第12話 冒険者登録
王城を出たアオイは、ゾルムと並んで王都の大通りを歩いていた。
数日ぶりに身につけた黒い外套の頭には、新しく作らせた装具が収まっている。角の形に合わせて作られた硬い覆いの上からフードを被れば、多少変わった形には見えるものの、角が生えているとは分かりにくい。
道行く者が振り返ることもなくなり、アオイは満足していた。
もっとも、今日は別の理由で視線を集めている。
「さっきから、やたら見られてない?」
アオイが尋ねると、隣を歩くゾルムは白い髭を撫でた。
「気にするほどのことではない。王都でわしを知る者が多いだけじゃ」
「おじいちゃん、有名なの?」
「宮廷魔術師をおじいちゃん呼ばわりする者は、王都広しといえどもおぬしくらいじゃろうな」
周囲から向けられる視線が、わずかに増えた。
どうやら聞こえていたらしい。
アオイは気にせず、ゾルムが示した建物を見上げた。
石造りの大きな建物の入口には、剣と杖を組み合わせた紋章が掲げられている。扉は開け放たれ、中から大勢の話し声が聞こえていた。
「ここが冒険者ギルドじゃ」
「思ったより大きいわね」
「王都の支部じゃからな。依頼も冒険者も、地方の町とは比べものにならん」
アオイが中へ入ると、騒がしかった室内が一瞬だけ静かになった。
正確には、アオイを見て静かになったのではない。
その後ろから入ってきたゾルムに気づいた者たちが、次々と口を閉ざしたのだ。
受付にいた女性も目を見開き、慌てて背筋を伸ばした。
「ゾ、ゾルム宮廷魔術師様。本日は、どのようなご用件でしょうか」
「わしではない。用があるのはこやつじゃ」
ゾルムがアオイを示す。
「冒険者として登録したいそうじゃ」
「こちらの方が、ですか?」
受付の女性はアオイを見た。
一見すれば、小柄な少女にしか見えない。角を覆う装具も、今は変わった頭当て程度にしか見えなかった。
「そうよ。お金が必要なの」
「ずいぶん率直じゃな」
「他に理由なんてないもの」
受付の女性は一瞬だけ返答に困ったようだが、すぐに仕事用の表情へ戻った。
「では、こちらの用紙へご記入をお願いします。文字の読み書きに問題はございますか?」
「ないわ」
差し出された用紙に目を通す。
名前、年齢、出身地、得意とする武器や技能。分からないところや答える気のないところは空欄のままにして、名前だけを書き込んだ。
「年齢と出身地が空欄ですが」
「年齢は数えてないから分からない。出身地を書いても、たぶん誰も知らないわよ」
「それは……」
「身元については、わしが保証する」
ゾルムが口を挟むと、受付の女性はそれ以上追及しなかった。
「承知しました。技能は魔法、でよろしいでしょうか」
「魔法も使えるわ」
「ほかにも何か?」
「だいたい何でもできると思うけど」
受付の女性の視線がゾルムへ向いた。
ゾルムは大きく頷いた。
「少なくとも、魔法の腕についてはわしが保証しよう。並の冒険者と比べる意味はない」
再び、周囲がざわついた。
アオイには、ゾルムの言い方が少し大げさに思えた。
「登録直後の者は、通常であれば最低ランクからの開始となります。採取や運搬などの依頼を通じて、実績を積んでいただくことになりますが……」
「やらないわよ」
アオイは即答した。
「まだ何も言っておらんじゃろう」
「薬草を集めたり、荷物を運んだりするんでしょ? それなら自分でお金を作る方法を考えた方が早いわ」
「勝手に貨幣を作るでないぞ」
「同じものを作れるか調べてないから、まだ作らないわよ」
まだ、という言葉を聞いた受付の女性の顔が引きつった。
ゾルムは咳払いをして話を戻した。
「こやつに初歩の雑用をさせても、長続きはせんじゃろう。わしの紹介ということで、相応のランクから始めさせることはできんか?」
「紹介だけでランクを上げることはできません。ゾルム様のお言葉を疑うわけではありませんが、冒険者には戦闘力以外の能力も求められますので」
受付の女性は、はっきりと答えた。
依頼の内容を正しく理解できるか。指定された対象を見分けられるか。討伐の証明を持ち帰り、結果を報告できるか。
強ければよいというものではないらしい。
「ですが、登録試験として討伐依頼を受けていただくというのは、どうでしょうか?」
「試験?」
「はい。比較的危険の少ない依頼を一件、単独で達成していただきます。その結果を確認したうえで、開始時のランクを判断します」
「それで雑用をしなくていいなら、別にいいわ」
受付の女性は依頼書の束から一枚を抜き取り、卓上へ置いた。
「王都北西の森に生息する灰牙狼の討伐です。討伐数は三頭。証明部位として、右耳を持ち帰ってください」
アオイは依頼書を手に取り、書かれている内容へ軽く目を通した。
「狼を三匹倒して、耳を持ってくればいいのね」
「灰牙狼です。通常の狼とは体格や毛色が異なります。森の浅い場所にも現れる魔物ですので、判別は難しくありません」
「分かったわ」
「待て。実地で魔法を使うのであれば、わしも同行しよう」
ゾルムが当然のように言った。
「ゾルム様が、ですか?」
「うむ。こやつが屋外でどのように魔法を使うのか、まだ十分に確認できておらんのでな」
「同行は認められません」
受付の女性は先ほどよりも強い口調で答えた。
「なぜじゃ」
「登録試験です。ゾルム様が同行されては、助言や補助がなかったことを確認できません。こちらの方が単独で依頼を遂行できるか、判断できなくなります」
「わしは手を出さん。ただ見ておるだけじゃ」
「宮廷魔術師が傍にいる時点で、試験として公平ではありません」
「しかしじゃな――」
「ダメって言われたじゃん」
アオイが遮った。
「おぬしまで何を言う」
「私は一人で行けるし、おじいちゃんが来たら面倒になるんでしょ。だったら帰れば?」
「わしは、おぬしの魔法を――」
「試験が終われば、別の依頼もあるわよ」
「それでは、今回使った魔法を見逃すではないか!」
「知らないわよ」
周囲で話を聞いていた冒険者たちが、驚きと同情の入り交じった目をゾルムへ向けている。
王城でも名の知られた宮廷魔術師が、少女に同行を拒まれている光景など、そう見られるものではない。
受付の女性は困ったように二人を見比べたあと、アオイへ小さな札を差し出した。
「こちらが仮登録証です。試験を終えるまでは正式な冒険者証ではありませんので、ご注意ください。森までは北西門から徒歩で半日ほどです」
「半日もかかるの?」
「一般的な徒歩での時間です。馬車を利用されるのでしたら、もう少し早く到着します」
「じゃあ、すぐ着きそうね」
「どういう意味じゃ?」
「そのままの意味よ」
アオイは仮登録証と依頼書を受け取り、出口へ向かった。
慌てて追いかけたゾルムは、ギルドを出たところで通りの向かいを指さした。
そこには三階建ての宿があり、一階は食堂になっているらしく、開け放たれた窓から料理の匂いが漂っていた。
「滞在するなら、あの宿がよいじゃろう。ギルドにも近い」
「なんでおじいちゃんが決めるの?」
「おぬしの滞在先が分からなければ、魔法を見に行けんじゃろう」
「やっぱり諦めてないのね」
「研究者として当然のことじゃ」
アオイは通りの向かいにある宿へ目を向けた。
立地に不満はない。ほかの宿を探すのも面倒だった。
「まあ、邪魔しないならいいけど」
「うむ。では、わしも部屋を取るとしよう」
「そこまで?」
「いつ新たな魔法を使うか分からんからの」
「暇なの?」
「新たな魔法の研究より重要な仕事など、そうはない」
言い切ったゾルムに、アオイは呆れたような息を吐いた。
何を言っても引き下がるつもりはないらしい。
「試験にはついてこないでよ」
「分かっておる」
不満そうな返事を背中で聞きながら、アオイは北西門の方角へ歩き出した。
ゾルムはその姿が人混みの向こうへ消えるまで見送った。
追いかけようと思えば、気づかれずに後をつける方法はいくらでもある。
だが、それをすればアオイの機嫌を損ねることくらいは、ゾルムにも分かっていた。
「さて」
白い髭を撫でながら、王城の方角へ振り返る。
「滞在場所も決まったことじゃし、一応、報告しておくかの」
アオイが王都を離れず、冒険者として活動することになった。
国王たちにとっては、それだけでも多少は安心できる報告になるだろう。
ゾルムはギルドへ戻ることなく、そのまま王城へ向かって歩き出した。




