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第22話 嵐の前の夜


 決戦の前夜は、奇妙なほど静かだった。


 罠は仕掛け終えた。領兵の配置も決まった。あとは、白薔薇(しろばら)が来るのを待つだけだ。

 俺は物見櫓で、一人、夜空を見ていた。

 足音が近づいてくる。振り向かなくてもわかった。シャルロッテだ。彼女は俺の隣に立ち、同じ空を見上げた。

 頭上の殺意は、もう随分と低い。だが、彼女の表情には別の翳りがあった。


「……わたしの話を、聞いてくれる?」

 彼女が、ぽつりと言った。

 彼女が自分から、自分のことを語ろうとするのは初めてだった。

「公爵家に拾われたのは、五つの頃。どこの生まれかも、本当の名前も知らない。物心ついたときには地下の訓練場にいた。人をどう殺すか、どう感情を殺すか。それだけを教えられて育ったの」

 彼女の声は淡々としていた。感情を込めない訓練の名残だろう。

「仲のいい同期の子がいたの。――でも、その子は任務で標的に情を移して。次の日には、もういなかった。『失敗作』は、製造元が処分する。それが、わたしたちの唯一の掟だった」

「だから、君は誰も信じなかった」

「ええ。信じたら揺らぐ。揺らいだら死ぬ。だから、わたしは上手な道具になった。――あなたに毛布をかけられるまでは」


 彼女は、俺を見た。

 その瞳に、月が映っていた。

「ねえ、アルヴィス。もし、わたしがこの夜を生き延びたら」

 声が、少し震えた。

「わたし、何になればいいの。道具じゃなくなったわたしは、もう何の役にも立たないのに」

「君でいい」

 俺は、答えた。

「道具でも暗殺者でもない、ただの君でいい。それで十分だ」


 その瞬間だった。

 彼女の顔が、ふっと和らいだ。安堵と、それから泣きそうな何か。

 俺はいつものように、その奥を視ようとした。

 ――また、視えなかった。

 四度目だ。

 彼女がいちばん無防備な顔を見せる、まさにその瞬間。俺の目は決まって、その奥を捉え損ねる。盲点。

 でも、もういいのかもしれない、と思った。

 視えなくていい。

 数字なんかなくても、隣にいる彼女が今、何を感じているか。それくらいは、わかる気がした。


 二人で長いこと、星を見ていた。

 明日、何人が生き残るかもわからない。彼女の刻印(こくいん)がどんな災いをもたらすかも、まだ知らない。

 それでも――この夜だけは、確かに穏やかだった。

 明日、その穏やかさを守る。そのために、俺はこの静けさを心に刻みつけた。


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