第5話:お決まりですか? テンプレですか?
私が瞳さんに続いてドアを開けると、花ちゃんが右手の食堂へ駆け込みながら「お父さん、大変なの! お母さんがね、倒れちゃって、それで……」と叫んだ。
その瞬間、中からガチャンドチャンとすごい音を立てながら、受付ホールに向かって男性が飛び出してきた。おまけにつまずいて、ドテーンと盛大に転ぶ。
(あっ、これテレビのお笑いでよく見る見事な転び方だ……)
「あなた、大丈夫!? そんなに慌ててどうしたのよ」
「花が今、君が倒れたって言うから……!」
「もう、いつも人の話を最後まで聞かないんだから。確かに『熱中症』とかいうので歩けなくなって倒れかけたけど、こちらの暁ちゃんが助けてくれたのよ。本当に助かったんだから。暁ちゃんが適切な処置をしてくれなかったら、下手すると命も危なかったみたいよ」
「ち、治療師を呼んでくるから、早く横に……!」
旦那さんが瞳さんをお姫様抱っこしようとすると、パチンと腕を叩かれた。
「今、戻ってきたばかりでしょ! 適切な処置をしてもらったから、もう元気になったのよ」
冷たく言い放つ瞳さんを見て、旦那さんはやっと私の方に気づき、動きを止めた。
私は軽く頭を下げて挨拶をする。
「お邪魔します。初めまして。私は、暁です。田舎から出てきたばかりで右も左も分かりませんが、よろしくお願いします」
すると、瞳さんはにっこりと微笑んで言った。
「というわけで、私の命の恩人の暁ちゃん、当分この宿に泊まってもらうことになったから。仕事も探している最中だし、決まるまではうちを手伝ってもらうことにしたの。いいわよね?」
有無を言わさない、すごく素敵な笑顔だった。
(あの笑顔には絶対に逆らっちゃいけないやつだ……)
それを聞いた旦那さんは、私に向かって深く頭を下げた。
「この度は妻を助けていただき、本当にありがとうございました。ぜひ落ち着くまで、うちの宿でゆっくり泊まっていってください。俺は『文明開花』のオーナー兼料理人の、理といいます」
理さんは、異世界お約束の「熊のようにガッシリとした頼れる宿屋の主人」といった雰囲気の人だった。……ただ、さっき転んだときに足を痛めたのか、立ち上がろうとしてもフラフラしてうまく立てない。それでも気合で「ヨッ!」と立ち上がった。
「あなた、足も痛めたんじゃないの? 大丈夫なの!?」と瞳さんが心配そうに聞くと、理さんは「ちょっと休めば平気だよ。それより、暁ちゃんの部屋を案内してあげてくれ」と言い、片足を引きずりながらドスドスとキッチンのほうへ引っ込んでいった。
「理さん、あんなんで大丈夫なんですかね?」と私が聞くと、瞳さんは苦笑いしながら「いつもあんな調子だから、大丈夫よ」と答えて、さっそく宿の中を案内してくれることになった。
まずは1階の構造から。
玄関を入って真正面が受付、右手が食堂とキッチン。左手には家族のプライベートルームがあるらしい。食堂のドアのすぐ横には1階のトイレもあるとのことだ。
「後でゆっくり案内するけれど、まだお腹は空いてないわよね?」と聞かれたので、私は「はい、大丈夫です」と答えた。
2階と3階は客室だ。私が泊まることになった3階へと案内された。
階段を上がって3階の一番奥――賑やかな通りを見下ろせる、とても見晴らしのいい部屋だった。
部屋の中には、セミダブルサイズのベッドとサイドボード、そしてちっちゃな机と椅子がちょこんと置かれている。サイドボードの上には、ちゃんと布の傘がついた可愛い照明があった。
さらに驚いたことに、部屋の隅には小さなクローゼットがあった。魔石に手を置いて自分の魔力を覚えさせると、それが鍵代わりになる仕組みらしい。この部屋のドアの鍵も同じシステムだ。
さっそく教わった通りに、おそるおそるドアの魔石に手を触れてみる。本当は魔力を出す方法なんて知らないから「大丈夫かなぁ」と不安だったけれど、やってみると体が勝手に魔力を放出してくれた。……なんだか不思議。
続けて、貴重品のクローゼットの鍵も同じように登録した。ほんと、中途半端に文明が発達したハイテクな世界だなと思う。
さらに驚いたことに、部屋のドアと窓の間の壁にもう一つ扉があって、そこを開けると――なんと、お風呂とトイレがついていた。
魔石式とはいえ、しっかりとした水洗の洋式トイレだった。ポットン式じゃなくて本当に良かった……! これだけは絶対に我慢できないところだから一安心だ。ウォシュレットはないけれど、そこは贅沢を言っていられない。
一応、少し固そうだけど紙っぽいものも置いてあった。ただ、これを使うのは私のデリケートな肌には絶対合わなそうなので、後でこっそり懐中時計のショップ機能で買っておこう。ポイントもあるし。まさか異世界で初めての買い物がトイレットペーパーになるとは思わなかったけれど……。
おまけに、日本のビジネスホテルにあるようなユニットバスの浴槽と、ちゃんとシャワーまでついている。
(スチームパンクな世界なのに、水回りは妙にハイテクだったりするんだな。でも、だからこそこの世界の魅力が詰まっていて、すごく面白くてワクワクしちゃうな)
その後は1階の裏手も見せてもらった。
食堂を抜けて外に出ると、長期滞在者が使えるようにと、ちょっとレトロな二層式洗濯機と広々とした物干し場があった。この洗濯機も魔石で動くらしい。
「あちこちに魔石を使ってるけど、維持費が高くないんですか?」と私が聞くと、近くを通りかかった花ちゃんが教えてくれた。
「魔石はね、みんな学校の魔法の練習と、お小遣い稼ぎを兼ねて自分たちで魔力を充填してるんだよ! 私もやってるの、いいお小遣いになるんだぁ。国が補助してくれるから、私たち一般人でも安く買えるんだよ」
……まさか、7歳の子供からこんな生活の知恵を教わるとは思わなかった。
庭の端の方には、昔話の挿し絵で見たような「井戸」まであって、バケツを中に落として水をくむタイプらしい。
裏手のまわりも夜に困らないよう、あちこちにガス灯が設置されていた。宿の明かりは基本的にすべて魔石を使ったもので、LEDみたいなギラギラした光ではなく、昔の白熱灯のような、ぼんやりと温かい光が灯っている。
ひと通り案内が終わったあと、キッチンのほうからバタバタと話し声が聞こえてきた。
のぞいてみると、理さんがバケツに足を突っ込んで冷やしながら、頭を抱えている。
「全然大丈夫じゃないじゃない! 今日はもうまともに立てないんじゃないの? 夕飯、お客様の分どうするつもりよ?」
「材料は、野菜も肉も食べやすい大きさに刻んではあるんだけど……これからシンプルなスープにしようと思ってさ」
「あなた、私が料理下手なの知ってるでしょ! 下ごしらえはできても、肝心の調理はできないわよ!」
夫婦で言い争う姿を見て、私はそっと手を挙げた。
「あの、私……実家では親の代わりにずっと料理をしてたんです。味付けが都会の人に合うか分からないけど、よかったら私が代わりに作りましょうか? もちろん、お客様に出すものだから少し不安はあるんですけど……」
「本当か!? あとは炒めてスープの鍋に放り込むだけだから、手伝ってもらえるとすごく助かる!」
「もちろんです! 今支度してきますね。ちなみに、何を作ろうと思ってたんですか?」
「簡単なスープだよ。出汁と醤油ベースのスープにしようと思って、野菜はそこにじゃがいもとニンジンとタマネギがあるし、お肉もひえひえ箱にひと口サイズで切ってある」
「私、実家で作ってた得意料理があるんです。口に合うか分からないけど、作ってみてもいいですか?」
「お姉ちゃん、さっきの飴みたいに美味しいものを作ってくれるの!? うれしいなぁ!」
花ちゃんがパッと目を輝かせて大喜びすると、理さんが「飴?」と首をかしげたので、私は持っていた塩飴を一つ渡して舐めてもらった。
「なんだこれ……こんなに美味しいものはじめて食べたぞ……! これは夕飯のスープも期待できるぞ……!」
理さんはすっかり目を輝かせてワクワクしだした。
「じゃあ、部屋に戻って準備をしてきますね!」
そう言って3階へ上がろうと振り返ると、理さん、瞳さん、そして花ちゃんの三人から、ものすごい期待の視線が背中に突き刺さってきた。
(さぁ、テンプレのイベント開始だぞー。馬車に乗って魔物に襲われるお姫様……じゃなくて、熱中症の人を助けたら、異世界お約束の「手料理で胃袋を掴む」イベントが始まっちゃったな)
そんなことを心の中で思いながら、私はニヤニヤするのを必死にこらえて、自分の部屋へと階段を駆け上がっていった。
――と、いうわけで!
第1話〜第5話までの初期エピソードを一気にお届けしましたが、いかがでしたでしょうか?
現代っ子のアカツキちゃんが、スチームパンク×大正浪漫な世界でどうなっちゃうのか……!
ここから先は**【不定期更新】**でのんびりマイペースに続けていきます。
次回もお腹が空くような(あるいは健康がヤバいことになるような?)お話を予定していますので、ぜひ楽しみに待っていてくださいね!




