番外編1:魔界の底で見た夢 ――三姉妹と翡翠の君
陽の光など射したことのない、重く淀んだ魔界の空。
血のような赤黒い雲が垂れ込める荒野にそびえ立つ魔王城で、三姉妹は生まれ、育った。
「キャメルお姉様、見て。また下等な魔族が迷い込んできたわ」
「汚らわしい。燃やしてしまいなさい、マゼンダ。アイボリー、死骸の片付けはあなたの仔たちにやらせるのよ」
魔王軍の幹部候補として生み出された彼女たちの毎日は、退屈と殺戮の繰り返しだった。
力こそがすべて。弱者は強者にひれ伏し、少しでも隙を見せれば寝首を掻かれる。それが魔界の常識であり、彼女たち自身もまた、その冷酷なルールの体現者であった。
長女のキャメルは常に氷のように冷たく、次女のマゼンダは己の美しさと炎の力に酔いしれ、三女のアイボリーは魔獣たちと遊ぶことでしか退屈を凌げなかった。
彼女たちの心には、常に乾いた砂漠のような「虚無」が広がっていた。何を殺しても、どれだけ力を誇示しても、満たされない。
そんな彼女たちの前に、ある日、「彼」が現れた。
『今日から彼が魔王軍の指揮を執る。俺の息子、ネイヴィーだ』
新魔王が支配する謁見の間。玉座の傍らに立ったその青年を見た瞬間、三姉妹の時間が止まった。
艶やかな黒髪、透き通るような白い肌。そして何よりも、底知れぬ深さを持つ翡翠の瞳。
醜悪な魔族たちがひしめくこの城の中で、彼だけがまるで別の次元から切り取られた彫刻のように、圧倒的に美しかった。
「……美しい。あんな方が、この魔界にいらしたなんて」
マゼンダが、頬を染めてため息を漏らす。
「ネイヴィー様……私、あのお方のためなら何でもするわ」
アイボリーが恍惚とした目で彼を見つめる。
常に冷静なキャメルでさえ、その完成された冷酷な佇まいに、心臓が早鐘を打つのを感じていた。
彼女たちは、競うように彼に忠誠を誓い、彼に近づこうとした。
しかし、ネイヴィーの翡翠の瞳は、常に「どこか遠く」を見ていた。
『ネイヴィー様、私が見つけた美しい宝石です。どうかお納めください』
『……要らない。どこかに捨てておけ』
『ネイヴィー様、反乱軍の首謀者の首を取ってまいりました! 私を褒めてくださいますか?』
『……勝手にするがいい。僕の視界を血で汚すな』
どれだけ尽くしても、どれだけすり寄っても、彼が微笑んでくれることはなかった。
彼の心には、決して埋まらない「巨大な空洞」があるようだった。彼自身も気づいていない、遥か昔に失った「人間の少女」の記憶の欠片。それが彼を縛り付け、心を永遠の氷で閉ざさせていた。
だが、三姉妹にとってはその「手の届かなさ」こそが、さらに彼女たちの愛を狂信的なものへと育てていった。
(あのお方は、誰も愛さない。だからこそ美しい。私たちだけの、気高い王……)
しかし、その均衡は「人間界の侵略」によってあっけなく崩れ去った。
あんなに冷酷で、誰にも心を開かなかったネイヴィーが。
人間界で出会った、取るに足らない小娘の前で泣き崩れ、自ら片膝をつき、愛を乞うたのだ。
『やっと見つけた。……もう二度と、君を離さない』
その言葉は、三姉妹の心を物理的に粉砕した。
自分たちが何百年かけても触れられなかった彼の心を、たかだか15歳の、ヒール能力だけの人間が奪っていった。
自分たちが信じていた「冷酷で美しい王」は、ただの「愛に飢えた一人の男」だったという現実。
(許さない。あの方を奪った人間も、私たちを捨てた世界も……すべて、すべて!!)
魔界の玉座の冷たい床で、彼女たちは自分たちの心がどす黒い呪詛へと変貌していくのを感じていた。
愛が深かった分だけ、絶望は底なしだった。彼女たちの純粋すぎた愛は、やがて人間界の少女・香蘭の孤独と共鳴し、世界を終わらせる破滅の火種となっていく――。




