第526話 ぬか漬けサンドイッチ
ハーフムーンの船内では、美咲たちが船の奪還に向けて動いています。
その頃、情報システム部に残った三人は……?
「ダメですねえ」
田中正明が、ディスプレイから顔を離して大きく伸びをした。
「こうなったら、アタマを使う前に糖質採らないと! しっかり腹ごしらえですよ!」
「はぁ!?」
隣の席の野沢結菜が、素っ頓狂な声を上げた。
「あんた、こんな時によくお腹が減るわね!?」
国連宇宙軍の調査宇宙船ハーフムーン、情報システム部。
美咲と館山船長、ドクターが出ていってから、三人はずっとコンソールの画面とにらめっこを続けていた。
万が一、美咲たちによる船の奪還がうまくいかなかった時のために、別の手段を探しておく。それが、ここに残った三人の役目なのだ。
だが、ここでキャッチできる船内センサーの情報は断片的で、外で何が起きているのかはほとんど分からない。
「だって、船長とドクターはオムライスで満腹でしょうけど、ボクらはもうずいぶん食べてませんからね!」
「何言って……」
ぐうぅぅぅぅぅっ。
結菜の言葉を遮るように、盛大な音が室内に響いた。
固まる結菜。
その顔が、みるみる赤くなっていく。
「ほら、結菜ちゃんのお腹も賛成!」
「ち、違うわよ! 今のは、その……!」
「お腹の音だよね?」
「わかってるわよ!」
遠野あかりは、手元の画面から目を上げた。
「そうね。とりあえず何か食べましょう」
「さっすが主任! 話がわかる!」
正明はさっそく端末を操作し、フードプロセッサーのメニューを呼び出した。
「さーて、何にしようかなあ!」
「……この調理機、また妙なことになったりしないでしょうね?」
結菜が疑わしげに画面を覗き込む。
「心配なら、結菜ちゃんの分はボクが食べるよ」
「ちゃんと食べるのでご心配なく!」
結菜は肩を落とし、それから正明をじろりと睨んだ。
「まったく……。それにしても、監禁室にオムライス七皿も送るなんて、正気の沙汰じゃないわよ」
「どうして?」
「七皿よ! 七皿!」
「だって伝言、七行あったから」
何を当たり前のことを、という顔である。
「一皿分に七行書けばいいじゃない!」
「そんなに書いたらケチャップだらけになっちゃうよ?」
「伝言なんだから別にいいでしょ!」
「それじゃあ、字が小さくなって読めなくなるかも」
「だったら、もっと大きなお皿にすればいいじゃない!」
「そんな大きなオムライス、食べきれないよ?」
「七皿だって食べきれないわよ!」
結菜は、呆れるように両手を広げた。
「船長とドクターが一皿ずつ食べたとして、残りの五皿はどうするのよ!?」
「ボクが食べに行きたいよなぁ、もったいない」
「あんたねぇ!」
あかりは、画面に目を落としたまま、唇の端を少し噛んだ。
船の制御を奪われ、この先どうなるかもわからない。
それなのに、この二人は地球にいた頃と少しも変わらない。
正明が妙なことを思いつき、結菜がそれに突っ込む。そして、その妙な思いつきが、ときどき本当に窮地を救ってしまう。
船長たちに届いたのも、よりによってケチャップの文字だった。
そのことが、今はありがたかった。
「それで、田中君は何にするの?」
「そうですねえ……」
あかりの問いに、正明はメニューをスクロールしながら、しばらく唸っていた。
そして、ぱっと顔を上げる。
「あ! じゃあボクは、ぬか漬けのサンドイッチ!」
「そんなものメニューにないわよ!」
間髪入れずに結菜が突っ込む。
「あれ? ボク、いつもぬか漬けとパン、食べてるよ?」
「それ、私の定食から盗んだぬか漬けでしょ!」
「あ、そうでした!」
「あんた、分かってて言ってるでしょ!」
悪びれもせずに笑う正明の横顔に、あかりはふと、懐かしい光景を重ねていた。
地球の、情報システム部のラボ。
まだ小さかったひかりが、遊びに来た日のこと。
お昼になると、正明が弁当箱を開いた。
中には、ぬか漬けがぎっしり。
それを見つけたひかりが、小さな体を乗り出して弁当箱を覗き込む。
そして、その目がぱっと輝いた。
あの子も、ぬか漬けが大好きなのよね。
美咲の話では、大きくなったひかりは、今でも正明を「ぬか漬けのお兄さん」と覚えているという。
それを聞いたときの、正明の照れくさそうな顔。
「どうしたんです、主任?」
正明が、こちらを見た。
「ううん。ひかりがラボに遊びに来た時のこと、ちょっとね」
「ああ、ひかりちゃんですか!」
正明の声が弾んだ。
「あの子、ぬか漬けが好きでしたよねぇ! ボクと一緒!」
「田中君のお弁当、ずいぶん気に入ってたものね」
「いやあ、将来有望ですよ! あの年齢でぬか漬けの良さがわかるなんて!」
「ぬか漬けに将来も何もないでしょ!」
結菜が呆れた顔をする。
あかりは、再びモニター画面に目を戻した。
「そういえば……あの子、誕生日が過ぎたから、もう九歳なのね」
「ひかりちゃん、もうそんなに……」
結菜が、小さく呟いた。
「ええ。次の誕生日には、ちゃんとプレゼントをあげないとね……」
結菜と正明が、顔を見合わせた。
ほんの少しだけ、沈黙が流れる。
美咲から聞かされた、ひかりの未来。
あの歴史を、そのまま現実にするつもりはなかった。
「あ!」
正明が突然、大きな声を上げた。
「ぬか漬けと、具無しのサンドイッチをフードプロセッサーに注文すればいいんじゃない? で、自分で合体!」
「はあ!? あんた、まだその話してたの!?」
結菜が目を丸くする。
「具無しのサンドイッチなんて、あるわけないじゃない!」
「えー、そうかなぁ」
「あるわけ……」
結菜はメニュー画面に目をやり、そのまま動きを止めた。
「あるんかーい!」
結菜の絶叫が、情報システム部に響き渡った。
「そりゃそーでしょ、ただのパンだし」
「だったら最初からパン頼みなさいよ!」
「え? でも、それじゃサンドイッチにならないじゃない?」
「自分で合体させるんでしょーが!」
結菜が頭を抱えた。
その瞬間、あかりはこらえきれなくなった。
「ふっ……あはははは!」
正明と結菜が振り向く。
それでも、笑いは止まらなかった。
あかりは目尻に浮かんだ涙を、指でそっと拭った。
正明のぬか漬け好きは、第14話や第73話にも登場している、実はかなり昔からの設定です。
ちなみに、パンにぬか漬け……
本当に合うのです! あれ? 私だけ?(笑)




