第14話 王都を歩く
冒険者ギルドを出たアオイは、通りを挟んだ向かいにある宿へ向かった。
中へ入って声をかけると、ゾルムがすでに話を通していたのか、受付はすんなりと済んだ。
一階には食堂も併設されているが、食事は宿代に含まれず、別料金とのことだった。
「冒険者の方は、毎日こちらへ戻って食事を取れるとは限りませんから」
そう説明され、アオイも納得する。
宿代は、あくまで部屋を確保しておくための料金なのだろう。依頼で何日か留守にしても、荷物を置いた部屋まで引き払われてしまっては困る。
ひとまず一週間分の宿代を払い、今夜の食事も頼んでおいた。
案内された部屋は広くはないが、一人で暮らすには十分だった。
ベッドと机、それに衣服や荷物を収めるための棚が置かれている。窓からは向かいにある冒険者ギルドの建物も見えた。
しばらくは、ここを拠点にすればよいだろう。
「さて、どうしようかな」
アオイの呟きに、竜王が答えた。
「先ほど狩った魔物について、調べておいた方がよいのではないか? 名前を聞いたところで、今のままでは何のことか分からぬだろう」
「それはそうだけど、どうやって?」
「人族は、知識を残すために書物をよく使うのではないか?」
「いい案ね。勇者のことも調べられそうだし、図書館がないか聞いてみよう」
一階へ戻って受付で尋ねると、王都には一般人も利用できる図書館があるという。ただし、利用料は決して安くないらしい。
どうやら、この世界では書物そのものが貴重なようだ。
もっとも、アオイの手持ちには、まだ十分な余裕があった。
「ずいぶんとお金持ちだったみたいね」
廃墟にいた怪しげな集団から徴収した革袋を手のひらで弄びながら、アオイは教えられた図書館へ向かった。
◇
そんなアオイを、通り脇の路地から眺める男たちがいた。
「ずいぶんと景気のよさそうな女がいるな」
革袋を弄ぶアオイへ、男の一人が下卑た視線を向ける。
だが、その背後から別の声がかかった。
「あれはやめとけ」
「なんだよ。あんな危機感のなさそうな女が一人、どうとでもなるだろ。見た目もいいし、見逃す手はねえよ」
「一人で大量の魔物を運んできた奴がいるって話、聞いてないのか?」
「あん? ま、まさか……あいつが?」
「そうだ。それでもやりたきゃ好きにすればいいが、俺たちは巻き込まれたくない。せめて場所は選んでくれよ」
男がもう一度通りへ目を向けると、アオイの姿はすでに人混みの向こうへ消えていた。
◇
「今日は新鮮な肉が入ってるよ! ついさっき捌いたばかり、新鮮そのものだ!」
図書館へ向かう途中、市場から威勢のよい声が聞こえてきた。
「ずいぶんと安いわね。何かあったのかしら」
足を止めた女性に、店主が並べられた肉を示す。
「いらっしゃい! なんだかよく分からないが、ギルドの解体場に大量の獲物が持ち込まれたらしくてな。処理の終わったものから、市場に回ってきたんだ」
店主は、その中でも特に色つやのよい肉を指差した。
「これなんかどうだい? いつもなら高級店が真っ先に買い占めるような代物だぜ」
「そうなのね。普段のお肉と変わらない値段だし、せっかくの機会だから試してみようかしら」
そんな市場の喧騒の中を、アオイは進んでいく。
「……私かな?」
「そうではないか?」
「ちゃんと役に立ってるみたいなのに、何が駄目なんだろう」
「今日だけならばよい。だが、毎日のように繰り返せば、いずれ獲物がいなくなるであろう」
「それもそっか。まあ、毎日働きたいわけでもないし、いっか」
アオイは深く考えることもなく、市場を通り過ぎた。
図書館は、アオイが思っていたよりも立派な建物だった。
重厚な扉を抜けると、入口近くの受付にいた職員から声をかけられる。
「初めてのご利用ですか?」
「ええ、初めてよ」
職員は、館内での決まりや書物の利用方法について、一つずつ説明していった。
書物を破損したり、紛失したりした場合に備え、最初に保証金を預ける必要もあるらしい。問題なく利用を終えれば返却されるとのことだった。
アオイは言われるまま、革袋から金貨を数枚取り出して職員へ手渡した。
「何かお探しのものはありますか?」
「勇者に関する本と、この辺りにいる魔物の姿や名前が分かるもの。それから、あればでいいけど、地図も見たいわ」
「地図は簡単なものしか置いておりませんが、それでもよろしいでしょうか?」
精密な地図が存在しないのか、それとも機密として扱われているのかは分からない。
だが、アオイはこの国と周辺地域のおおまかな位置関係を知りたいだけだ。簡単なものでも、特に問題はなかった。
「構わないわ。あと、メモを取れるようなものはあるかしら?」
「木板でしたら安価にご用意できます。紙は少々値が張りますが、どちらになさいますか?」
詳しく聞くと、簡単な記録には薄い木板を使うのが一般的らしい。
紙には、繊維が目立ち、厚さも均一ではない安価なものと、保存性に優れた高価な羊皮紙があるという。
アオイは、その中で一番持ち運びやすそうな、安価な紙を頼んだ。
机で待っていると、職員が筆記用具と頼んでいた書物をまとめて運んできた。
広い館内から目的の本を探すのが大変だから、職員が用意してくれるのだろうか。あるいは、利用者が勝手に持ち出したり、傷つけたりするのを防ぐためかもしれない。
決して安くない利用料には、こうした手間も含まれているのだろう。
「まあ、自分でこの中から探すのは大変よね」
アオイは礼を言って書物を受け取り、続いて置かれた紙へ目を落とした。
色はくすみ、厚さも揃っていない。表面には細かな繊維が浮き、指で触れるとざらついていた。
「それにしても、もう少しましな紙はないのかしら。魔法を工夫すれば、作れそうなものだけど」
「魔法でそのようなことができるのか?」
「この世界の人にできるかは分からないけど、作り方を教えたら、あんたならできるんじゃない?」
「できるやもしれぬが、余には必要ない。記すべきことならば、石にでも刻めばよかろう」
「持ち運べないでしょうが」
「覚えておけばよい」
「……私も、とりあえず自分で作ってまで欲しいとは思わないかな」
紙についての話は、それで終わった。
アオイは、魔物の姿が描かれた図鑑のような書物を、次々とめくっていった。
ときおり前のページへ戻り、何かを紙へ書き留める。
「ずいぶんと早いな。それで覚えられるものなのか?」
「見分けるための特徴を押さえてるだけだからね。似たような魔物がいたら、違いを確認するくらいよ」
「人族も、余が思っていたより優秀であったのだな」
「そうよ。あまり他の種族を見下しちゃ駄目よ」
「あっさりと滅ぼしたお主には、言われたくないのだがな」
アオイの手が止まった。
めくりかけていたページを持ったまま、しばらく固まる。
「……前言撤回。見下したままでいいわ」
必要そうな魔物の特徴を書き終えると、次に地図を広げた。
職員が言っていたとおり、町や山のおおまかな位置関係が分かる程度のものだった。
距離については、まるで当てになりそうにない。それでも何も知らないよりはましだと考え、アオイは主要な町や地形を紙へ書き写していった。
一方、勇者に関する書物は、王城で読んだものと同じような内容が大半だった。
その中で興味を引いたのは、勇者が使ったとされる魔法をまとめた一冊だった。
メラ、ギラ、ヒャド、イオ――。
アオイにも聞き覚えのある言葉が、勇者の詠唱として並んでいる。
「……やりたい放題ね」
「そうなのか?」
「まあ、パルプンテは載ってないし、ザオラルみたいなのもないから、その辺りは無理だったのかな」
「よく分からぬが、魔法の名を見ただけでそこまで判断できるお主の方が、余には不思議なのだがな」
「ああ、まあ、それは別にどうでもいいわ。もういない人なんだし」
アオイは再び書物へ目を落とした。
「とりあえず、勇者がどんな魔法を使えたのかは、なんとなく分かったわ。次におじいちゃんから魔法をせがまれたときの参考にはなりそうね」
勇者が残したものから、日本へ帰るための手掛かりは見つからなかった。
それでも、この世界の魔物と地理について、昨日までよりは分かるようになった。
宿へ戻ったアオイを待っていた夕食は、女将によれば、かなり幸運なものらしい。
「今日は運がいいよ。滅多に入らない上物の肉を、ずいぶん安く仕入れられたんだ」
食堂のテーブルへ、次々と料理が運ばれてくる。
肉、肉、そして肉。
焼いた肉に、煮込んだ肉。香草をまぶしたものや、濃い味のソースをかけたものまである。
最初こそ素直に美味しいと思っていたアオイだったが、肉づくしの食事は、さすがに最後の方になるときつかった。
しかし、周囲の客を見る限り、喜んでいる者が大半のようだ。普段は口にできない上等な肉を前に、食堂のあちこちから楽しそうな声が上がっている。
「……私かな?」
「ほかに誰がおる」
昼間にも同じような会話をした気がする。
アオイは皿に残った肉を見つめながら、次からはもう少し狩る量を控えようと心に決めた。




