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第13話 登録試験

 北西門でギルドから受け取った仮登録証を見せると、アオイはあっさりと門を通された。


「それはなくさないようにな。戻ってくるときに持っていないと、通行料を払うことになるぞ」


 門番からそう忠告されたが、アオイは軽く手を振っただけだった。


 王都を出て、北西へ伸びる街道を歩く。


 しばらくすると、竜王が口を開いた。


「一人で平気なのか?」


「誰に言ってるのよ」


「いや、戦闘能力の話ではない。灰牙狼とやらは見分けがつくのか? 食料も何も持っておらぬが、すぐに見つかる保証もないと思うが」


「森にいるって言ってたから、適当に切り開いていけば見つかるでしょ」


「それは駄目であろう。試験とやらにも受からぬと思うぞ」


「なんでそんなこと分かるのよ」


「……おぬしと話しておると、人というより、我ら竜種の若造と話している気分になるぞ。まあ、森を破壊するのはやめておいた方がよいとだけ言っておく」


「はあ。一気に面倒なことになったわね」


 うんざりしながらも、アオイは歩みを止めなかった。


 街道を外れてさらに進むと、周囲に木々が増え、いつの間にか完全に森の中へ入っていた。


 しかし、当然ながら目当ての獲物は見つからない。


 森に入ってすぐ見つかるようなら、苦労する冒険者などいないだろう。


 それどころか、今アオイの目の前にいるのは、灰牙狼ではなく巨大な熊だった。


 赤い目をアオイへ向け、低いうなり声を上げている。


「これじゃないわよね」


「違うであろうな」


 熊は明らかに戦闘態勢に入っていたが、それでもアオイは平然としていた。


「あっ、いいこと思いついた」


「いいこととは?」


「こういうこと」


 アオイが軽く手を振る。


 直後、熊が立っていた地面が盛り上がり、鋭い杭となってその巨体を串刺しにした。


 熊は短いうなり声を残し、そのまま動かなくなった。


「これは頼まれていた獲物ではないぞ?」


「分かってるわよ。こうやって血の匂いを広げたら、いっぱい寄ってくるんじゃない?」


 アオイが起こした風が、熊から流れ出る血の匂いを拾い、森の奥へと運んでいく。


「やりたいことは分かるが……集まりすぎぬか?」


「探し回るより確実でしょ」


 アオイは近くの木へ背を預け、そのまま待つことにした。


 しばらくすると、森の空気が変わった。


 茂みの奥。木々の陰。頭上に伸びる枝の上。


 周囲が、アオイへ向けられた殺気で満たされていく。


「たまには身体を動かそうかな」


 足元の地面が盛り上がり、細長く形を変えていく。


 やがてアオイの手には、幅広の刃を持つ薙刀のような武器が握られていた。


「魔法以外でも戦えるのか?」


「魔法しか使えなかったら、さっさと死んでたと思うわよ」


 軽口とともに刃が振るわれる。


 草むらから飛びかかってきた獣の首が、一撃で宙を舞った。


 それを合図としたように、四方八方から獣や魔物が襲いかかる。頭上の枝から飛び降りてくるものまでいた。


 だが、刃が届くより先にアオイへ触れられるものはいない。


 アオイは襲い来る爪や牙を紙一重でかわしながら、薙刀を振るい続けた。


 その動きは舞踊のように軽やかでありながら、一振りごとに確実に命を絶っていく。


 やがて周囲が死体で埋め尽くされた頃には、残っていた気配も恐れをなしたのか、森の奥へ消えていた。


「三匹……いるよね? これだけいたら」


「いるかもしれぬが、どうやって判別するのだ?」


 アオイは手にしていた武器を投げ捨てた。


 薙刀は地面へ落ちる前に形を崩し、そのまま土へと戻っていく。


「全部持って帰れば大丈夫じゃない?」


「全部? どうするつもりだ?」


 地面が大きくうねった。


 散らばっていた死体が土の流れに押され、最初に倒した熊の周囲へ次々と集められていく。


 しばらくしてアオイの目の前に並んでいたのは、地面から作り出された数台の台車と、その上へ山のように積まれた獣や魔物の死体だった。


「さて、帰ろうか」


 アオイが王都へ向かって歩き出す。


 その後ろを、死体を満載した数台の台車が列を作ってついていった。


 北西門へ戻ったところで、アオイは門番に呼び止められた。


 当然だった。


 行きには一人だった少女が、今は魔物の死体を山積みにした数台の台車を引き連れているのだ。


「待て! それを王都へ入れるつもりか!」


「ギルドに持って帰るように言われたのよ」


「ギルドが、これを全部持ってこいと言ったのか?」


「たぶん、この中に頼まれたのが混ざってるから」


「たぶん?」


 門番は疑わしそうにアオイと台車を見比べた。


 アオイが仮登録証と依頼書を見せ、登録試験で森へ行っていたのだと言い張ると、ようやく通行を認められた。


 それでも門番は最後まで渋い顔をしていた。


 数台の台車を引き連れて大通りを進めば、嫌でも目立つ。


 通行人は足を止め、道の端へ避けながら、山積みにされた魔物の死体を呆然と見送った。


 その騒ぎは、アオイが冒険者ギルドへ到着する頃には、さらに大きなものになっていた。


 ギルドの前に冒険者や野次馬が集まり、入口が塞がりかけている。


 騒ぎを聞きつけたのか、建物の中からゾルムが飛び出してきた。王城への報告を終え、先に戻っていたらしい。


「何をしておるのじゃ!」


 ゾルムは叫んだあと、台車に積まれた死体へ目を向けた。


「いや、それより、どんな魔法を使ったのじゃ!?」


「倒すのには、ほとんど魔法は使ってないわよ。少し身体を動かしたい気分だったから」


「魔法を使わずに……これだけの数をか?」


 ゾルムは驚愕しながら、死体の山を見回した。


 やがて、その視線が台車へ止まる。


「この台車は持っていったのか? いや、どうやって動いておる?」


「ああ、それは魔法ね」


「なんじゃと!」


 ゾルムが台車へ駆け寄り、地面との境目を覗き込む。


 その頃になって、ギルドの受付を担当していた女性も外へ出てきた。


 人垣を抜け、台車の上を見たところで足が止まる。


「アオイさん……これは、いったい?」


「灰牙狼、三匹くらい混ざってると思うんだけど。駄目?」


 受付の女性は返事をしなかった。


 台車へ積み上げられた魔物の死体と、悪びれる様子のないアオイを何度も見比べる。


「駄目とか、それ以前の問題です!」


 しばらくして、ようやく声を上げた。


「やりすぎです! 狩りすぎです! 森の魔物を絶滅させるつもりですか!」


「襲ってきたのを倒しただけよ。それに、森はちゃんと残してあるわよ?」


「そういう意味ではありません!」


 受付の女性は頭を抱えた。


 何かを言いかけてはやめ、もう一度死体の山を見る。


「ああ、もう! 分かりました! 裏手に解体場がありますから、そちらへ運んでください!」


「全部?」


「全部です! そのあと、話があります。必ず受付まで来てください!」


 それだけ告げると、受付の女性は乱暴に扉を開け、ギルドの中へ戻っていった。


 アオイはその背中を見送り、首を傾げた。


「合格したのかな?」


「少なくとも、戦えるかどうかを疑う者はおらんじゃろうな」


 ゾルムは答えながらも、動き続ける台車から目を離そうとしなかった。


 ギルドの裏手にある解体場へ台車を運ぶと、そこで働いていた者たちの手も止まった。


 一台だけでも目を疑う量がある。それが数台も並べられたのだから、無理もない。


 職員たちは恐る恐る死体を降ろし、種類ごとに分け始めた。


「灰牙狼だ。こっちにもいるぞ」


「三頭どころではないな」


「これは赤目熊か? こんな大きさのものが浅い場所まで出てきていたのか」


 声が上がるたびに、周囲の者たちが集まってくる。


 アオイが見ても違いの分からない魔物を前に、職員たちは傷み具合や素材として使える部位を確認していた。


「全部の確認には時間がかかります。買い取り額も今すぐには出せませんので、精算は後日でもよろしいですか?」


「別にいいわよ。頼まれたのはいたんでしょ?」


「灰牙狼は確認できています。試験の条件は満たしています」


 それだけ聞くと、アオイは満足して受付へ戻った。


 一方、ゾルムは解体場に残ったままだった。


 魔物の死体には目もくれず、台車の周囲を回りながら、時折しゃがみ込んでは地面との境目を覗いている。


 アオイが受付へ戻ると、先ほどの女性が腕を組んで待っていた。


 その表情を見ただけで、歓迎されていないことは分かる。


「まず、試験の結果からお伝えします。灰牙狼は必要数以上、確認できました」


「じゃあ、合格ね」


「戦闘能力については、文句のつけようがありません」


 受付の女性はそこで言葉を切った。


「ですが、依頼されたのは灰牙狼三頭です。森で出会った魔物を、片っ端から狩ってこいとは言っていません!」


「向こうから襲ってきたのよ」


「それでもです! 依頼対象かどうかを確認してください!」


「灰牙狼は混ざってたんでしょ?」


「混ざっていればいいという話ではありません!」


 女性の声がギルド内へ響き渡った。


 アオイは面倒そうに聞き流していたが、周囲の冒険者たちは興味を隠そうともせず、二人のやり取りへ耳を傾けている。


「あれを一人で倒したのか?」


「魔法はほとんど使ってないと言っていたぞ」


「近づかない方がよさそうだな」


「ゾルム様をおじいちゃん呼ばわりしていた娘だろ?」


 ひそひそと交わされる声が、アオイの耳にも届いていた。


 だが、本人は気にした様子もない。


「証明部位は右耳だと説明しましたよね?」


「どれが灰牙狼か分からなかったから、全部持ってきたのよ」


「分からないまま狩らないでください!」


「だから、向こうから来たんだってば」


 話が噛み合わない。


 受付の女性は何度か深呼吸を繰り返し、どうにか声を落ち着かせた。


「本来なら、依頼内容を正しく理解し、指定された方法で達成できるかも重要な評価対象です」


「でも、ちゃんと達成したでしょ?」


「結果だけを見れば、そうです」


 不本意そうに認めたあと、女性は一枚の札を取り出した。


 先ほど渡された仮登録証とは違い、ギルドの紋章とアオイの名前が刻まれている。


「ゾルム様の身元保証と、今回確認できた戦闘能力を考慮し、アオイさんをCランクの冒険者として登録します」


「それって高いの?」


「新人が最初から与えられるランクとしては、異例です。ただし、当面は依頼を受ける前に、必ず受付で内容を確認してください」


「なんで?」


「今日のようなことを繰り返さないためです!」


 再び声を荒らげた女性から登録証を受け取り、アオイはようやく解放された。


 ギルドの外へ出ると、辺りはすでに薄暗くなり始めていた。


 裏手の解体場を覗く。


 ゾルムはまだそこにいた。


 魔物の仕分けは進んでいるのに、土で作られた台車は形を保ったまま並んでいる。その一台の下へ顔を近づけ、ゾルムは何やらぶつぶつと呟いていた。


「まだ見てるの?」


「この台車、術者から離れても動き続けておったぞ! どうやって命令を維持しておるのじゃ!」


「帰るから片づけるわよ」


 アオイが手を振ると、台車が一斉に崩れ始めた。


「待て! まだ調べ終わっておらん!」


 ゾルムの叫びもむなしく、台車はただの土となって地面へ戻っていく。


「依頼は終わったんだから、もういらないでしょ」


「そういう問題ではない!」


 騒ぐゾルムを置いて、アオイはギルドの向かいにある宿へ歩き出した。


 こうしてアオイは、無事に冒険者となった。

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