9 私はここにいます
アリシアが口を開く。
「サラサ様、『訳が分からない』のは私の方です。私の予想よりもすごく話が捻れています。もっと分かりやすい話だったはずです。何故こんなに捻れてしまったのですか? いえ……、何故こんなに捻れさせたのですか?」
サラサが短い沈黙の後、アリシアへ応える。
「……アリシア・ユーフォル、貴女はその『分かりやすい話』でよかったんですか? 『分かりやすい話』で全てうまくいったら『その後』はどうなりますか? アリス・ラハイルという女性は謎の失踪、アリシア・ユーフォルは素知らぬ顔でシヴィル様に仕える、ある程度の時が過ぎればまた新たな王子の花嫁候補が現れる。こんなとこでしょう。……貴女はそれでいいんですか?」
「いいとか悪いとか、そんな事を私が言って何になると言うんですか? 私は王族でも何でもない、ただのメイドです」
その言葉を聞いたサラサはシヴィラへ目を移した。
「シヴィラ様……。アリシア・ユーフォルはこう言ってますが、どうなんでしょう?」
二人の会話を黙って聞いていたシヴィラが口を開く。
「サラサ、何が言いたいんだ?」
サラサがシヴィラへ向かい問いかける。
「シヴィラ・ローバリウスという男性は女性を身分や血統でしか選ばないんですか? と訊いています」
(血統や身分で……!? 何故サラサ様がそんな事を訊くの?)
そのサラサのシヴィラへの問いかけはアリシアに大きな衝撃を与えた。
(え……、まさか!? いや、でも……)
目の前の、この美しい王女が何をしようとしているのかを理解出来た気がした。
シヴィラがはっきりとサラサへ応える。
「サラサ、私は身分や血統などで女性を選んだりはしない。私は私が美しいと思う女性を選ぶ」
「待っ……、待って下さい。申し訳ありません。少し待って下さい」
そこで思わずアリシアは口を挟んだ。最小限の言葉をサラサへ投げかける。
「サラサ様、何故ですか?」
サラサがため息を吐く。シヴィラを見たまま応える。
「さあ? 正直言うと私もよく分からない。でも『本来いるべき場所にいるべき人物がいる』というのは素敵な事だと思うわ。私は、『いるべき人物』が私じゃないという事だけは分かっている。そして――」
サラサがアリシアへ向き直した。
「貴女はまだまだ自分の気持ちを隠している」
渦中の三人以外、誰も口を開かない広い会場。王族たちも来賓たちも宮殿に仕える者たちも皆、アリシアとサラサの会話の意味を正確に理解出来ていない。
シヴィラでさえ。
アリシアは考えを改めた。もっと向き合うべきだと考え直した。
サラサと。
シヴィラと。
そして自分と。
――もっと深く。もっと正直に。
アリシアは一度大きく息を吸った。
自分の胸中を明かそうと思う。何一つ包み隠さずに。
「……確かに私はシヴィル様をお慕いしています。外見の美しさのみに惹かれた訳ではありません。何故かシヴィラ様は私に親切にしてくださいました。その優しさにも惹かれています。その気持ちに嘘はありません」
会場全体がざわめく。アリシアは、背後でシヴィラが小さく唸ったのを感じた。
羞恥心を切り捨て、アリシアは話を続ける。
張り詰めていた気が微かに緩んだのか、涙が滲む。
「私も、自分の身分くらい分かっていました。私とシヴィラ様が結ばれるなんて事はないと諦めていました。でも嫌なものは嫌なんです。今回、私がここにいるのは『シヴィラ様に頼まれたから』と自分に言い聞かせてましたが違います。破談になってしまえば『嫌なもの』が先送り出来るからです。私は自分の為にここにいます」
アリシアの声が震える。
「…………私はズルいんだと思います」
アリシアは目に溜まった涙が流れないように必死に堪えた。
ここで泣いてしまったら、ここで涙に頼ってしまったら、私の言葉はひどく軽薄になってしまう。
軽薄な言葉は誰にも響かない。
シヴィラ様に響かない。
「わっ……、私は……、自分の為にここにいます。シヴィラ様が誰かと結婚するのは嫌……です。ほんの少しでも……、先送り出来るなら……、私は何でもしたいです」
そのアリシアの言葉にサラサは笑った。今夜、サラサが繰り返した笑顔とは全く違う笑顔。
サラサは優しく微笑み、アリシアとその背後を見る。
そしてアリシアへ告げた。
「お幸せに――」
シヴィラの足音が近付いてくるのをアリシアは感じる。
「アリシア、もう充分だ」
後ろからシヴィラの腕が伸びてきて、アリシアは抱きしめられた。
「もう『先送り』なんか必要ない」
「シヴィラ様…………」
「ここが私にとっての『目的地』だったんだ。だからもう、『先送り』なんか必要ないんだ」
結局アリシアの涙は零れてしまった。
背後からシヴィラがアリシアへ告げた。
「アリシア・ユーフォル、私と共に生きてください」




