第14話:破滅の化身と、慈愛の救世主
赤黒く染まった空の下、中学校の校舎を突き破るようにして実体化したのは、山のように巨大な漆黒の異形――破滅神だった。
顔のない、ただ泥とタールを固めたような巨大な影。その中心、心臓の位置には、力なく首を垂れた香蘭の身体が、まるで生け贄のように半ば埋まり込んでいた。
「香蘭ちゃん!!」
校庭に駆けつけ、変身を終えためいりんが悲痛な声を上げる。
異変を察知して遅れて到着したりりん、りんじゅ、りんか、かりんの4人も、目の前に広がるこの世の終わりのような絶望的な光景に息を呑んだ。
「あれが、魔族の親玉……!?」
「違うわ! あれは香蘭ちゃん……私の大事な友達なの! お願い、攻撃しないで!」
めいりんが両手を広げ、涙ながらに仲間たちの前に立ち塞がる。
その必死な言葉に、りんかたちも拳を握りしめたまま動けなくなってしまった。強力な魔法で攻撃すれば、核となっている香蘭を傷つけてしまうかもしれない。
『……コワセ。スベテ、コワシテシマエ』
破滅神から放たれた目に見えない衝撃波が、言葉の代わりに校庭を薙ぎ払った。
「きゃあっ!!」
グラウンドの土が爆発し、5人の身体が木の葉のように空高く吹き飛ばされる。
地面に強く打ち付けられ、擦り傷だらけになりながらも、めいりんは必死に叫び続けた。
「香蘭ちゃん、目を覚まして! 嫌なこと、私が全部半分こしてあげるから! 一緒に美味しいパン食べようって約束したでしょ! だから私だよ、めいりんよ!」
しかし、破滅神の無慈悲な破壊は止まらない。反撃を躊躇うベルキャットたちは、ただ一方的に薙ぎ払われ、次々と膝をついていく。
その時、後方で光のオーラを展開し、敵を必死に『解析』していたりんじゅが、血を吐くような悲痛な声で叫んだ。
「……めいりん、もう遅いわ! 攻撃して!!」
「えっ……? だって、香蘭ちゃんが!」
「違うの!! 香蘭さんの生命反応は……魂の鼓動は、もう完全に消えているわ……っ! あれは彼女の絶望を喰らい尽くして被っているだけの、空っぽの抜け殻よ!!」
りんじゅの残酷な宣告が、ひび割れた戦場に響き渡る。
めいりんの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。自分が真っ直ぐに寄り添おうとした優しい友達は、孤独の果てに、もうこの世から消え去ってしまっていたのだ。
「……香蘭の身体を、これ以上好きにさせるかぁぁッ!!」
りんかが怒りと悲しみに顔を歪め、空高く跳躍して破滅神の巨体にヘビーパンチを叩き込む。かりんも涙を散らしながら、ライトニングキックの連撃を放つ。
香蘭への弔い合戦。しかし、破滅神の力はあまりにも理不尽で、強大すぎた。
「無駄よ! 私たちの攻撃が、全部あの闇に吸い込まれていく……!」
かりんが絶望的な声を上げる。
破滅神が巨大な腕を振り下ろすたびに、空間が悲鳴を上げてひび割れ、ベルキャットたちは次々と意識を刈り取られて倒れ伏していった。
土煙の中、最後に一人だけ立ち上がったのは、りりんだった。
満身創痍の身体を引きずりながら、彼女は空を見上げる。巨大な破滅神の胸の奥で、香蘭の身体がただ悲しげに揺れている。
(……わかるよ、香蘭ちゃん)
りりんの脳裏に、冷たい家族の目がよぎる。
『あんたさえ生まれなければ』『迷惑な存在』――誰にも必要とされない孤独。世界から自分だけが切り離されたような、あの暗闇の息苦しさと冷たさ。
香蘭もまた、言葉の通じない教室で、たった一人でその冷たさに耐え続けていたのだ。
(ずっとお姉ちゃんたちの後ろに隠れていた、何の価値もない私。でも……私にしか、香蘭ちゃんの本当の痛みはわからない!)
りりんは、両手を胸の前で強く握り合わせた。
彼女の胸元で、銀色の鈴がこれまでとは違う、自身の生命そのものを燃やし尽くすような強烈な光を放ち始める。
「りりんちゃん……駄目よ、それ以上力を解放したら……あなたの存在が、消えちゃう……!」
倒れたりんじゅが、かすれる声で必死に制止する。
しかし、りりんは振り返り、倒れた仲間たちに向けて、これまでで一番美しく、晴れやかな笑顔を見せた。
「ありがとう、みんな。……私に『居場所』をくれて」
直後、りりんの身体から溢れ出した純白のセイントパワーが限界を突破し、彼女自身の姿を巨大な光の化身――神々しい救世主の姿へと作り変えた。
破滅神と同等の巨大な姿となった救世主・りりんは、拳を振り上げることはしなかった。
ただ静かに、優しく、その光の両腕で、暴れ狂う巨大な破滅神を真正面からきつく、深く抱きしめたのだ。
『ガァァァァァッ!!?』
拒絶される痛みに狂っていた破滅神が、初めて与えられた「無償の愛」と「絶対的な受容」の光に激しく悶える。
「もう大丈夫だよ。一人で、いっぱい、いっぱい頑張ったね。……一緒にいこう」
りりんの慈愛に満ちた声が響く。
闇を武力で打ち消すのではなく、痛みごとすべてを抱き込み、自分自身の魂と引き換えに吸収していく。
破滅神の漆黒の巨体が、りりんの放つ温かい純白の光に溶け込み、みるみるうちに浄化されていった。
「りりんちゃん!!」
「りりん!! 駄目ええぇぇッ!!」
仲間たちの絶叫がこだまする中。
すべてを浄化し終えたりりんは、空の彼方でふわりと微笑み――無数の光の粒子となって、風に溶けるように跡形もなく消滅した。
後に残されたのは、夕日を取り戻した静かな空と、静かに地面に横たわる香蘭の抜け殻。そして、大切な仲間を失い、声を上げて泣き崩れる4人の少女たちだけだった。




