↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/44

第10話 残されたもの

「お待ちください。まずは我々が確認します」


 石段へ足を踏み出しかけたゾルムを、クレインが制した。


 そして、傍らにいた騎士の一人へ視線を向ける。


「中を確認してこい。異常があれば、すぐに戻れ」


「はっ」


 騎士は松明に火をつけると、腰の剣へ手を添え、慎重に石段を降りていった。


 その姿が闇の中へ消えていく。


 しばらくして、石の床を踏む音が地下から聞こえた。


 遠ざかっていた足音が止まる。


 静寂が続いたあと、足音が再び聞こえ始めた。今度は先ほどよりも速い。


 地下へ向かった騎士が、青ざめた顔で戻ってきた。


「どうした?」


 クレインが尋ねる。


 騎士はリシアへ一度視線を向けると、クレインのそばへ寄り、その耳元で小声で何かを告げた。


 報告を聞くにつれ、クレインの表情が険しくなっていく。


「……生存者は?」


「確認できた範囲では、一人も」


「そうか」


 クレインは短く答えると、地下への入口を見つめた。


 やがて振り返り、リシアの前で片膝をつく。


「リシア様。恐れ入りますが、ここでお待ちいただけますでしょうか」


 リシアは青ざめた騎士を見たあと、暗い地下への入口へ視線を向けた。


「……中は、どうなっていたのですか?」


「まだ確認の途中です。護衛を残しますので、どうかこちらでお待ちください」


 リシアは何かを言いかけたが、クレインの表情を見て口を閉じた。


「分かりました」


 クレインは立ち上がると、数人の騎士へリシアの護衛を命じた。


「私も残った方がいい?」


 アオイが尋ねる。


「いえ。あなたには、中を確認していただきます」


 クレインの声には、先ほどまでとは違う硬さがあった。


 アオイは肩をすくめ、ゾルムとともに石段を降り始めた。


 階段の途中から、焼け焦げた臭いが強くなる。


 地下へ降りきると、石造りの通路が奥へ続いていた。壁は煤で黒く染まり、床には燃え残った木片や布が散らばっている。


 その先にある広間へ足を踏み入れ、クレインが息を呑んだ。


 壁際には、焼け焦げた遺体が幾つも転がっていた。


 床にも黒い跡が残り、人だったものが炎から逃れようとした形のまま折り重なっている。


 アオイが最初に倒した者たちの遺体も、そのまま残されていた。


 クレインは周囲を見回したあと、アオイへ顔を向けた。


「これは……あなたが?」


「そうだけど」


 クレインは焼け焦げた遺体へ目を戻した。


「リシア様は、どこまでご覧になったのですか」


「どこまでって?」


「あなたが、ここでしたことです」


 アオイは少し考えた。


「最初に襲ってきた連中を倒して、残ったやつから話を聞いて、持ってたお金を出させたところまでかな。最後に燃やしたのは、リシアと外へ出てからよ」


 クレインの表情が険しくなる。


「あの方の目の前で、そのようなことをしたのか!」


「だって、悪者でしょ?」


「殿下は、一昨日の夜にここへ攫われたばかりだったのだぞ! そのような方の前で、何人もの人間を殺し、脅して金まで奪ったというのか!」


「奪ったんじゃなくて、もらったのよ」


「同じことだ!」


 クレインがアオイへ詰め寄る。


 その間へ、ゾルムの杖が差し込まれた。


「やめぬか、クレイン」


「しかし!」


「ここで争ってどうする。まずは、何があったのかを確かめるのが先じゃ」


 ゾルムはクレインを見据えた。


「リシア殿下のことが気になるのであれば、なおさら早く調査を終えて戻るべきではないのか」


 クレインは歯を食いしばりながらも、伸ばしかけた手を下ろした。


 アオイは、なぜそこまで怒っているのか分からないまま眉をひそめる。


 あの場でリシアを助けるには、襲ってきた者たちを倒す必要があった。


 それだけのことだ。


 ゾルムは二人の間から杖を引くと、広間の中央へ目を向けた。


 そこには巨大な魔法陣が残されていた。


 描かれた線の一部は炎で黒ずみ、ところどころ途切れている。それでも複雑な文字と幾重もの円は、元の形をおおよそ保っていた。


「これが、私が出てきた魔法陣」


 アオイが示すと、ゾルムはすぐに魔法陣へ駆け寄った。


 床へ膝をつき、指先で描かれた文字をなぞる。


「ふむ……古い術式に似ておるが、見たことのない文字が混じっておる。複数の術式を重ねておるのか?」


 ゾルムは帳面を取り出し、魔法陣の形を書き写し始めた。


「それで、何の魔法か分かるの?」


「分からぬ」


「ずいぶん早く諦めたわね」


「分からぬから調べておるのじゃ!」


 ゾルムは顔を上げ、魔法陣の中央を杖で示した。


「おぬしを呼び出した以上、召喚に関わる術式であることは間違いあるまい。しかし、何を対象とし、どこから呼び寄せるためのものかまでは分からぬ。そもそも、これほど大規模な召喚術式が残っておること自体が異常じゃ」


「でも、あいつらが呼びたかったのは私じゃなかったみたいよ」


 ゾルムの手が止まった。


「どういうことじゃ?」


「勇者の血を使って、何かの封印を解くって言ってた」


 広間にいた者たちの視線が、一斉にアオイへ集まる。


 クレインが険しい表情のまま尋ねた。


「勇者の血とは……リシア様のことですか」


「たぶんね。あの子をここへ連れてきた理由は、それでしょ?」


「なぜ、そのことを事情聴取の際に言わなかったのです!」


「あれ、言ってなかったっけ?」


「聞いていません!」


「そう。いろいろ聞かれたから、話したと思ってたわ」


「あなたは……この情報が、どれほど重要か分かっているのですか」


 クレインが額へ手を当てる。


 ゾルムは顎ひげを撫でながら、魔法陣へ目を落とした。


「勇者の血で封印を解く、と言ったのじゃな?」


「そうよ」


「建国の勇者が封じたものといえば、伝承に残る魔王がある。しかし、あれは五百年も前の話じゃ。どこに、どのように封じたのかという記録さえ残っておらぬ」


「じゃあ、その魔王を呼び出そうとしてたってこと?」


「分からぬ。これが封印を解くための術式なのか、解いたものを呼び寄せるための術式なのかも、今は判断できん」


「ふうん」


 アオイは興味なさそうに魔法陣を眺めた。


「そういえば、あいつらは呼び出す相手を『主様』って言ってたわ」


「主様……」


 ゾルムが小さく繰り返す。


「その呼び方だけでは、魔王とは限らぬの」


「誰でもいいわよ。私には関係なさそうだし」


 アオイにとって、魔法陣は日本へつながるものではない。


 高次元を漂いながら日本を探していたところへ、強い力で引き寄せられた。ようやく帰れるのだと思い、その流れに乗った結果、辿り着いたのがここだった。


 思い出すだけでも腹が立つ。


 本来、何を呼び出すためのものだったのかなど、アオイにはどうでもよかった。


 しかし、クレインはそうは考えていないようだった。


「事情聴取の際、あなたが彼らを殺した理由は聞きました」


「なら、もういいでしょ」


「よくありません。彼らが王家の血を使って何らかの封印を解こうとしていたのであれば、背後に別の者がいる可能性があります。生きて捕らえていれば、誰の指示で動いていたのか、他に仲間がいるのかも調べられたはずです」


「前にも言ったと思うけど? リシアを送り届けるのに、あいつらまで連れていけないでしょ。置いていって、逃げたり、また悪さをしたら面倒じゃない」


「ならば、拘束しておけばよかった!」


「私が戻ってくるまで、ずっと大人しくしてる保証なんてないでしょ?」


「だからといって、全員を殺す理由にはならない!」


「でも、もう死んだんだから、終わったことでしょ」


「終わってなどいない! 他にも仲間が残っていれば、再びリシア様が狙われるかもしれないのだぞ!」


 クレインの声が地下に響いた。


 アオイは、なぜそこまで怒っているのか分からず首を傾げる。


「それは、護衛がちゃんと守れば済むんじゃないの?」


 クレインの表情が凍りついた。


 静まり返った広間で、炎に焼かれた木片が崩れる音だけが響く。


 クレインの手が、腰の剣へ伸びた。


「……貴様」


「クレイン!」


 ゾルムが鋭く声を上げ、杖の先で石床を強く叩いた。


「ここで争ってどうする! おぬしは殿下を守る騎士であろうが!」


 クレインは剣の柄を握ったまま、アオイを睨みつけていた。


 やがて大きく息を吐き、その手をゆっくりと離す。


「……失礼しました」


 その言葉が誰に向けられたものなのか、アオイには分からなかった。


 ゾルムは魔法陣を見回したあと、騎士たちへ視線を向ける。


「この場は、そのまま残した方がよい。何人かをここに置き、誰も近づけぬようにせよ。詳しく調べるには、道具も人手も足りん」


「承知しました」


 騎士の一人が答える。


「我々はいったん城へ戻るぞ。陛下へ報告し、改めて調査隊を組む必要がある」


 ゾルムの言葉に、クレインは無言で頷いた。


 アオイは魔法陣へ背を向け、石段の方へ歩き始める。


「じゃあ、私はここで別行動にするわ」


「何じゃと?」


「リシアは城まで送り届けたし、ここにも案内した。もう私が一緒にいる理由はないでしょ」


「おぬし、行く当てがあるのか?」


「ないけど、勇者なら誰でも知ってるんでしょ。王都で聞いて回れば、何か分かるかもしれないし」


「待たぬか」


 ゾルムは立ち上がり、服についた煤を払いながらアオイを追った。


「まだ、リシア殿下を救った礼も済んでおらぬ」


「食事ももらったし、お風呂にも入ったし、服だって用意してもらったわ。それで充分よ」


「殿下の命は、それほど安くはない」


 ゾルムは、いつになく真面目な顔でアオイを見上げた。


「せめて一度、城へ戻れ。陛下への報告も必要じゃ。それに、勇者について聞き回るにしても、王家の記録を調べた方が早かろう」


 アオイは足を止めた。


 確かに、町の人間へ片端から尋ねるより、城にある記録を調べる方が早い。


「頼む。わしの顔を立てると思って、もう一度だけ付き合え」


 アオイはゾルムの顔を見つめた。


「そんな仲だっけ?」


 ゾルムは答えず、真剣な表情のままアオイを見返している。


 アオイは小さく息を吐き、肩をすくめた。


「まぁ、いいけどさ」


 それを聞いたゾルムは、ほっとしたように息を吐いた。


 少し離れた場所では、クレインが騎士たちへ現場を封鎖するよう指示している。


 その背中は、最後までアオイへ向けられたままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。