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閑話 回復ポーション

 冒険者として活躍したムシアラ・バイルは、もう存在しない。

 それは重々承知していたし、納得もしていた。

 けど、それがこんなにも、情けない、ことだとは思っていなかった。


「でりゃりゃりゃりゃ」


 全力を出しても、切っ先が触れることすら叶わない。

 それどころか、黒子は殺そうと思えば、簡単にできる。

 それをしないのは、嗜虐心を満たすためだ。

 全身に刻まれる刀傷も出血を抑えるべく、ごく浅く刻まれている。

 派手に飛び散っているのは、おれが動いているからだ。


 アンナを護る。


 それは国王との約束でもあるが、自分との約束でもある。

 だから、あきらめるわけにはいかない。

 いかないのだけど……


(駄目かもしれないな)


 実力差がありすぎる。

 五体満足でも、黒子が上だ。


(くそっ)


 出血のし過ぎで、視界がかすんできた。


「残念だな。その古傷さえなければ、もう少し抗えただろうに」

「失ったモノを嘆いても返ってくることはないし、そんな無駄な時間を過ごすつもりはない!」


 強がってみたが、限界だ。

 振り下ろした剣の勢いを殺せぬまま、おれはヒザをついた。


「殊勝な姿は評価するが、不合格だ」

「やらせません!」


 黒子の小太刀をレアハムが杖で弾いたが、それは罠だ。


「ははは」


 裂けるほど口角を上げる黒子は相当悪趣味で、腐っている。


「避けろ!」

「もう遅い!」


 レアハムの首元に、小太刀が迫る。

 動きたいのに、動けない。


「くそっ!」


 どうすることもできなかった。

 目の前で最愛の人(レアハム)が殺されるのを、見ることしかできない。


「ウォン!」


 その絶望を防いだのは、ライナだった。


「ウォンウォン!」


 一撃を浴びせようと必死だが、届かない。

 実力差がありすぎる。

 加勢……すべきなのに、動けない。

 唇を噛むおれに、アンナが小瓶を差し出した。


「飲め。回復ポーションだ」

「助かる」


 一気にあおった。

 のどを通過し胃に入った瞬間、猛烈に体が熱くなる。

 まるで血が沸き立っているようだ。


「パルマ。サ……ゴー……を作……くれ」

「……かり……た。ビル……」


 すぐそばの会話すら耳に入ってこない。

 けど、アンナが何かやろうとしているのは間違いない。

 黒子が妨害しているが、何度もトライしている。

 助力したいが、身体が動かない。


(コレ……本当に回復ポーションなのか?)


 疑ったせいか、全身に激痛が走った。

 筋肉がちぎられているような感覚だ。


(ヤバイ! このままじゃ……気を失う(死ぬ)


 と観念した矢先、身体の痛みが消えた。

 視界が晴れ、急速に力がみなぎる。

 あまりのことに心が追いつかないが、固まっている場合じゃない。


「殊勝だな。褒美に、大切なご主人様を殺してやろう」


 黒子がアンナを殺そうとしている。

 以前ならその姿を追うことは不可能だったが、今は小太刀の軌道をはっきりと認識できた。

 見えているのだから、弾くのも造作ない。


「馬鹿な!?」


 これには黒子も驚いたようだ。

 わかる。

 けど、落ち着く猶予を与える気はない。


「せりゃ!」

「ちっ」


 振り下ろした剣を、黒子が大げさに跳び退いて躱した。

 鋭さが増したことに気づいたのだろう。


「ムシアラ! 一体何をした!?」


 おれの変化に気づいたのは流石だが、教えてやる気はなかった。

 というか、おれが理解していない。

 ただ、これだけは言える。

 黒子が混乱すればするほど、勝機は増す。


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