第6話:カレーは飲み物ですか? はい、そうです。エリクサーですか? 分かりません。
部屋に入ると、念のためしっかりと鍵をかけた。一人で部屋でぶつぶつ喋っているのを聞かれたりしたら、ちょっと痛い人だと思われちゃうからね。
私はコンパクトではなく、あの懐中時計をパカッと開いた。相変わらず私の心を読んでいるかのような仕様にはちょっとイラッとするけれど(――って、あのゴスロリの姿を思い出してしまった)、目の前にA4サイズのモヤモヤとした画面が現れ、『ドラッグストアショッピングへようこそ』と文字が浮かび上がった。
長年貯め続けたポイント、毎日の成果がしっかりチャージされている。
まずはエプロンを買わなきゃと思い、「エプロン」と念じるとちゃんと検索結果が出てきた。あんまり種類はなかったけれど、一番シンプルで汚れが目立たなそうな、自分の服と同じ藍色のものを選んだ。
そして今回作る料理は、異世界飯テロの定番――カレーライスだ。お米もこの世界にあるみたいだし、いつも実家で作っていた、りんごと蜂蜜がとろりと溶け込んだあのルーにしよう。この世界の人たちが辛さに耐えられるか分からないので、一応甘口と中辛を3箱ずつ買っておいた。
それと、私の隠し味である醤油も必要だ。キッチンにもあるけれど、味が変わっちゃうと嫌なので、こっちに来るときに買っておいたものを使えばいいか。
あとは、理さんが足を痛がっていたから湿布も1個。最後に、トイレットペーパーの柔らかいロールを12個まとめてカゴに入れた。
お値段は親切にも、元の日本にいたときと変わらないポイント設定だった。私にはまだポイントがたくさんあるので、これだけ買っても全然減らなくてほっと一安心だ。
「これ、どこに届くんだろう?」と思ったら、ちゃんとあの収納カバン(亜空間)の中にすべておさまっていた。
ただ、このまままだと異世界の変なパッケージのままだから、ちょっとヤバいなと思って考えた。そういえば、さっき、あの謎の紳士がチョココロネを買ったとき、あの透明な袋のことも少し気にしつつ「まぁ、いっか」って流していたっけ。あの程度の反応だったし、この世界でも素材としてそれくらいなら大目に見てくれる……はず!
私は買っておいたサランラップを取り出し、ルーの箱から中身を出してラップでしっかりと包み直した。そして湿布も1枚だけ取り出してエプロンのポケットにしまい、カバンをクローゼットにしまって鍵をかけ、部屋を出た。(カレーの匂いと湿布の匂い混ざらないよね?まぁいっか)
1階に降りてキッチンに入ると、3人の視線が一斉に私に突き刺さった。
私が3階に行っている間に、理さん(椅子に座りながら)と瞳さんが野菜を全部細かく刻んでくれていた。理さんに「お米って炊けますか?」と聞くと大丈夫だと言うので、まずは炊飯の準備にかかる。
そういえば炊飯器ってあるのかな? 私、実家では炊飯器でしかお米を炊いたことがないけれど……と思ったら、お米は瞳さんが炊いてくれるらしい。蒸気機関をうまく小型にして、魔石熱で動かすのがこの世界では当たり前の調理器具みたいだ。
「そういえば」
私はポケットから取り出した湿布を理さんに見せた。
「これ、うちの秘伝の湿布なんです。よかったら患部に貼ってみてください」
理さんが足の痛むところに貼ってみると、「おっ……? なんか痛みがスッと引いてきたみたいだぞ……!」と驚いている。
「でも、湿布はあくまで冷やして気持ちいいだけで、実際は怪我そのものが治ってるわけじゃないですからね! そのまま無茶して動かないで、しばらく冷やしておいてください!」と私は釘を刺しておいた。
キッチンの調理器具はどうなっているのかと見回すと、元の世界のものとあまり変わらなかった。魔石を使ってガスの代わりにIHのような電磁調理器みたいなのがあり、水道からは魔石の力ですぐにお湯も水も出てくる。ただ、電子レンジはない代わりに、『保温箱』という名前の温かいものを温かいままキープしてくれる魔法の箱があった。冷たいものは『保冷箱』。いつも時短で電子レンジに頼りきりだったからちょっと勝手が違うけれど、まぁ贅沢は言っていられない。
フライパンや鍋、包丁などは、あのゴスロリちゃんが気を利かせてくれたのか、いつもの我が家と同じ使い慣れたものになっていた。
私は火の加減を瞳さんに教わりながら、日本と同じフライパンに油をひいて、野菜と肉を炒めていった。そして寸胴鍋を二つ用意し、それぞれに炒めた具材を移す。計量カップで分量通りの水を測って入れ、ぐつぐつと煮込んでいく。
――背後からの、3人の視線がめちゃくちゃ痛い。
しっかりアクを取りながら煮込み、野菜が柔らかくなったところで、いよいよ例のルーを投入しようとした。
すると、理さんが顔を引きつらせながら「おいおい、それ……本当に大丈夫なのか……?」と聞いてくる。
私は目の前でラップに包まれたルーの匂いをかがせてやった。
「どうですか? スパイスのすごく良い香りがするでしょう?」
「香りはすっごく美味そうなんだけど……見た目がこう、何というか、茶色くてドロドロしてて、ちょっと怖いぞ……」
「大丈夫です! すっごく美味しいものができますから、黙って待っててください!」
冷たくそう言い放ったものの、私の内心は――
(キターーー! 来ましたよ定番の飯テロテンプレ! 匂いは最高なのに、見た目でみんながめちゃくちゃ怪しんで……いざ食べたらその美味しさにドハマりするやつ!)
と、ニヤニヤがこみ上げてくるのを必死に抑えるのに必死だった。
ルーを完全に溶かして少し煮込むと、キッチン中どころか、宿の中、しまいには表の通りまで、スパイシーで食欲をそそる最高のカレーの香りがぶわっと漂い始めた。
たまらず、3人が上目遣いで私をチラチラと見てくる。
「味見してみます?」
私がそう聞くと、3人は待ちきれないとばかりに激しくうなずいた。
私はちょっと意地悪をしたくなって、理さんに「あれ? 最初、見た目が怖いって言ってませんでしたっけ?」と微笑むと、理さんは「ははは……気のせいだな!」とわざとらしく上を向いてごまかした。
おそるおそる3人に一口分の味見をさせると――もう、止まらなかった。
花ちゃんは「甘口でも辛かな?」と心配していたけれど、そんなの全然関係ないといわばかりにもぐもぐと食べ続け、大人2人なんて中辛を食べているというより、もはや**「飲んでいる」**。
(……これが噂の、「カレーは飲み物」ってやつですか!?)
その直後だった。
理さんが自分の足をパッと見て、突然声を上げた。
「おい……あれっ!? さっきまであんなに痛かった足が、すっかり治ってるぞ……!?」
「あら……? 私もさっきまで熱中症のせいで頭が重くてだるかったのに、体調がすっかりバッチリだわ……!」
「お姉ちゃん、私もちょうどさっきまでちょっと咳が出てたのに、ピタッと止まっちゃった!」
――あ。
ヤバい、忘れてた。
異界をくぐり抜けてきた食材や調味料は、この世界に持ち込むと普通の人間にとっては「最高級のエリクサー(万能薬)」みたいな強力なエネルギーになっちゃうんだっけ……! すっかり忘れてたよどうしよう!
私が内心で冷や汗を流していると、ちょうどタイミング悪く、魔石を使った蒸気機関の小型炊飯器から「ピーッ!」とごはんが炊き上がったことを知らせる音が鳴り響いた。
「まあ、いっか……!」
そう思った瞬間、この強烈すぎるカレーの香りに誘われて、外から帰ってきた宿泊客やほかの人たちまで食堂に降りてきて、「おい、なんだこの美味そうな匂いは! 夕飯を食べさせてくれ!」と大騒ぎを始めた。
さらに、外の通りを歩いていた近所の常連さんたちまで「俺にもその匂いのやつをくれ!」と集まってきて、宿の中はあっという間に大パニック。
すっかり足が治って絶好調の理さんと、元気になった瞳さん、花ちゃん、そして私の4人で、閉店までヘトヘトになるまで働くことになった。
片付けは、なぜか妙に元気になっている理さんと瞳さんに任せ、花ちゃんがプライベートルームに戻っていったあと、私はもう足を引きずるようにして3階の自分の部屋へと戻った。
ベッドに倒れ込みながら、ふと気づく。
「……あれ? 私、自分のお腹が減ってるじゃん。カレー、全然食べてないじゃん!」
シャワーを浴びてすぐ寝ようと思ったけれど、空腹すぎてこのままでは絶対に眠れない。
「そうだ、まだお弁当があったんだっけ」
私は元日本のドラッグストアで買っておいたお弁当を、モソモソと一人で食べた。そのあと、お風呂に入る前に気力を振り絞って、さっき懐中時計ショップで買ったた化粧水をつけて、歯ブラシと歯磨き粉で歯を磨く。
着替えは、安売りされていたスエットの上下に着替えて、ようやくふかふかの布団に潜り込んだ。
「異世界1日目、なんかやたらと長かったなぁ……。イベント盛りだくさんすぎでしょ」
そんなことをぼんやり思いながら、私は明日に備えて、一瞬で深い眠りに落ちたのだった。




