92 開戦
まず動いたのは、ムシアラだった。
黒子との間合いを詰め、剣を振り下ろす。
「ははは。動きに鋭さがまるでないな」
当たり前のように躱されるだけでなく、黒子の小太刀がムシアラの太ももを斬った。
「くっ」
飛び散る鮮血に苦痛の表情を浮かべるが、そうなる覚悟はあったらしい。
傷ついた足をかばうことなく強く踏み込む、剣を薙いだ。
「遅い。遅すぎる」
「でりゃりゃりゃりゃ」
ムシアラが剣を振るうたび、血しぶきが舞う。
黒子が一撃を躱すたび、腕、足、肩、胴を斬りつけているからだ。
「残念だな。その古傷さえなければ、もう少し抗えただろうに」
「失ったモノを嘆いても返ってくることはないし、そんな無駄な時間を過ごすつもりはない!」
あきらめることなく剣を振り続けるが、かすることすらなかった。
「くっ」
傷と疲労の蓄積から、ムシアラがヒザをついた。
「殊勝な姿は評価するが、不合格だ」
「やらせません!」
トドメを刺すために振り下ろされた小太刀を、レアハムが杖で弾いた。
「ははは」
攻撃を防がれた黒子が笑っている。
意味がわからないが、ムシアラは気づいたようだ。
「避けろ!」
「もう遅い!」
黒子の狙いは、レアハムだった。
振り下ろされた小太刀が首に迫る。
「くそっ!」
「ウォン!」
動けないムシアラに代わり、ライナが黒子に体当たりをかました。
不意打ちだったにもかかわらず、黒子は後方宙返りをする余裕を見せている。
「最愛の者を目の前で殺す予定だったんだが……まさか、魔獣風情に邪魔されるとはな」
「ぐるるるるるる」
「いいだろう。飼い主の代わりに躾けてやる」
「ウォン!」
飛び掛かるライナを、黒子が殴り飛ばした。
「ウォンウォン!」
怯むことなく、二度三度追撃を行うが、ひらひらと舞うように躱されてしまう。
マタドールを連想させる所作だが、決定的に違うことがある。
黒子はライナと体を入れ替えるたび、拳や蹴りで殴打していた。
一方的にやられ心が折れてもしかたがない状況だが、ライナはあきらめずに突進を繰り返している。
このチャンスを逃してはダメだ。
「飲め。回復ポーションだ」
「助かる」
駆け寄り渡した小瓶を、ムシアラは躊躇なく一気飲みした。
「パルマ。サンドゴーレムを作ってくれ。最低三体頼む」
「わかりました。ビルド」
すぐさま三体のゴーレムが完成したが、黒子が投げたナイフが突き刺さり壊されてしまった。
「つまらぬあがきはよせ。見苦しいだけだぞ」
「その通りかもしんねえけど、その先に発見があるかもしれないだろ」
人生も錬金も、失敗や苦難は付き物だ。
けど、それすら糧にできる。
「パルマ。もう一回頼む」
「ビルド!」
「無駄だ」
作っては壊されるゴーレムたち。
不憫ではあるが、どうしても必要なのだ。
「ビルド!」
都合九体目のゴーレムが破壊された。
まだまだ何度でも……と思うのは勝手だが、労力をかけているパルマの息が上がってきている。
魔力も無限にあるわけではないし、無理は禁物だ。
助けを求めるようにササナを見たが、かぶりを振られた。
間接的な援助もできないようだ。
(このままじゃ……)
「ご主人様! 大丈夫です! 皆を信じてください!」
「殊勝だな。褒美に、大切なご主人様を殺してやろう」
黒子が消えた……と思った瞬間、目の前にいた。
振り下ろされる小太刀。
それを弾いたのは、ムシアラだった。




