85 使者がキレた
「アンナ。パルマ。大変だ」
ドタドタドタと、文字通り転がり込むように、ムシアラが部屋に入ってきた。
波乱万丈の冒険者として経験を積み、数多くの交渉や雑事を裁いてきたギルドマスターがこれほど慌てるのだから、よほどのことが起こったのだろう。
「落ち着け。なにがあったんだ?」
「ああ。ええっと」
急にムシアラの視線が泳ぎはじめた。
言おうか言わまいか、逡巡しているようだ。
その原因は、時折目を合わせるパルマで間違いない。
「ムシアラ様。お気遣いは無用です」
「そうか……わかった。なら、心して聞いてくれ。パルマ。親父さんが倒れたそうだ」
「そう……ですか」
声に若干の驚きは含まれていたが、背筋はピンと伸びたまましゃんとしている。
もしかしたら、覚悟はできていたのかもしれない。
とはいえ、それとこれとは話はべつだ。
「その話に間違いはないのか?」
「正直、なんとも言えない。けど、イスペンの冒険者ギルドに、イッタリーネからの使者が来たのは、本当だ」
「その使者はまだいるのか?」
「ああ。可能なら、直接話したい、と言ってる」
「パルマ、どうする?」
「会おうと思います」
「よし。んじゃ、行ってこい」
「お時間が許すなら、ご主人様も同席していただけませんか?」
「俺が? いいのか?」
踏み込んだ話になるだろうから、身内だけに留めておいたほうがいい気がするのだが……
「万が一の場合、一時帰国の許可をいただきたく思います」
「なるほど」
正直、手紙でも事後報告でも問題ないのだが、パルマの気持ちが最優先だ。
俺が同席して快く送り出してやることが必要なら、異論はない。
ということで、俺たちは使者が待つイスペンに移動した。
「おおっ!? パルマ! 本当に無事だったんじゃな!」
応接室に入った瞬間、中で待っていた老人が立ち上がり、顔をほころばせた。
その喜びようは、孫との再会を喜ぶ祖父のようだ。
「ウルク先生!? 使者とは、先生だったのですか!?」
反対に、パルマは物凄く驚いている。
それだけで、ウルクの地位の高さがうかがえた。
「今国内は混乱していてな。現状、儂ぐらいしか動けんのじゃ」
「そうですか。では、父はもう長くないのですね」
「いや、そう断言するのは早計じゃ。持ち直す可能性は、まだ十二分にある」
パルマがほっと息を吐き、胸を撫でおろした。
じ~っ
ウルクが俺をガン見している。
「初めまして。パルマに魔術を教える代わりに、錬金術を教えているアンナ・クロムハイツと申します」
「呼び捨てにするとは何事じゃ! 本来なら、貴様のような錬金術が近寄れるお方じゃないのじゃぞ!」
「ウルク先生、おやめください。ご主人様はなにも悪くありません」
「ご……ご主人様じゃと~!!?? そりゃ一体、どういうことじゃ! ちゃんと説明せい!」
目の据わりかたが尋常じゃなく、今にも飛び掛かってきそうだ。
使者の立場とパルマの存在がなければ、魔法の一、二発は撃っていてもおかしくない。
(おっかねえ)
本気でキレた人を前に、俺は生唾を呑み込んだ。




