第7話:鈴々亭の秘密会議と、見え隠れする魔の影
マゼンダが狂気に任せて放った呪いの業火は、りりんの限界を超えた光によって浄化された。奇跡的に建物の延焼などの大きな被害は免れたものの、アスファルトには黒く焼け焦げた爪痕が残り、微かにオゾンのような刺激臭が夜の空気に漂っていた。
すっかり日が落ち、シャッターの下ろされた商店街の外れ。
東川家が営む中華料理屋『鈴々亭』の勝手口をくぐると、外の焦げ臭さとは無縁の、温かい湯気とごま油の香ばしい香りがふわりと5人を包み込んだ。
「りんかさん、少し沁みるかもしれないけど、動かさないで我慢してね」
「う、うん……痛っ! あ、でもすぐ引いてく……すごいな、これ」
営業を終えた薄暗い店内の、一番奥の円卓テーブル。
りんじゅが真剣な眼差しで両手をかざすと、彼女の手のひらから柔らかな淡い光のオーラが溢れ出し、りんかの腕に負った赤黒い火傷の跡を優しく包み込んでいく。ジリジリと焼け付くような痛みが、まるで冷たい清流に浸したかのように嘘のように引いていくのを見て、隣で心配そうに見つめていたかりんもホッと胸を撫で下ろした。
「すごいわ、りんじゅ。さっきまであんなに腫れていたのに」
「私の魔法は、細胞の治癒力を一時的に高めているだけなの。だから、今日は家に帰ったらしっかり栄養を摂って、ゆっくり休まないと駄目よ」
りんじゅは姉のように優しく微笑みながら、光を収めた。
常に冷静に戦況を分析するブレインでありながら、仲間の傷を癒やす絶対的なヒーラーでもあるりんじゅの存在は、無茶をして最前線に突っ込みがちな冬堂双子姉妹にとって、何よりも心強い支えだった。
「はい、みんなお疲れ様! 東川家秘伝・特製スタミナチャーハンと、フカヒレスープのまかないだよ!」
エプロン姿のめいりんが、自分より大きな丸いお盆を両手に抱え、厨房から元気よく飛び出してくる。テーブルの中央に大皿がドンッと置かれると、ニンニクとネギの食欲をそそる香りが一気に広がった。
「わあ、美味しそう……!」
りりんの顔が、自然とパッと明るくほころんだ。
湯気を立てる黄金色のチャーハンと、とろみのある熱々のスープ。その温かい光景を見て、店内に集まった全員が、戦いの緊張を解いて優しい笑みをこぼす。
「でも、今日の敵……マゼンダって言ったか。あいつ、相当ヤバかったな」
小皿に取り分けたチャーハンをレンゲで勢いよくすくいながら、りんかが顔をしかめる。かりんも温かいスープを一口飲み、深く頷いた。
「ええ。最後なんて完全に理性を失ってたわ。自分の命を削ってまで私たちを巻き添えにしようとするなんて、異常よ。……それに、気になることを言っていなかった?」
かりんの言葉に、りんじゅがレンゲを置き、真剣な表情で頷いた。
「そうね。彼女は何度も『ネイヴィー様』という名前を口にしていたわ。しかも、私たちに対して『あの方の御心を惑わすな』『愛されるのは私だけだ』って、ものすごい憎悪と嫉妬を剥き出しにしていた」
「嫉妬……? 私たち、そんな名前の悪魔なんて会ったこともないのに」
めいりんが不思議そうに首を傾げ、口の周りについたご飯粒を取る。
「おそらく、その『ネイヴィー』というのが魔王軍のトップか、それに近い重要な存在なのでしょうね。私たちが彼を直接知らなくても、向こうの幹部たちは私たちをひどく警戒し、個人的な感情で執着している……」
りんじゅの冷静な分析に、皆の表情が引き締まる。魔族の侵略は、単なる「人間界の破壊」という単純な目的ではない。もっと深く、ドロドロとした愛憎が渦巻いているのだ。
その時、「ごめんください」と店の勝手口が控えめに開き、見慣れた姿が現れた。
「まりんさん!」
りりんが弾かれたように立ち上がる。そこには、大きな密閉タッパーを抱えたまりんが、ふわりと微笑んで立っていた。
「夜分に押しかけてごめんなさいね。結界の異常を感じて様子を見に来たのだけれど……みんな、本当によく頑張ってくれたわ。これは私からの差し入れ。特製の杏仁豆腐よ。デザートにどうぞ」
「やったー! まりんさんの杏仁豆腐、甘くて大好きなの!」
めいりんが歓声を上げ、張り詰めていた店内が再びぱっと明るくなる。
まりんは一人ひとりの無事を確認するように見渡し、特にりりんの顔を見て、愛おしそうに目を細めた。
(……ああ、よかった。この子はもう、あんな悲しい顔をしていない)
かつて自分が愛した黒猫・アイリーンの魂を宿すこの少女が、仲間と共に笑い、食卓を囲み、確かな自分の「居場所」を見つけている。その事実が、まりんの胸を熱くさせた。
だが、神の付き人としての役目を忘れたわけではない。まりんは少しだけ表情を引き締め、口を開いた。
「キャミィ様から、皆さんに伝言を預かってきたわ。……今日現れたのは、魔王軍三姉妹幹部の次女マゼンダ。先日のアイボリーが三女。ということは、もう一人……」
「一番強くて厄介な『長女』が残っているってことね」
りんかが拳を鳴らすと、まりんは静かに頷いた。
「ええ。長女のキャメル。彼女はこれまでの二人とは違い、冷徹で計算高い司令塔よ。直接の魔法戦闘だけでなく、人間を巻き込むような何か卑劣な罠を仕掛けてくるかもしれない。……どうか、気をつけてね」
まりんの忠告に、5人は顔を見合わせ、深く頷いた。
「大丈夫です、まりんさん。キャミィ様にもそう伝えてください」
りりんが、胸元の銀色の鈴をぎゅっと握りしめて真っ直ぐに言った。
「相手がどんな卑劣な手を使ってきても……私たち『ベルキャット』が、絶対にこの街と、みんなの居場所を守り抜きますから」
藤城、東川、冬堂。
偶然にも「トウ」という響きを名に冠し、同じ「鈴」を持つ5人の少女たち。
美味しいご飯を囲みながら深まっていく彼女たちの絆が、やがて訪れる魔王軍の最強の刺客・キャメルとの過酷な戦いを乗り越えるための、最大の武器になろうとしていた。




