第6話:紅蓮の狂気と、浄化の鐘
めいりんによって視界を塞がれ、完全に無防備な隙を晒したマゼンダ。
その千載一遇の好機を、冬堂双子姉妹が見逃すはずがなかった。
「めいりん、離れて!」
かりんの鋭い声に応え、めいりんがバネのように身軽にマゼンダの肩から飛び退く。
「まずは私からよ! その無駄に高いプライドごと、叩き落としてあげる!」
かりんは長い脚をしなやかに使い、空高く跳躍した。重力と遠心力、そして彼女自身の研ぎ澄まされた魔力を極限まで乗せた渾身の踵落とし――ライトニングキック。
「がっ……!」
紫電を纏った一撃がマゼンダの脳天を掠め、肩口に深々とクリーンヒットする。骨がきしむような鈍い音が響き、マゼンダの体勢が大きく崩れた。
「次は私! あんたには、これがお似合い!!」
ぐらついたマゼンダの真正面に、りんかが猛然と踏み込む。
かつて自分が理不尽に虐げられていた過去の記憶と、目の前で身勝手な炎を撒き散らす魔族の姿を重ね合わせるように、りんかは腰の捻りを極限まで活かした。拳に全体重と怒りを乗せたヘビーパンチが、空気を圧縮するような音を立てて、マゼンダの腹部を容赦なく打ち抜く。
「ごふっ……!」
ズドォォン!というすさまじい衝撃音と共に、マゼンダの身体がくの字に折れ曲がり、数十メートル先の商店街の瓦礫の山へと勢いよく吹き飛んでいく。
「……やった!」
りんかが拳を握り締め、かりんが着地してヒールを鳴らす。
しかし、粉塵が舞う瓦礫の山から、ゾッとするような低い笑い声が響いてきた。
「ふふ……ふふふふっ……!!」
瓦礫を吹き飛ばし、立ち上がったマゼンダの姿は凄惨だった。自慢の美しい真紅のドレスは無残に破れ、完璧に整えられていた髪は乱れ、口元からはどす黒い血を流している。だが、彼女の瞳には完全に理性を失った、泥沼のような狂気が宿っていた。
「よくも……よくも、この美しい私に泥を塗ってくれたわね。ネイヴィー様に愛されるのは私だけ……。あなたたちみたいな薄汚い人間の小娘に、あのお方の心は絶対に、絶対に渡さない……!!」
マゼンダが両腕を天に掲げると、彼女の胸元でドクン、ドクンと不気味な脈動が響き始めた。
周囲の酸素が一気に奪われていく感覚。彼女自身の生命力を燃料にして炎を限界まで圧縮する、魔界でも禁忌とされる自爆魔法――『血塗られた狂炎』だ。
「消えなさい!! この街ごと、跡形もなく灰になれぇぇッ!!」
マゼンダの喉が裂けんばかりの絶叫と共に、空を赤黒く焦がすほどの巨大な炎の竜巻が発生した。ねちっこく、あらゆるものを焼き尽くすまで消えない呪いの業火が、防ぐ間もなく5人に、そして商店街の建物に向かって襲いかかる。
あまりの熱量に空気が歪み、呼吸をすることすら喉が焼けるように苦しい。
「危ないっ……!」
かりんとりんかが咄嗟に腕を交差して防御の姿勢をとる。自分たちの物理攻撃では、この実体のない巨大なエネルギーの塊は防ぎきれないと悟ったからだ。
だが、その圧倒的な死の竜巻の前に、小さな背中が立ちはだかった。りりんだ。
(キャミィ様が守りたかったこの街を……! みんなが笑ってご飯を食べられる、やっと見つけた居場所を、絶対に壊させない!)
りりんは両手を前に突き出し、胸元の鈴に強く、強く祈りを込めた。
『――チリリリリーン!!』
これまでで一番澄んだ、高く神聖な鈴の音が商店街に響き渡り、りりんの全身から純白の光――セイントパワーが爆発的に溢れ出した。
光は巨大な障壁となって炎の竜巻を正面から受け止め、ジュウジュウと凄まじい蒸発音を立てて拮抗する。炎の圧倒的な熱と重圧が、ジリジリとりりんの体力を奪っていく。足元のブーツがアスファルトにめり込み、削られていくが、彼女は決して後ろに下がらなかった。
「私だけじゃない……みんなの力が、私にはあるから!」
「りりんちゃん!」
りんじゅがいち早く両手をかざし、りりんに持てる限りの回復のオーラを送り込み続ける。
「りりん、負けるな!!」
「私たちもいるわ!」
「りりんちゃん、がんばれっ!」
りんか、かりん、めいりんも、りりんの背中に両手を当て、自分たちの聖なる魔力を彼女へと注ぎ込んだ。
5人の想いが一つに繋がった瞬間。
光の障壁が、呪いの業火を少しずつ、だが確実に押し返し始めた。純白の光が炎の赤を飲み込み、狂気と憎悪の魔力を分解していく。やがて光はすべてを浄化する眩い閃光となって、商店街全体を優しく包み込んだ。
「あ、あああぁぁぁっ!?」
光の奔流に吹き飛ばされ、マゼンダは悲鳴を上げてアスファルトを無様に転がった。
命を削った「奥の手」すらも完全に打ち破られ、彼女に残された魔力はもうほとんどなかった。満身創痍で膝をつき、肩で荒い息をするマゼンダは、憎悪と屈辱に完全に歪んだ顔でりりんたちを睨みつける。
「……くっ、この私が、こんな……! ……覚えていなさい。今日はこのくらいにしておいてあげるわ。でも、次は絶対に許さない……ネイヴィー様の御心は、私だけのものなんだから……!」
ギリッと歯が欠けるほど強く食いしばり、マゼンダは空間にどろりとした黒いゲートを開くと、逃げるようにその身を投じて魔界へと消え去っていった。
後に残されたのは、無残にひび割れたアスファルトの爪痕と、肩で息をする5人の少女たち。
強敵を退け、皆で顔を見合わせて安堵の笑みを浮かべる彼女たちだったが、魔王軍の強大な脅威と、ネイヴィーへの異常なまでの執着が、確実に自分たちの日常を脅かし始めていることを悟っていた。




