第17話 飛行の使い道
王都の通りから人が空へ飛び立った。
騎士団員から報告を受けた国王は、しばらく言葉を発しなかった。机の向こうに立つ宰相へ目を向ける。
「どう思う?」
「人が空を飛ぶとは……。城門も城壁も、彼女に対しては意味をなしませんな」
騎士団員の報告によれば、アオイはギルドの前から飛び立ち、そのまま王都の東へ向かったという。城壁を越える際にも、門へ立ち寄ってはいない。
「だが、他の者も飛べるようになれば、流通は大きく変わるであろうな」
「その方法を、彼女が教える気になればの話ですが」
「そうだな」
国王は机に置かれた報告書へ視線を落とした。魔物を何台もの台車に載せて運んできた話も、つい先日聞いたばかりだ。
「大量の魔物を持ち込んだと思えば、今度は飛行です。これだけ騒がしければ、接触を試みる者が出てくるのも時間の問題かと」
「そうであろうな。近づく者が皆まっとうであればよいが……さて、どうしたものか」
国王が考え込むと、宰相はもう一つ報告があると言った。
「ゾルム老は、アオイ殿の帰りを待つため宿に残り、そこで執務をすると言っているようですが、いかがしましょう」
「相変わらずなご老人だな」
国王は小さく笑った。
「まあ、アオイのそばにいてくれるなら、ちょうどよい。必要な書類は届けさせよ。ただし、宿を占領してしまわぬようにな」
「かしこまりました」
◇
夕方、王都へ帰ったアオイは、ギルドの中へ入った。
先ほどまで飛行のことで叱っていた受付の女性も、魔石を二つ受け取ると仕事の顔に戻った。一つずつ傷がないか確かめ、依頼書と照らし合わせる。
「目撃されていたのは一体でしたが、二体いたんですね」
「いたわよ。並んで歩いてた」
「では、依頼分と追加の一体分を精算します」
アオイはその場で報酬を受け取った。ついでに、昨日持ち込んだ大量の魔物についても尋ねる。
「そちらはまだ査定中です。明日か明後日には終わると思いますので、もう一度いらしてください」
「分かった」
森から運び込んだ魔物がいくらになるのかは、まだ分からない。アオイは報酬をしまい、宿へ戻った。
宿の食堂には、すでに夕食を取っている客が何組かいた。入口の近くにはゾルムが座っている。アオイを見つけると、向かいの席を指した。
「帰ってくるのが早かったのう」
「飛んだんだから、当然でしょ」
「行きは見逃したが、帰りだけでも間近で飛ぶところを見られてよかったわい」
「待ってたのはそれだけ?」
「仕事もしておったぞ」
卓の端には、閉じた書類が積まれている。アオイはそれを見て、ゾルムの向かいへ腰を下ろした。
「今日はシチューですよ」
給仕の少女が声をかけた。アオイはほっとする。昨日の夕食は肉尽くしだった。温かい汁物なら、今夜は少し落ち着いて食べられそうだった。
だが、運ばれてきた器を覗いて、その期待は揺らいだ。
とろりとしたシチューの中に、肉がごろごろと入っている。しかも、アオイの器はゾルムのものより心なしか肉が多い。
少女は嬉しそうに器を置いた。
「たくさん召し上がってくださいね」
「あ、ありがとう」
悪気がないのは顔を見れば分かる。アオイは礼を言って、匙を手に取った。
「ずいぶんと気に入られておるようじゃの」
ゾルムが自分の器とアオイの器を見比べる。
「水汲みを手伝ってあげたからじゃない?」
「水汲み? 似合わぬのう」
「何言ってるの? 魔法に決まってるじゃない」
ゾルムの手が止まった。
「なに! どうやった? よし、今から汲みに行くぞ!」
椅子から立ち上がりかけたゾルムを、アオイは手で制した。
「馬鹿なの? 今からするのは食事よ!」
「終わってからでもよいぞ」
「終わったら寝るの」
アオイは匙でシチューをすくう。肉を避けたつもりだったが、しっかり一切れついてきた。
近くの卓から、客の声が聞こえた。
「あれ、宮廷魔術師だよな?」
「すごいな。空まで飛べるようになったのか」
どうやら飛んだのはゾルムだと思われているらしい。アオイがそちらを見ると、ゾルムは得意げに顎を上げていた。
「ほれ、魔法の研究を期待されておるぞ?」
「期待するのは自由よね」
「冷たいやつじゃ」
ゾルムがなおも何か言いかけたところで、一人の若者が卓へ近づいてきた。
客として食事をしていた様子はない。身なりを整え、革の鞄を手にしている。二人から少し離れたところで足を止め、丁寧に頭を下げた。
「お食事のところ申し訳ありません。少しお話ししてもよろしいでしょうか」
アオイは匙を置いた。
「何?」
若者は名乗り、薬の原料を扱う商会に勤めていると説明した。
「採取をお願いできる冒険者を探しておりまして」
「冒険者なら、向かいのギルドにいっぱいいるけど」
「はい。すでに相談はしております。ただ、今回の採取場所へ行ける方がなかなか見つからず……」
若者は鞄から一枚の絵と、小さな包みを取り出した。包みの中には、乾燥させた草が入っている。
「薬の原料になる草です。山の崖にある岩棚に生えます。そこまで登る道が危険なうえ、草を傷めずに採れる場所が限られているのです」
アオイは絵を見た。葉の形と、茎の先に付く小さな花が描かれている。乾燥した見本とも見比べたが、生えているときの姿を一目で見分けられるかは分からない。
「それで、私に?」
「本日、空を飛ぶ方がいらっしゃるという噂を聞きました。まだ確かめられてはおりませんが、もし本当であれば、ご相談できないかと」
若者はアオイの顔色をうかがった。飛行の噂だけを頼りに、ここまで来たのだろう。
「ずいぶんと都合の良い依頼があったものじゃのう」
ゾルムが口を挟むと、若者は否定せずにうなずいた。
「そうお聞こえになると思います。薬師へ納める約束は以前からありました。採取できる方を探していたところへ、今日の噂を聞いたのです」
「約束したなら、商会で採りに行けばいいじゃない」
「何度か人を出しましたが、岩棚までたどり着けずに戻っています。無理をさせて怪我人を出すわけにもいきません」
若者は絵をアオイの方へ向け、採取する範囲と、必要な量を説明した。似た草もあるので、葉だけでなく花の形も確かめてほしいという。
「間違った草を持って帰ったら?」
「その場で判断が難しければ、採らずに戻っていただいて構いません。確認できるものだけをお願いしたいのです」
前に灰牙狼を見分けられず、森の魔物をまとめて持ち帰ったことを、アオイは思い出した。今度は見本がある。少なくとも、山の草を全部持って帰る必要はなさそうだ。
若者は最後に、報酬についても説明した。
アオイには、この世界の採取依頼として高いのか安いのか、まだよく分からない。ただ、数日がかりで山を登る者を探していたのなら、それなりの額にはなるのだろう。
「今日はもう働かないわよ」
「もちろんです。今夜はご相談だけです」
「なら、いいわ」
「受けるのか?」
ゾルムが尋ねる。
「別にいいんじゃない? 昨日の魔物の買取額がいくらになるかも分からないし、報酬も悪くなさそう……悪くないよね?」
「普通なら少し割が良い程度じゃが、お主ならかなり割が良いのではないか?」
「なら決まりね」
アオイが若者へ顔を向けると、ゾルムが待ったをかけた。
「揉め事が起きないように、ギルドを通す方がよいと思うぞ。まあ、手数料は取られるがの」
「揉め事の方が面倒ね」
「ご迷惑をおかけするつもりはありませんが……」
「最初から迷惑をかける、騙すつもりだと言う者はおらんじゃろうな」
若者は一瞬言葉に詰まったが、深く頭を下げた。
「……お任せします」
「考えるのも面倒だから、明日ギルドで受けるわ。依頼を出しといてよ」
「承知しました」
若者が食堂を出ていくと、アオイは冷めかけたシチューへ向き直った。
「この依頼なら、肉は増えないわよね」
「草を採るだけならのう」
「変なこと言わないでよ」
アオイは肉ごとシチューを口へ運んだ。




