閑話 誤算
(哀れだな)
必死に剣を振り回すムシアラを見て、黒子は心の底からそう思った。
後遺症さえ残らなければ、実力は疑いようがない。
人格者である点を考慮すれば、どこかの国の騎士団長になっていた可能性すらある逸材だ。
(それが今や、このざまだ)
辺境のギルドマスターに落ち、世間知らずの錬金術師を守っている。
それだけでも可哀そうなのに、どれほど頑張っても報われない。
目を瞑っても避けられる愚鈍な攻撃しかできないからだ。
(ははは。本当に哀れだ)
飛ぶ鳥を落とす勢いだったころを知っているだけに、笑いが止まらない。
けど、このまま斬りつけていても退屈で、心が躍らない。
なら、躍らせればいい。
まずは、レアハムだ。
彼女を、ムシアラの目の前で殺そう。
(ふふふ)
最高の景色に、笑みがこぼれる。
けど、それだけじゃ物足りない。
(ああ、そうだ。レアハムの血のシャワーを、ムシアラに浴びせてやろう)
真っ赤に染まる姿は、さぞ美しい。
「残念だな。その古傷さえなければ、もう少し抗えただろうに」
「失ったモノを嘆いても返ってくることはないし、そんな無駄な時間を過ごすつもりはない!」
恋人を失っても、そう言えるのだろうか。
答えは聞くまでもない。
「殊勝な姿は評価するが、不合格だ」
ムシアラ・バイルは、必ず後悔する。
だが、それでいい。
見たいのは、絶望に満ちた顔なのだ。
「やらせません!」
ことさらゆっくり振り下ろした小太刀を、レアハムが杖で弾いた。
「ははは」
あまりに思い通りの光景に、笑みを隠せない。
「避けろ!」
「もう遅い!」
「ウォン!」
首元を掻っ捌こうとしたが、ナイトウルフの体当たりに邪魔され、届かなかった。
気分が台無しだ。
「ぐるるるるるる」
「いいだろう。飼い主の代わりに躾けてやる」
「ウォン! ウォンウォン!」
苛立ちをナイトウルフにぶつける。
なぶり殺すのは簡単だが、ルシファーの前で行うのはリスクが高い。
現時点での介入は考えづらいが、魔獣が死んだことを理由に行う可能性がある。
「飲め。回復ポーションだ」
アンナが動いた。
ムシアラを回復させたところで戦力にはなりえないが、それを理解する知性も経験もないようだ。
(チッ)
あんな馬鹿に計画を阻止されたと思うと、虫唾が走る。
「パルマ。サンドゴーレムを作ってくれ。最低三体頼む」
何かするつもりらしいが、無駄だ。
この状況を覆せる一手など、錬金術師に打てるはずがない。
自分はできると思っている馬鹿に、現実を教えてやろう。
手始めに、出来上がったゴーレムをナイフで壊した。
もちろん、ナイトウルフを殴りながらだ。
だが、何体壊してもあきらめない。
「ご主人様! 大丈夫です! 皆を信じてください!」
周りも感化されているのか、心が折れない。
苛立ちが増す。
本来それは計画に含まれていないが、我慢の限界だ。
「殊勝だな。褒美に、大切なご主人様を殺してやろう」
アンナを殺す。
そう決めて振り下ろした小太刀を、ムシアラに弾かれた。
「馬鹿な!?」
それはありえないことだった。
どれほど回復しようとも、こちらの全力に反応できるはずがない。
けど、それが起きている。
「ムシアラ! 一体何をした!?」
……
答える気はないらしい。
なら、殺そう。
振り下ろした小太刀が、心臓を捉える……はずだったが、躱された。
(ありえない!)
ムシアラの反応速度では、それは不可能だ。
「せりゃ!」
剣を振る速度も上がっている。
気を抜けば、致命傷になりかねない一撃だ。
(なぜだ!? なぜこんなことが起きる!?)
答えは一つしかない。
アンナのポーションだ。
けど、過去の傷すら治すモノなど、この世に存在しない。
それができるとしたら、神、だけだ。
(神の御業を、あの男が成した!?)
そんなわけない……が、事実として起きている。
混乱する思考を整理したいが、ムシアラがそれを許さない。
(なるほど。そういうことか)
大きく飛び退いた際、それが可能な人物に気づいた。
(ルシファーめ!)
非干渉を装っているが、実際は手を貸していたわけだ。
魔力の流れを探り、事実を突きつければ、示談交渉金を吊り上げることもできる。
「ははは」
笑いを抑えられない。
が、その事実はどこにもなかった。
ルシファーは魔力を使っていない。
偽装……していて、証拠が掴めなかった。
「くそっ!」
これほどの魔法技術を持っているとは、計算違いだ。
「何を悔しがっているのかは知らないけど、あたしは何もしていないわよ」
「その物言いこそ、何かやっている証拠だろ!」
「まるで当たり屋ね」
馬鹿にした薄ら笑いが気にくわない。
「もういい。皆殺しにしてやる!」
「残念。本気になるのが、一足遅かったわね」




