとは預ける」
旅先ですぐに引き出せないとしても、あの大きな袋を常に持ち歩くほうが面倒だった。
アオイは預け入れの手続きを済ませ、手元に残した金をしまってギルドを後にした。




