第18話 空の旅の夜
王都の一等地にある屋敷で、男が報告を受けていた。
「ご報告です、会頭。例の女に接触できたとのことです」
「そうか、接触できたか」
会頭の口元が緩む。
「ですが、依頼は直接受けず、ギルドを通す形になったそうです」
「ギルドを? なぜだ。手数料を取られるだけだろうに」
「トラブルを避けるためだとか」
「ほう。聞いていた印象より慎重なようだな。依頼は表のものか?」
「はい。娘の治療法を探している富豪に、薬師が持ち込もうとしている薬の材料です」
「ああ、あれか。富豪相手なら高値を付けられるが、数が出る商売ではない。今回の口実にはちょうどよいな」
「はい。依頼の内容を調べられても、問題はないかと思います」
会頭は報告者を見た。
「問題? 我々の商売は、どれも探られて困るようなものではないだろう。そのために普段から、役人や貴族とも懇意にしておるのだから」
「失礼しました。おっしゃる通りです」
「その依頼、ギルドを通しても女の手取りが減らぬようにしろ。必要な分はこちらで持つ」
「よろしいので?」
「端金より、あの女の歓心を買っておく方がよい。投資というやつだ」
「分かりました。そのように手配します」
◇
翌朝、アオイはギルドの入口まで行き、足を止めた。
中には冒険者が大勢いる。受付の前にも列ができていた。
「……混んでるわね」
アオイは踵を返した。通りを挟んだ宿へ戻り、ギルドの入口が見える食堂の席に腰を下ろす。
「行かぬのか?」
「あんな混んでるところに入りたくないわよ」
竜王へ答えながら、通りかかった給仕の少女に飲み物を頼む。近くの客がちらりとアオイを見たが、話しかけてはこなかった。
少女が飲み物を運んできたところで、アオイは尋ねた。
「おじいちゃんは?」
「夜遅くに騎士様が書類を持ってこられたので、たぶんお部屋かと」
「あらま、忙しいのね。もう少ししたら依頼に出るから、聞かれたらそう言っておいて」
「分かりました」
少女は元気よく返事をして、厨房へ戻っていった。
アオイは飲み物を口にしながら、窓の向こうを眺めた。ギルドから依頼を受けたらしい冒険者たちが、次々と通りへ出ていく。
入口を出入りする人数が減ったところで、アオイは立ち上がった。
「そろそろ空いたかな」
今度はそのままギルドへ入る。
「あ、アオイさん! 指名依頼が来ていますよ!」
受付の女性が声をかけた。
「指名依頼? マジか!?」
まだ残っていた冒険者が振り向く。アオイはその視線を気にせず、受付へ向かった。
「知ってるわ。出しておくように言ったんだし」
「直接受けなかったのですか?」
「ギルドを通した方がいいって言われたからね」
「まあ、そうですね。報酬などで揉めることもありますから」
受付の女性は依頼書を取り出し、添えられた薬草の絵を広げた。昨夜、商会の若者が見せたものと同じ草だ。
採取する量、見分けるための特徴、報酬を順に確認する。アオイは絵と説明を見比べ、それから地図へ目を移した。
「場所は大体聞いたんだけど、どれくらいかかるのか聞き忘れたのよね」
「普通の冒険者なら、馬車を乗り継いで片道三日から四日でしょうか。採取を含めると、全部で十日くらいは見ておきます」
受付の女性は地図の道を指でたどった。
「アオイさんが何日かかるかは、分かりませんけど」
「結構遠いのね。道とか町を無視して飛べば、早く行けるかな?」
「それ、迷いませんか? 行ったことはないんですよね?」
「そうね。目印がないと迷いそう。となると、日帰りは無理か」
「日帰りで済まないのが普通ですけどね」
アオイは肩をすくめた。
「袋とか買いたいんだけど、いい店ある?」
「門の周辺なら、道具を売る店がありますよ。よほど変わったものを探すのでなければ」
「なるほどね。ありがと」
依頼を受け、登録証と依頼書をしまう。受付の女性は去りかけたアオイを呼び止めた。
「お気をつけて。あ、飛ぶのは門の外に出てからですからね!」
アオイは振り返り、手を振って答えた。
◇
北西門の前にある道具屋へ入ると、店主が顔を上げた。
「いらっしゃい」
「大きめの袋をいくつかと、縄はある?」
「いろいろあるが、何に使うんだ?」
「山で荷物を詰めたり縛ったりするかな。一晩は外で過ごすと思う」
「なら、丈夫さがあればよいか。この辺りはどうだ? 作りは荒いが、外で使うには十分だろう」
店主が出した袋の厚さを確かめ、縄も手に取る。
「そうね。それをもらうわ」
代金を払い、買った袋と縄を一つの袋へまとめて肩に担いだ。
「それだけでいいのか? 外で一夜を過ごすんだろう?」
「これで大丈夫よ」
店主はまだ何か言いたそうだったが、アオイは礼を言って店を出た。
北西門には、見覚えのある門番が立っていた。以前、魔物の死体を山積みにした台車を何台も通した相手だ。門番もアオイに気づき、顔をしかめる。
「おいおい。今日もまた大量に獲物を持ってくるんじゃねえだろうな」
「今日はこの袋に入る程度の予定よ。帰りは今日じゃないと思うけど」
「そうかい。まあ、心配はいらないんだろうが、外で夜を明かすなら気をつけろよ。どんなに強いやつでも、寝てるときはどうしようもないからな」
「ありがと。気をつけるわ」
手続きを済ませ、アオイは門を出た。
「さて、行こうかな」
身体がふわりと浮く。次の瞬間には高度を上げ、街道の先へ向かって飛んでいた。
「おいおい……空を飛ぶってのは、あの姉ちゃんかよ。とんでもねえな」
門番の声は、アオイには届かなかった。
アオイは街道を目印に飛んだ。道の曲がる先を確かめながら進んでいると、遠くに数台の荷馬車が見えた。その後ろを、馬に乗った一団が追っている。
「襲われてるのかな?」
「助けないのか?」
「なんで?」
竜王の問いに、アオイは聞き返した。
「魔物に襲われてるならともかく、助ける理由は特にないわね」
「お主はやはり変わっておるな。かつて我らに挑んだ者たちには、怪我をした者を助けるため、命を犠牲にする者もいた。それが人族なのかと思っておったのだが」
「ああ、竜に挑むくらいなら、そういう人は多そうね。大半は自分のことで精一杯よ。それに、あれだって追われてる方が良い人とは限らないし」
「なるほどな」
「まあ、面倒なだけだけどね」
「ふっ。お主らしい」
話している間に、荷馬車も騎馬の一団もはるか後方へ遠ざかっていた。追う者も追われる者も、空を見上げる余裕はなかった。
◇
日が傾き、夕暮れが近づいたころ、アオイは街道から少し外れた林へ降りた。木々の間を小川が流れている。そのそばに、地面の開けた場所を見つけた。
「ここ、ちょうど良さそうね」
「水場は見つけたが、寝床はどうするのだ? 我らと違って、どこでも平気というわけではあるまい」
「あんたたちも洞窟とか選んでた気がするけどね」
「わざわざ雨露に晒されたくはないからな。だが、人族はもっとであろう?」
「こうすればいいのよ」
アオイが軽く足を踏むと、周囲の地面がせり上がった。土壁が弧を描いて伸び、頭上でつながる。入口と、上の方に小さな隙間を残したドームが、ほんの僅かな間に出来上がった。
中には一人が寝起きできるだけの広さがある。アオイが入ると、今度は四本の柱が地面から伸びた。
買ってきた縄を柱へ渡し、丈夫な袋を何枚か広げて縄で支える。端を結び終えると、アオイは体重をかけて確かめた。
「よし。これなら寝られるわね」
地面から離れた簡単な寝床ができている。小川のそばで地面が湿っていても、これなら気にならない。
「ずいぶんと器用なものだな」
「そりゃ、あんたたち竜が住んでる場所なんて、人は住んでないからね。いい加減、慣れたわよ」
アオイは寝床から降りた。
「さて、あとは適当に食べるものを探すかな」
地面に手を置くと、短剣がその手に作り出される。腰のベルトに引っ掛けられる大きさの袋を選び、短剣と一緒に持って外へ出た。
木の幹を蹴り、枝を足場にして林を進む。実をつけた木を見つけると立ち止まり、果実をいくつか袋へ入れた。ほかにも食べられそうなものを探し、一回りして寝床へ戻る。
袋の中身を広げ、アオイは果実を一つ手に取った。少し齧ってみる。
「毒であったらどうする?」
「魔法で解毒すればいいでしょ」
「何の毒かも知らぬのにか?」
アオイは齧った果実を見た。
「まあ、最悪、内臓ごと作り直せば何とかなるだろうけど……痛いから、あんまりやりたくないわね」
「その前に食べるのをやめればよかろう」
「食べなきゃお腹空くじゃない」
竜王から返事はなかった。アオイはもう一口、果実を齧った。




