↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/48

第15話 肉のない依頼

 翌朝。


 目を覚ましたアオイは、朝食までにはまだ少し早かったため、なんとなく宿の裏庭へ出てみた。


 井戸のそばでは、小間使いらしい少女が水を汲んでいる。


 そういえば、昨日もこの少女が部屋まで水瓶を運んできてくれた。井戸から引き上げた水を桶へ移し、それを両手で抱えて運んでいる。


「大変そうね。手伝おうか?」


 特に深い意味はない。なんとなく声をかけただけだった。


「い、いえ。お客様に手伝っていただくわけには……」


 少女は慌てて首を振った。


 アオイが裏口の方を見ると、大きな水瓶がいくつも並んでいる。あれをすべて満たすのであれば、かなり大変そうだった。


「まあまあ、これくらいならすぐだから」


 アオイが井戸へ手をかざす。


 井戸の奥から水がせり上がり、朝の光を反射しながら空中で大きな水球になった。


「あそこの水瓶に入れればいいんだよね?」


「は、はい……」


 アオイが歩き出すと、水球もその後をついていく。


 そのまま裏口まで歩き、水を分けて流し込むと、並んでいた水瓶はあっさりと満たされた。


「はぁぁ……。やっぱり、あんたも魔術師様だったのかい。大したもんだねえ。さすがゾルム様のお弟子さんだわ」


 いつの間にか裏口に立っていた女将が、感心したように声を上げた。


 アオイは思わず否定しかける。


 しかし、弟子ではないと言えば、それでは何者なのかと聞かれそうだった。説明するのも面倒である。


「……どうも」


 アオイは曖昧に微笑むと、それ以上、弟子の件には触れなかった。


「そういえば、おじ……師匠は?」


 危うく、いつものようにおじいちゃんと呼びかけたアオイは、慌てて言い直した。


 いま弟子ではないと否定しなかったばかりである。余計な説明を増やすより、このまま話を合わせた方が楽だった。


「ゾルム様かい? お城じゃないかね。部屋はあんたの隣に取ってあるけど、昨日は戻ってきてないよ」


「そう。なら、まあいいわ」


 城にいるなら、アオイが心配する必要もないだろう。


 女将は何の疑問も抱かなかったようで、そのまま朝食の支度へ戻っていった。


 その後の朝食には、サービスだという大きな肉の塊が出された。


「今朝は特別だからね。遠慮せず食べておくれ」


 女将の隣では、先ほどの少女も嬉しそうに笑っている。水汲みを手伝った礼のつもりなのだろう。


 アオイは、いらないとは言えなかった。


 結局、朝から大きな肉の塊を食べる羽目になり、笑顔を返しながらも、内心ではすっかりげんなりしていた。


 どうにか食べ終えて部屋へ戻ると、そのままベッドへ横になる。


「うー……食べすぎた」


「すべて食わねばよかろうに」


「……できないわよ」


「変わっておるな」


 アオイは答える気力もなく、目を閉じた。


 そのまま、いつの間にか眠ってしまったらしい。


 扉を叩く音で目を覚ました。


「はい、どうぞ」


 まだ重い身体を起こす。


 扉が開き、アオイの目に入ったのは、大量の荷物を抱えた騎士たちだった。


 騎士たちは次々と荷物を運び込み、部屋の中へ並べていった。


 小さな棚に、衣装箱。柔らかそうな椅子や、元からあったものよりも大きな机まである。壁際には、アオイの全身が映りそうな大きな鏡が置かれた。


 よくよく考えれば、王城に残してきたアオイの持ち物など、今の服をもらう前に着ていた怪しげなローブくらいしかない。


 だが、いま部屋へ運び込まれているものは、どう見てもアオイの私物ではなかった。


 家具や衣装箱の意匠に、どことなく可愛らしさを感じる。リシアの趣味だろうか。


「あのさ、ここ宿だよ? 私の家じゃないのよ?」


「宿の許可はいただいております」


 騎士は当然のように答えた。


「いやいや、そういうことじゃなくて。私、一週間分しか払ってないのよ。どうするつもり?」


「こちらで三か月分をお支払いしておりますので、問題ございません」


 アオイは頭を抱えた。


「私が宿を引き払うときは、どうするのよ」


「ご連絡いただければ、王城でお預かりすることも、馬車で次の滞在先へお運びすることも可能です」


 どうやら、その場合のことまで考えてあるらしい。


「はぁ……分かったわよ。もう、それでいいわ。ただし、なくなったり壊れたりしても、弁償なんてしないからね」


「心得ております。どうぞ、ご安心ください」


 何を言っても無駄なのだろう。


 アオイは諦めて、再びベッドへ横になった。


 しばらくすると、荷物を運び終えた騎士たちは一礼し、部屋を出ていった。


 静かになった室内を見回す。


 つい先ほどまで簡素だった宿の一室は、まるで別の部屋に変わっていた。


 部屋の中央には、運び込まれた衣装箱が残されていた。


 アオイはベッドから起き上がり、そのうちの一つを開けてみる。


 中には、王都を歩くときに使えそうな服が何着も収められていた。動きやすそうなものもあるが、どれも細かな刺繍や飾りが施され、アオイが自分で選ぶ服より明らかに可愛らしい。


 別の箱を開けると、さらに華やかな衣装が姿を現した。


 淡い色の生地を幾重にも重ねたドレスに、宝石をあしらった髪飾り。靴や手袋まで一式揃えられている。


「……これ、いつ着るのよ」


 王城からの贈り物というだけなら、もう少し無難なものが選ばれそうな気がする。


 この可愛らしさには、どこか覚えがあった。


「リシアね」


 本人に確かめたわけではない。だが、ほかに思い当たる者もいなかった。


「余には、お主がそれを着て戦う姿も面白そうに思えるが」


「着ないわよ」


 アオイは衣装を箱へ戻し、静かに蓋を閉じた。


 騎士たちが帰ったあともしばらく横になっていると、ようやく腹も落ち着いてきた。


 このまま部屋にいても、特にすることはない。


 アオイはベッドから起き上がり、向かいの冒険者ギルドへ向かった。


 昨日と同じ受付を見つけ、その前に立つ。


「査定って、どうなってる?」


「あれだけの量ですから、そんなにすぐには終わりません。確認が終わった分だけでよろしければ、先にお支払いできますが」


「それなら、全部終わってからでいいわ。いまはお金にも困ってないし」


 アオイが何気なく答えると、周囲のざわめきが少し大きくなった。


 大量の魔物を持ち込んだ新人が、その代金を急いでいない。冒険者としては、あまり一般的な話ではないらしい。


「じゃあ、何か依頼はある? 暇なのよね」


「暇って……もう昼を過ぎていますよ?」


「ん? 駄目なの?」


「駄目ではありませんが、依頼を受けて町の外へ向かう方は、朝から出発するのが普通です。日が暮れる前に目的地や安全な野営場所へ着けなければ、余計な危険が増えますから」


「ふーん」


 アオイは、いまひとつ納得していない様子で答えた。


「とりあえず、肉が少ない依頼がいいわね」


「肉……ですか?」


「そう。肉が少ない依頼」


 受付の女性は釈然としない表情を浮かべながら、依頼書を一枚ずつめくっていった。


「それでしたら、こちらはいかがでしょうか。少し遠いのですが、鉱山付近に出没したゴーレムの討伐です」


 受付の女性は、一枚の依頼書をアオイの前へ置いた。


「討伐の証明として、身体の中心にある魔石を持ち帰っていただければ結構です。目撃されたのは一体ですが、周囲にほかの個体がいた場合は、追加の魔石一つごとに報酬が出ます」


「それでいいわ。場所はどこ?」


 アオイが昨日書き写した地図を広げると、受付の女性は王都から東へ指を滑らせた。


「こちらの町から、さらに東へ進んだところにある鉱山です。王都の東門から出る乗合馬車で町へ向かい、そこから鉱山まで徒歩で一日ほどですね」


 受付の女性は、そのまま移動の日程を説明する。


「乗合馬車は毎朝、三の鐘に出ます。町で一泊してから鉱山へ向かうことになりますので、片道で二日ほど。討伐と帰路を含めれば、五、六日の依頼になるかと」


「ふーん。それでいいわ」


「承知しました。それでは、野営に必要な道具についてですが――」


「あ、それは要らないから」


「え?」


 受付の女性が顔を上げた。


「先ほどの説明を聞いていましたか?」


「聞いてたわよ。でも、飛んでいくから、そんなにかからないわ」


「え?」


「それじゃ、行ってくるね」


「え、ちょっと待ってください。飛ぶって――」


 アオイは受付の女性の言葉を背に、ギルドの建物を出た。


 昨日写した地図を見て東の方角を確かめると、そのまま地面を蹴る。


 巻き起こった風に、通りを歩いていた人々が足を止めた。


 アオイの身体は建物の屋根を越え、さらに王都の上空へと昇っていく。


 遅れて外へ飛び出してきた受付の女性が見上げる中、アオイは鉱山のある東へ向けて飛び去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。