91 ササナは動けない
「褒美として、部下にしてやろう」
黒子のこの提案には、二つの意味があると思う。
一つは、偉大な黒子の部下になれることを光栄に思え、という額面通りの意味。
聞かされた者によっては垂涎ものだと思うが、その偉大さを認識できない俺には、ちんぷんかんぷんだ。
「ご主人様は、あなたのような外道と手を組む人間ではありません!」
「その通りだ。お前のように、他人の命をゴミのように扱うクズじゃない!」
パルマとムシアラが思っているほど、俺は高潔な人間じゃない。
自分や大切な人たちが殺されないで済むなら、人生の妥協も受け入れる。
と同時に、これが二つ目の意味だと思う。
黒子の仲間になれば、当面の間かもしれないが、殺される心配はない。
それがパルマ、ライナ、ムシアラたちにまで適用されるのかは不明だが、血を流さずに済むならいいことだ。
けど、それが幸せかどうかは、別問題だろう。
「質問なんだけど、黒子君の部下になったら、なにをさせられるんだ?」
「ご主人様!?」
「ア、アンナ!?」
驚きに目を見張る二人を、手で制した。
言いたいことは数ありそうだが、口をつぐんでくれたのはありがたい。
「で、どうなんだ?」
「錬金しろ。もとより、それしか出来んだろ?」
その通りだから、うなずくしかない。
「三食昼寝付き?」
「成果次第だな。無能にただ飯を食わせ、惰眠を与えるつもりはない」
ブラックの匂いがプンプンだ。
けど、ここで話を打ち切ってはいけない。
「んじゃ、アシスタントの雇用は認めてもらえる?」
「人材による。使えない無能は、組織を腐らせるからな」
ブラックというより、重度の選民思想だった。
とてもじゃないが、仲良くできそうにない。
とはいえ、戦って勝てるかと訊かれれば、それもまた微妙だ。
チラッとササナを見た。
彼女が加勢してくれるなら、勝てる公算は高くなる。
けど、無理そうだ。
申し訳なさそうに苦笑する様子からして、それが望めないのは理解できた。
「残念だったな。お前らの頼みの綱であるルシファーは、動けないぞ」
「理由は?」
「魔族と人間の寿命の差ね。一〇〇〇年を超える永い時を生きる魔族と、一〇〇年程度しか生きられない人間とでは、どうしたって認識にズレが生まれるの。例えば、はるか昔に結んだ停戦や不可侵条約があっても、それが正しく認識されているかは不明なのよね」
「なるほど。魔族側の調印者は生きていてその詳細を覚えているけど、代替わりした人間側は違う認識の場合があるってことか」
「その通りよ。そのわずかな誤差を広げるかもしれない行動を、あたしが執るわけにはいかないの」
ササナは申し訳なさそうにしているが、気に病む必要はどこにもない。
むしろ、人間と魔族の戦争が起こるきっかけになるなら、しない、が正解だ。
「ここが魔檻の森なら、問題ないんだけどね……」
「自治領のいざこざに介入するなら、話は別なわけだ」
「その通りよ」
「ははは。残念だが、ここは人間領だ。まあ、こうするために、そこの馬鹿を使ってお前らをおびき寄せたんだがな」
ウルクは利用されたようだ。
けど、かわいそうとは思えない。
野心からの自業自得であり、因果応報だ。
「んじゃ、俺たちが逃げればいいわけだ」
「そんなことをさせると思うか?」
「思わない。けど、他に方法はないだろ」
「その通りだ。では、最後に確認してやろう。部下になる気はないんだな?」
「ない」
「では、死んでもらう」
黒子との交渉は決裂した。




