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Bell Cat ~聖天使猫姫物語~  作者: 栞那りあ(neneko)


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第4話:翡翠の涙と、真紅の強襲

挿絵(By みてみん)

 深い、深い微睡みの底。

 魔界の冷たく硬いベッドの上で、ネイヴィーはまたあの夢を見ていた。

 それは、自分であって自分ではない、遠い過去の誰かの記憶。


『エリック……見て、魔界にもこんなに綺麗な花が咲くのね』


 暗く冷たい魔王城の庭園。陽の光など一度も射したことのない死の土壌で、人間の少女・カレンが青白い花を摘み、無邪気に微笑んでいた。

 養子として魔族から疎まれ、心を氷のように閉ざしていた魔王の息子・エリック。彼の凍てついていた世界は、迷い込んできたカレンの温かな手のひらに触れ、少しずつ、確実に溶かされていった。

 二人は惹かれ合い、やがて永遠を誓い合った。異種族間という結ばれることのない運命を、愛だけで乗り越えられると信じて。


 だが、代償はあまりにも残酷な形で現れた。


『ゲホッ、ゴホッ……!』

『カレン! しっかりしろ! 誰か、癒し手を呼べ! すぐにだ!!』


 魔界の淀んだ瘴気と、生命を拒絶する重い空気。人間であるカレンの脆い肉体は、ただエリックの側にいるというだけで、確実に内側から蝕まれていったのだ。

 日に日に血の気を失い、ベッドから起き上がることすらできなくなるカレン。エリックは自身の莫大な魔力を惜しみなく分け与え、あらゆる手を尽くしたが、彼女の命の灯火は残酷なほど弱まっていくばかりだった。


 そして、純白の婚礼衣装に袖を通すはずだった、その前夜。


『ごめんなさい、エリック……。わたし、もう……』

『駄目だ、カレン! 僕を置いていかないでくれ! 君がいない世界に、何の意味があるんだ……っ! 魔力ならいくらでもやる、だから目を閉じるな!』


 涙を流し、すがるエリックの頬に、カレンの氷のように冷え切った手がそっと触れる。

『泣かないで……。あなたと出会えて、わたし……すごく、しあわ……せ、だっ……た』


 その手を最後に、カレンの瞳からふっと光が失われた。

 絶望の底で、エリックは彼女の動かなくなった亡骸を強く抱きしめ、獣のように血を吐くような叫びを上げた。


『ああああああっ!! 次だ、次こそは……! 君が生きられる世界で、僕が君を見つけ出す! 魔族の運命など捨てて、君を……カレンを、必ず……っ!』



「……っ!」

 魔王城の私室。ネイヴィーは弾かれたように目を覚ました。

 荒い呼吸を繰り返し、シーツを握りしめていた自身の頬に触れると、冷たい水滴が一筋、指を濡らした。


「涙……? 魔族である僕が、泣いているのか?」

 信じられない思いで己の手を見つめる。

 夢に現れたあの少女は誰だ。なぜ、これほどまでに胸が張り裂けそうに痛むのか。アイボリーから『回復の力』を持つという人間界の小娘の話を聞いて以来、この記憶のフラッシュバックは日に日に激しさを増していた。


「……人間界に行けば、この胸の痛みの意味が分かるというのか」

 窓の外、淀んだ魔界の空を見上げながら、ネイヴィーの翡翠の瞳が深く揺らめいた。


 その様子を、部屋の少し開いた扉の隙間から、じっと見つめている者がいた。

 魔王軍三幹部次女、マゼンダだ。


(ネイヴィー様が、あんなに思い詰めたお顔を……! しかも、涙まで流して……!)


 ギリッ、と。マゼンダの長く美しい爪が、自らの手のひらに食い込み、血が滲む。彼女の胸の中で、どす黒い嫉妬と怒りの炎が、ジュウッと音を立てて燃え上がった。

 完璧で、美しく、冷酷無比なネイヴィー様。彼が心を乱すことなどあってはならない。ましてや、下等な人間界の小娘などのせいで!


(許せない。あの美しいお方を悩ませる原因は、すべて私が焼き尽くして差し上げるわ。……見ていなさい、人間ども。このマゼンダが、あなたたちを絶望の底に沈めてあげる……!)

 真紅のドレスを翻し、彼女は憎悪のままに人間界へのゲートを開いた。



 一方、人間界。

 りりんは学校の帰り道、夕日に照らされた商店街を歩いていた。先日の戦いを経て、少しだけ外を歩く時の足取りが軽い。すれ違う人々の話し声や、スーパーの安売りのアナウンスが、平和な日常のBGMとして心地よく響いていた。


 ふと、前方にりんじゅとめいりんの姿を見つけた。買い物袋を提げた二人に、りりんは笑顔で小さく手を振ろうとした。


 その時だった。


『――チリリリリリリリッ!!!』


 りりんの胸元の鈴が、これまでにないほど激しく、けたたましく鳴り響いた。火傷しそうなほどの熱さが胸を打つ。

「えっ……!?」


 直後。オレンジ色だった空が不気味な真紅に染まり、商店街のガラスというガラスが一斉にパリンッと粉々に砕け散った。


「きゃああああっ!!」

「何だ!? 爆発か!?」


 悲鳴を上げて逃げ惑う人々。熱風が吹き荒れる中、上空からゆっくりと舞い降りてきたのは、燃えるような赤いオーラを纏い、嗜虐的な笑みを浮かべたマゼンダだった。


「見つけたわよ、薄汚い人間ども」

 マゼンダが優雅に指を鳴らすと、アスファルトをジュウジュウと溶かしながら、周囲の地面から無数の炎の魔獣が這い出してくる。


「っ……りりんちゃん、こっちよ!」

 駆け寄ってきたりんじゅとめいりんの胸元でも、鈴が激しく共鳴していた。

 遅れて、近くの現場から走ってきたであろうりんかとかりんも息を切らせて合流する。


「アイボリーの言っていた通り、生意気な顔をしてるわね。……あなたたちの存在が、ネイヴィー様の御心を煩わせているのよ。万死に値するわ。ここで灰になりなさい!!」

 マゼンダの咆哮と共に、炎の魔獣たちが牙を剥き出しにして、一斉に5人に向かって襲いかかってきた。


「みんな、いくよっ!」

 りりんの叫びと共に、5つの鈴の音が商店街に響き渡る。

 日常の風景が戦場へと塗り替えられる中、光が弾け、ベルキャットたちの第二の戦いが、今まさに幕を開けた。

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