4 私がどうかしたんですか?
マリーナは、シヴィラが出て行った薄暗い部屋でため息を吐いた。目の前にはまだ惚けた表情のままのアリシアが突っ立っている。
マリーナは目を閉じ、考える。
シヴィラ王子の言葉の真意を。
「私が今まで見てきた――、私が知っているアリシアの美しさの本質は、何も変わっていないんだから」
今まで自分がシヴィラと接して来た多くの時間。交わされた多くの会話。
その莫大な記憶の中からヒントを探す。
シヴィラが女性に対して「美しい」なんて言葉を使った事があったのか?
回り続け、迷い続けるマリーナの脳裏にやがて一つの場面が浮かび上がった。
マリーナは息を呑んだ。
目を開き、アリシアへ向ける。
――まっ、まさか、このメイドが!?
マリーナは思い出した。シヴィラが一度だけ、メイドを話題に挙げた事を。
――――
二年前、マリーナはシヴィラの美しい金色の髪を梳いていた。
シヴィラが幼い頃から、髪の手入れの担当はずっとマリーナが務めている。
マリーナは鏡に映るシヴィラを見ている。髪のボリューム、バランスを確認していると鏡の中のシヴィラが「フフッ」と笑った。
「……シヴィラ様?」
「ああ、すまない、マリーナ。つい思い出し笑いをしてしまった。品がなかったな」
普段からあまり感情を表に出さないシヴィラ王子。そのシヴィラが思い出し笑いをしてしまうなんて何があったのか?
マリーナは好奇心を抑えきれなかった。
「いえ、それは構いませんが。……もしよろしければ、思い出して笑った事を教えて頂きたいですね」
シヴィラは少しだけ迷っているような表情を見せた。
「多分、マリーナにとってはそれほど面白い話ではないと思うが……」
「シヴィラ様がよろしければお聴かせ下さい」
「分かった。なら少し、私の話を聴いてもらおうか。私も心のどこかでは他人に聴いて欲しがっている気もするんだ」
マリーナは鏡の中でシヴィラと目を合わせ、頷いた。
「一年くらい前に、新しいメイドが雇われたのは知っているか? まあ失敗の多い娘だった。私が目にするとき、いつも誰かに咎められていた。メイド長のアンナも頭を抱えていたらしい」
「アンナが頭を抱えるとは……。なかなかの問題児ですね」
マリーナは、アンナとも多少の交流がある。だからこそ驚いた。
「正直言うと私は『この娘はすぐに辞めてしまうか、馘になってしまうだろう』と思っていた。私が口出しするべきことでもないとも」
「しかしまだ、そのメイドはここに仕えている……?」
そのマリーナの言葉に、再びシヴィラは笑顔を浮かべた。
「そのメイドは、全然めげなかった。とにかく必死になって仕事を覚えようとしていた。多分要領が悪く、不器用だが根は真面目なんだろうと私なりに考察したりした」
「そんなにその新入りメイドは、シヴィラ様の周りをウロチョロしていたんですか?」
「いや……、そうではない」
鏡越しでもシヴィラの白い目元に微かに朱が差したのが、マリーナには見えた。
「時間に余裕が出来たら、私がそのメイドを見に行っていた。ウロチョロしていたのは私の方だろう」
マリーナは驚いた。一国の王子としてあり得ない行動と感覚だと驚いた。
「何故そのような事を?」
「それが分からないんだ。全く。なんなんだろうな。ただ――、例えば他のメイドたちは要領よく涼しい顔で掃除をしているのに、そのメイドだけは汗だくで床の雑巾がけをやっていたりする姿。そんな姿に私は何か美しいものを感じる。不思議なものだな」
そこでシヴィラが一瞬、天井を見た。
「そのメイドが、明日から私の専属メイドの一員になると知らせを受けてな。柄にもなく『あのとき毎日怒られていた娘が……』などと考えていたらつい笑ってしまった。忘れてくれ」
――――
あのときシヴィラ様が話していた新入りメイドがまさか――。
マリーナは目の前のアリシアを改めて見上げる。
何故か確信めいたものを感じる。
「アリシア、ボケッとしてるんじゃないよ。そろそろ出るよ」
その言葉を聞いたアリシアの顔に緊張感が戻るのが見えた。
「はっ、はい。すみません」
「アリシア……、あんた、もしかしたら……」
「私? 私がどうかしたんですか?」
「……いや、なんでもない。とにかく出るよ。もう後戻りは出来ない」
――――
実はほぼ同時刻、マリーナと似た感覚を抱いている者がいた。
マリーナの様に「確信めいたものを感じる」ほどではないが、確かに違和感を覚えている。
シヴィラ王子と、今夜の計画の最終打ち合わせをしているサラサ王女である。
「なんとなく選んだ。明確な理由はない」
シヴィラはそのメイドを「本当に愛している女性役」に選んだ理由をそう説明した。
しかし、サラサは納得出来ない。
それ以降のシヴィラの説明に、そのメイドへの想いが非常に強く感じられたから。
シヴィラ、本当にこれは――、
今夜、私達がやろうとしていることは――、
芝居なの?




