3 私は大丈夫です
夕刻となり、いよいよ婚約披露パーティーが宮殿の舞踏会場にて始まろうとしていた。
アリシアはマリーナに連れられ、シヴィラの部屋へ向かっている。
歩き慣れているはずの廊下が非常に長く感じる。アリシアは大きな窓ガラスに映りこんだ自分を覗いた。
黒髪は銀色に染められ、同色のヘアーエクステンションで延長されている。肩までだったアリシアの髪は色を変え、長さを変えアリシアの腰を撫でている。
顔は更に変わっていた。付けまつ毛やアイシャドウ、深紅の口紅等により完全に別人に見えた。元々21才にしても童顔だったアリシアが、21才とは思えない妖艶な美女と化していた。
当然マリーナが髪と顔だけで自分の仕事に満足する訳もなく、服も靴もコーディネートされている。そのワインレッドのふわふわしたロングドレスとダークグリーンのハイヒールにアリシアは四苦八苦しながら廊下を進んでいる。すれ違う人は、誰もアリシアだと気付かない。「他国からの来賓でマリーナの知り合い」くらいにしか見ていなかった。
それはある意味、当然の事と言えた。
――誰よ。これ。誰なのよ?
マリーナに「目を開けていい」と許可され、初めて鏡の中の自分と対面したときアリシア自身でさえこう思ったのだから。
その違和感は今も変わらない。自分の入れ物がそっくり別物になったような違和感。
アリシアは不安も感じている。シヴィラ王子の反応が予想出来ず、怖いから。
別人のようになった私を気味悪く思うんじゃないだろうか。
そもそも私だと分からないんじゃないだろうか。
そして――
「誰だ、コイツ!?」みたいな反応をされたとき、私はひどく傷付くんじゃないだろうか?
――――
「シヴィラ様、マリーナです。連れてきました」
シヴィラの部屋の扉をマリーナが小さくノックし、小声で告げた。
数秒後、静かに扉が開いた。扉の隙間からシヴィラが無言で立っている姿が、アリシアには見えた。
そのシヴィラがアリシアと視線を交える。
「アリシア、無理を言ってすまない。疲れてないか」
アリシアは、シヴィラが自分の外見の変化に全く反応しないことに驚いた。その驚きをなんとか押し殺し、応える。
「はい。私は大丈夫です」
「とにかく、人に見られる前に中へ」
アリシアとマリーナはシヴィラの部屋へ入り、扉を閉めた。
昨日と同様に薄暗い部屋。その中でシヴィラが、置き時計で時刻を確認した。
「今から私はサラサ用の来賓控え室へ行ってくる。サラサと今夜の計画の最終的な打ち合わせをしなくてはならない」
その言葉に、アリシアは改めて部屋の時計へ目を向けた。
披露パーティー開宴予定時刻まで30分しかない。自分がマリーナの施術を受けていた時間の長さが身に沁みた。
「ではマリーナ、開始時刻になったらアリシアを私の入場扉まで連れてきてくれ。……アリシア、もう少しの辛抱だ。よろしく頼む」
「シヴィラ様」
扉を開け、部屋を出ようとするシヴィラをマリーナが呼び止めた。
「……シヴィラ様、御要望通りアリシアは『別人』になっていますか? 私はなっていると思いますが」
マリーナが不満気にシヴィラへ訊いた。
「ありがとう、マリーナ。勿論だ。別人の様に見える」
「そうですか? その割には驚かなかったですね」
アリシアは、無言で二人のやりとりを見ている。
――マリーナは『アリシアを見たシヴィラは非常に驚き、自分の仕事を絶賛する』と期待していたのだろう。
アリシアはそんな推測をしている。
シヴィラもそれを察したのか、マリーナへ説明する。
「いや、それはそうだろう? 単純な外見の変化にはそれほど驚かない」
シヴィラはアリシアへ目を向けた。
「私が今まで見てきた――、私が知っているアリシアの美しさの本質は、何も変わっていないんだから」
それ以上は何も言わず、シヴィラは扉から出て行った。
マリーナはシヴィラの言葉が理解出来ず、ぽかんとしていた。
しかしマリーナ以上に、シヴィラの言葉が理解出来ずにぽかんとしている人物がいた。
アリシア・ユーフォルである。




