第11話 勇者の記録
「以上が、廃墟で確認した内容です」
報告を終えたクレインが、国王の前で深く頭を下げた。
国王の執務室には、宰相とゾルムも同席している。
「勇者の血を使って封印を解き、主と呼ぶ何者かを呼び出そうとしていた、か」
国王は椅子へ深く腰掛けたまま、机の上で両手を組んだ。
「ゾルム老。その封じられていたものが、伝承に残る魔王である可能性は?」
「否定はできませぬ。しかし、魔法陣を見ただけでは、何が封じられておるのかまでは分かりませんでした。そもそも、あの術式が封印を解くためのものか、解いたものを呼び寄せるためのものかも判別できておりませぬ」
「引き続き調査が必要ということか」
「はい。術式は書き写してまいりましたが、現場そのものも残しておくべきでしょう。既に騎士を配置し、誰も立ち入らぬようにしております」
国王は頷くと、クレインへ視線を移した。
「誘拐に関わった者たちの身元は?」
「確認を進めております。ただ、全員が死亡しているため、背後関係を調べるには時間がかかるかと」
クレインの声には、抑えきれない苛立ちが残っていた。
「アオイ殿は、その者たちから話を聞いたのであろう?」
「勇者の血と封印について聞いていたようです。しかし、そのことを重要だと認識せず、昨日の事情聴取でも話しておりませんでした」
「隠しておったわけではなかろう」
ゾルムが口を挟む。
クレインの眉が動いた。
「結果は同じです。生存者を一人も残さず、聞き出した情報も報告しない。これでは調査のしようがありません」
「重要かどうかを判断する基準が、我々とは違うのであろうな」
国王が静かに言った。
「リシアを助け、害をなす者を排除した。本人にとっては、それで事件が終わっているのかもしれぬ」
「だからこそ危険なのです」
クレインは顔を上げた。
「殿下が何をご覧になったのかを尋ねても、悪者だから倒したとしか答えませんでした。殿下のお心へどのような影響を与えたのかも、理解している様子はございません」
部屋に沈黙が落ちる。
やがて国王は、ゆっくりと息を吐いた。
「分かった。二人とも、よく調べてくれた。今日は下がってよい」
「はっ」
クレインは一礼すると、執務室をあとにした。
ゾルムも続こうとしたが、扉の前で足を止める。
「陛下。あやつは、勇者について調べるため、王都で別行動を取るつもりでおりました。わしが頼み、ひとまず城へ連れ戻しております」
「そうか」
「いつまでも留めておくことはできませぬ。見せられるものと、見せられぬものを、早めにお決めください」
それだけ告げると、ゾルムも部屋を出ていった。
扉が閉じる。
国王はしばらく何も言わず、扉を見つめていた。
「宰相。どう見る?」
「アオイ殿が重要な情報を意図的に隠したとは考えにくいかと存じます」
「ゾルム老と同じ意見か」
「はい。ただし、それが安全を意味するわけではございません。国家にとって重大な事柄を、本人の判断だけで不要と切り捨てる可能性がございます」
宰相は机上に置かれた報告書へ目を落とした。
「目的を持たせず王都へ出すよりも、勇者に関する情報を与え、当面は城内で調べてもらう方がよろしいでしょう」
「王家の記録を見せるか」
「一般にも知られている伝記や研究書であれば、問題はないかと。王家のみが保管する書物については、内容を確認してからお決めいただくべきでしょう」
「分かった。まずは、勇者に関する書物を集めさせよ」
「承知いたしました」
◇ ◇ ◇
その日の午後、アオイは国王の待つ小会議室へ案内された。
室内には国王と宰相のほか、リシアも同席している。
「まずは改めて、リシアを救ってくれたことに礼を言わせてほしい」
国王は椅子から立ち上がると、アオイへ頭を下げた。
「王としてだけではない。一人の父親として、心より感謝している」
隣に立つリシアも、アオイへ深く頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
「別にいいわよ。食事もお風呂も用意してもらったし、服ももらったから」
「それだけで娘の命への礼を済ませるわけにはいかぬ。何か望むものがあれば、可能な限り用意させよう」
アオイは少し考えた。
金や宝石が欲しいわけではない。今、一番必要なものは決まっている。
「じゃあ、勇者が残したものを見せて。書いたものでも、使ってたものでも、何でもいいわ」
国王は宰相と視線を交わした。
「分かった。見せられるものを用意させよう。ただし、王家に伝わる品の中には、持ち出しを許可できぬものもある。その場合は、城内で見てもらうことになる」
「読めるなら、それでいいわ」
こうしてアオイは、リシアを救った礼として、王家が保管する勇者の記録を閲覧することになった。
◇ ◇ ◇
翌日、アオイの客室には大量の本が運び込まれた。
建国の勇者タカハシ・ロト・ケンイチの生涯を記した伝記。
勇者とレグナス家の娘との出会いを描いた恋愛物語。
勇者が使った魔法や、常人離れした身体能力について考察した研究書。
机だけでは置ききれず、何冊かは床へ積まれている。
アオイは、そのうちの一冊を閉じて大きく息を吐いた。
「これ、本当に役に立つの?」
「おぬしが読みたいと言ったのであろう」
向かいのソファでは、ゾルムが魔法陣を書き写した帳面を調べている。
「勇者がどれだけ強かったとか、奥さんとどこで出会ったとか、そういうのが知りたいんじゃないのよ」
「ならば、何が知りたいのじゃ?」
「どうやってこの世界に来たのか。日本へ帰ろうとしたのか。帰る方法を見つけたのか」
「そのような話は、今のところ書かれておらぬな」
「だから困ってるの」
アオイは次の本へ手を伸ばした。
そこへ、扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、リシアだった。
「失礼いたします。書物について、何かご不便はございませんか?」
「読む本が多すぎることくらいかな」
「申し訳ございません。勇者様に関するものを集めるよう頼みましたので……」
「別にいいわよ。この中に役に立つものがあるかもしれないし」
リシアは部屋の中へ積まれた本を見回した。
「何か、分かりましたか?」
「勇者がすごく強くて、奥さんと仲が良かったことは分かったわ」
「建国の勇者様と始祖王妃の物語は、今も人気があります」
「盛りすぎじゃない? 出会った瞬間に運命を感じて、三日三晩語り合ったって書いてあるけど」
「物語ですので、多少の脚色はあるかと……」
リシアは少し困ったように微笑んだ。
それ以上長居することはなく、必要なものがあれば知らせてほしいと告げて部屋を出ていった。
しかし、その翌日にも、リシアは別の本を持って客室を訪れた。
その次の日には、王家に伝わる勇者の遺品について知らせに来た。
訪れるたびに何かしら理由をつけていたが、アオイには、それが本当に必要な用事なのかは分からなかった。
王城に滞在して三日目には、新しい頭具も届けられた。
一本角の形に合わせて作られた革製の覆いには、額から頭頂部へ続く金属の装飾が施されている。その上から専用のフードをかぶれば、角による膨らみも装備の一部にしか見えなかった。
完全に隠れたわけではないが、道を歩くたびに振り返られることはなさそうだ。
「最初から、これを作ってくれればよかったのに」
「おぬしの角に合わせて作ったのじゃ。すぐに用意できるわけがなかろう」
ゾルムの言葉に、アオイは鏡の前で何度か向きを変えた。
「まあ、これならいいかな」
その日の午後。
アオイは王城の奥にある書庫へ案内された。
部屋の中央に置かれた机の上には、古びた箱が一つ置かれている。蓋を開けると、中には一冊の分厚い日記が収められていた。
「建国の勇者が自ら書き残したものと伝えられておる」
ゾルムが説明する。
「じゃあ、これを最初から見せてくれればよかったじゃない」
「誰にも読めぬものを、どうやって書物だと判断するのじゃ。勇者の遺品として保管されておっただけじゃぞ」
アオイは日記を手に取り、慎重に表紙を開いた。
最初の頁に書かれた文字を見た瞬間、動きを止める。
「日本語だ……」
そこに並んでいたのは、アオイが知っている、ごく普通の日本語だった。
五百年前、この世界に国を建てた勇者が、自分とそれほど離れていない時代の日本から来たことを示すように、見慣れた言葉が記されている。
アオイは日記の頁をめくった。
この世界へ来た日のこと。
魔物に襲われ、初めて魔法を使った日のこと。
後に妻となる女性と出会った日のこと。
そして、自分の魔法へ大げさな名前をつけ、その威力や演出について延々と考察した記録。
アオイはしばらく読み進めたあと、眉間を押さえた。
「……完全に厨二病ね」
「チュウニビョウ?」
日記を覗き込もうとしていたゾルムが首を傾げる。
「勇者は病を患っておったのか?」
「あー、まあ……若い男がなりやすい、一過性のものよ」
「それは治ったのか?」
アオイはさらに頁をめくった。
後半になるにつれ、魔法の名前についての記述は減り、代わりに妻や子供たちの話が増えていく。
新しい料理を作って家族に食べさせたこと。
風呂の作り方を教えたところ、妻に呆れられたこと。
生まれた子供を抱き、必ずこの国を守ると誓ったこと。
「たぶんね」
アオイは日記を閉じた。
「とりあえず、幸せだったのは分かったけど、参考にはならないわね」
日記には、日本へ帰る方法が書かれていなかった。
帰ろうとした形跡すら、今のところ見つからない。
帰れなかったのか。
それとも、帰らなかったのか。
アオイには分からなかった。
◇ ◇ ◇
数日かけて書物を調べても、日本へ帰るための手掛かりは見つからなかった。
アオイは客室の机へ頬杖をつき、読み終えた本の山を眺める。
「もう、城にいても仕方ないわね」
「そうじゃな」
ゾルムも否定しなかった。
「王都で話を聞いて回って、それでも何もなかったら、ほかの町にも行ってみるわ」
「そのつもりならば、資金はどうするのじゃ?」
「お金なら持ってるわよ」
「いつまでもあると思うでない。王都で暮らすなら、宿にも食事にも金が要るぞ」
「なくなったら、また考えるわよ」
「ならば、冒険者などどうじゃ?」
「冒険者?」
「王都なら、それなりに依頼もある。魔物を倒すだけで金になるぞ。おぬしには向いておろう」
「倒すだけでいいの?」
「依頼によるがの。それに、冒険者として登録すれば身分証にもなる。王都を離れ、勇者の痕跡を探すときにも役立つであろう」
アオイは少し考えた。
「冒険者の集まるところなら、勇者について知ってる人もいる?」
「王都には各地から人が集まる。城の書物には残っておらぬ話を知る者もおるかもしれんぞ」
それなら、悪くない。
少なくとも、本を読み続けるよりは面白そうだった。
「分かった。じゃあ、それになる」
城の中で本を読んでいるだけでは、これ以上の答えは見つからない。
次に探すべきものは、王都の外にあるのかもしれなかった。




