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70 朝食と名付け

 自分では上出来だと思っていた壁だが、実際は不出来だった。

 それを認識したのは、翌日の朝だ。

 寝ぼけて跨いだはずの壁につま先を引っかけたのだが、倒れたのは俺のほうではなく、壁だった。


 ……


 形容しがたい気持ちが、胸に渦巻く。


「ご主人様。朝ごはんの用意ができました」

「今いく」


 見なかったことにして、俺はテントの外に出た。


「わんわん」

「お前も一緒に暮らすか?」


 嬉しそうにじゃれついてくる子ナイトウルフを撫でながら、そう訊いてみた。

 いままでも家族のように思ってはいたが、根無し草状態だった俺に子ナイトウルフを飼う資格はない。

 魔檻の森に定住を決めた今だからこそ、できる発言だ。


「わん! わんわん!」


 ヘッドバンキングを連想させる勢いで首肯している。

 嬉しそうでなによりだ。


「んじゃ、名前も決めるか……いや、もうあるか?」

「わっふ」


 かぶりを振るということは、ないのだろう。


「んじゃ、つけるか」

「わん!」


 ぶんぶん尻尾を振っている。

 これほど喜ばれるなら、もっと早く名付けてやればよかった。


「とはいえ、どうするかな?」


 できるならカッコイイ名前がいいが、すぐに思いつくほど柔軟でもない。


「シュナイダー。シュバルツ。ゴールデンシュミット」


 昔読んだ空想小説の登場人物だが、コレジャナイ感が強い。

 子ナイトウルフの表情も、渋く歪んでいる。


「パルマはどんな名前がいいと思う?」

「えっ!? わたしですか!? ……う~ん。クロ。ジャッジ。シュバインシュナイダー。などはどうでしょう」


 ダメだ。

 パルマが挙げた候補も、空想小説の登場人物だ。

 考えるのが面倒、とかではない。

 ただ単に、俺とパルマにネーミングセンスがないだけだ。


「わっふ」


 あきらめたような表情をされると、心にくる。

 なんとかしてやりたい。


 ぐううう


 ただその前に、腹を満たそう。


「今日の朝飯はなんだ?」

「イスペンで買ってきたロールパンと、キノコのスープと、ベーコンと青菜の炒め物です」


 朝一で買いに行ってくれたようだ。

 ありがたい。


「いただきます」


 パンはもちもちでふわふわだ。

 スープと炒め物も温め直してくれたおかげで、美味しい。

 朝からこんな贅沢な食事をしたのは、いつ以来だろうか。


「ああ、幸せだ」

「おおげさですよ。ご主人様」

「いままでのあるものを口に放り込むだけの朝と比べたら、天国だよ」

「でしたら、これを維持できるように頑張りますね」

「ありがとう。けど、パルマはもう奴隷じゃないからな。面倒ならこんなことしなくてもいいし、俺をご主人様と呼ぶ必要もないんだぞ」

「理解しております。けど、そこを改めるつもりはありません。わたしにとって、ご主人様はご主人様です。今の幸福を忘れないためにも、そう呼ばせてください」


 俺が思うより、パルマは苦しかったのかもしれない。

 いや、苦しかったのだ。

 王族でありながら自国で暮らせないこともそうだし、奴隷オークションにかけられたのもストレスでしかない。

 その間の生活だって、楽ではなかったはずだ。

 今こうして笑っていられるのも、幸運が重なったにすぎない。

 ほんの少しタイミングがズレていれば、不幸な結末を迎えていただろう。

 それを忘れないために俺をご主人様と呼びたいのなら、許容するだけだ。


「こんな日が続くといいな」

「はい」

「わっふ!」


 日常を噛みしめる俺たちに、子ナイトウルフが抗議した。


「大丈夫だ。お前の名づけを忘れたわけじゃない。ノモ。グリーウェル。デパイ。はどうだ?」


 無言でかぶりを振られた。

 困った。

 レパートリーがもうない。


「バウ」


 森から出てきたナイトウルフが一鳴きし、地面にライナと書き記した。

 たぶん、これが親から貰った名前なのだろう。


「よし。お前はライナだ」

「わふっ!?」

「バウ!」


 急な決定に抗議の声をあげようとした子ナイトウルフの頭を、親のナイトウルフが押さえつけて黙らせた。

 こうなっては、もうどうにもならない。

 この瞬間、子ナイトウルフの名前は、ライナ、になった。


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