8 私、腹が立ってきました
「シヴィラ様」
アリシアは、はっきりとした声でシヴィラを呼んだ。先ほどまでシヴィラがアリシアに掛けていた声――、二人の間だけでようやく伝わっていた小さな声とは全く違う声。
「そのときは一緒に私も連れていって下さい」
シヴィラが目を見開く。
アリシアは言外に込めた「断頭台に」がシヴィラに伝わったと認識した。
アリシアはシヴィラの左手と繋ぐ右手に力を込める。
「私も一緒に戦うのですから」
アリシアは改めてサラサと向き合う。
そして首を廻し、会場全体を見渡す。息を吸い、大きく口を開く。
「皆様っ! 私の名前はアリスではありませんっ! アリシア! アリシア・ユーフォルです!」
周囲がざわつく。それは特に会場にいるメイドや執事たちに顕著だった。「失敗ばかりしていたメイドのアリシア」を知っている多くの者たちが会場の端でコソコソ話し始める。
「アリシア?」
「あのアリシア・ユーフォル?」
「別人じゃない。同姓同名?」
「でも声が……。よく見たら顔も……」
アリシアとシヴィラの前方のテーブルに着いている四人――、両国の国王夫妻は困惑の表情を浮かべている。事態の変化に理解が追い付かないのか、もはや二人の国王から怒りは感じられない。
アリシアは、本名を名乗ってもローバリウス国王も王妃も無反応である事に一抹の寂しさを覚えた。仕方ない事とは思うが、メイドのアリシアの事など名前を聞いた記憶さえないのだろう。
サラサがゆっくりと口角を上げた。アリシアにはその笑みの意味が分からない。
「……では、アリシア・ユーフォル。同じ質問をしましょう。貴女はシヴィラ・ローバリウス王子と添い遂げる覚悟はあるのですか?」
サラサの問いかけにアリシアは即答する。
「意味がない質問です。私はこの宮殿に仕えるメイドの一人です。私がシヴィラ様へ『添い遂げる覚悟』を持つなど思い上がりでしょう」
サラサが笑顔のまま応える。
「私は、貴女がこの場に立ち自分の名を名乗るだけでも大きな思い上がりだと思いますが」
「偽りの名前では何を言っても偽りだと私は思うからです」
「では本名で何をするつもりですか? 聞かせて下さい。アリシア・ユーフォル」
サラサの顔から笑みが消えた。アリシアの目を見据える。アリシアはその視線を真っ直ぐ受け止める。
「貴女は何がしたくてそこに立っているんですか? 貴女の望みは何ですか?」
サラサが一旦話を止め、ため息を吐いた。
「アリシア、貴女がやっている事は滅茶苦茶ですよ? シヴィラ様と私の婚約を破談にする為にここに来たんでしょう? しかし私から追及されると聞かれてもいない本名を明かし、『添い遂げる覚悟など思い上がり』と宣う。訳が分かりません」
サラサのからかう様な口調に、アリシアも思わず語気が強くなってしまう。
「そんなこと……、一体これは誰のせいで……!」
「サラサ。もうやめてくれ。アリシアを巻き込んだのは私だ。気に入らないなら私に言ってくれ」
見かねたシヴィラが二人の会話に割って入った。
「シヴィラ様、ちょっと待って下さい。私……」
そのシヴィラに返事をしたのはアリシアだった。そのアリシアの声色の変化にシヴィラは少し驚いた。
シヴィラはアリシアに顔を向けると更に驚いた。アリシアの目には明らかに険がある。怒りが見える。
今までシヴィラが見たことがないアリシアがそこにいた。
「すみません。私、サラサ様に腹が立ってきました」
「え⁉ アリシア……?」
「もう、言いたいことを言います。私にも意地はあります。断頭台を覚悟したのは嘘ではありません」
アリシアはシヴィラと繋いでいる右手を離した。
アリシアはサラサへ向かい、一歩踏み出した。
ハイヒールが高い音を立てた。
――なんなのよ。シヴィラ様との打ち合わせと全然違う事をして、事態を滅茶苦茶にしたのはそっちじゃない。
自分がフラれ役になるのがやっぱり気に入らなかったのか知らないけど、話を引っ掻き回されたら私だってどうすればいいのか分からないわよ。滅茶苦茶な反応だってしてしまうわよ。
二人の女が改めて向き合った。
会場は静寂に包まれている。




