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第527話 合体!

ハーフムーン情報システム部。

どうにか腹ごしらえにこぎ着けた三人。

さて、正明の「ぬか漬けサンド」は無事完成するのでしょうか?


第527話「合体!」です。

 フードプロセッサーの扉が開くと、焼きたてのパンの香りが情報システム部に広がった。

「来た来た来たーっ!」

 正明が嬉しそうに立ち上がり、皿を取り出した。一枚には、具の無いサンドイッチ用のパン。もう一枚には、薄く切りそろえられたぬか漬けが並んでいる。

「本当に頼んだのね……」

 結菜は、自分の焼き魚定食を受け取りながら、呆れた顔をした。

「では、これより合体を開始します!」

「合体って、大げさね」

「だって、合体は男のロマンだよ? 結菜ちゃん」

 まるで当たり前であるかのように、真摯な眼差しを結菜に向ける正明。

「それはロボットとかでしょ!?」

 それには答えず、正明は真剣な顔で、パンの上にぬか漬けを一枚ずつ並べていく。端と端を少しずつ重ね、隙間ができないように整然と。

 まるで精密機器でも組み立てているかのような手つきである。

 いや、こりゃプラモデルじゃない? と、結菜は思っていた。

 そして最後にもう一枚のパンを乗せ、両手で軽く押さえる。

「完成! ハーフムーン名物、ぬか漬けサンド!」

 正明が、皿ごと高々と掲げた。

 まるで何かの優勝トロフィーだ。

「どうしてそれが名物なのよ!?」

「結菜ちゃんも一口どうぞ!」

「いらないわよ」

「おいしいのに?」

「まだ食べてないでしょ!」

「だって、パンとぬか漬けだよ?」

「見れば分かるわよ!」

 正明はにこにこ笑いながら、謎のサンドイッチを差し出したまま待っている。どうやら引っ込める気は、まるで無いらしい。それどころか、期待に満ちたワクワクの眼差しが、結菜を見つめている。

 結菜はしばらくそれを睨んでいたが、やがて大きなため息をついた。

「……一口だけだからね」

 端の方を、ほんの小さくかじる。

 ぱりっ。

 小気味よい音がした。

「どう? どう?」

 正明が期待に満ちた目で覗き込む。

 結菜はしばらく口を動かしていたが、やがて小さく呟いた。

「……悪くないわね」

「でしょー!」

「調子に乗らない!」

 あかりは、そんな二人を微笑みながら眺めていた。

 認めてしまったのが悔しいのか、結菜の頬がほんの少しだけ赤い。

「それでは、ボクも合体の成果を……」

 正明がサンドイッチを両手で持ち直し、大きく口を開けた。

 その時だった。

 足元から、低い振動が伝わってきたのだ。

 最初は気のせいかと思うほどかすかだった。だがそれは、収まるどころか少しずつ強くなっていく。机の上の食器が、かたかたと音を立て始める。

 正明の手の中でパンが少しずれ、挟んでいたぬか漬けがひとつ、するりと滑り落ちた。

「あーっ! ボクの合体が!」

「そこ!? 今、気にするところ、そこなの!?」

 だが、あかりはすでに端末へと向き直っていた。

 船内の監視系から拾い集めている、断片的なデータ。その中に、これまでとは違う数値が現れている。

「推進系が動いてるみたい」

「えっ!?」

 結菜が振り向いた。

「もしかして、船長たちがブリッジで何かしたんじゃないですか!?」

「その可能性はあるわね」

「じゃあ、連絡してみましょうよ!」

 正明が通信端末に手を伸ばしかけ、その手を止めた。

「あ、でも……船長たちが持ってる通信機って、短距離用ですよね?」

「ええ。それに船内通信網も使えないから、ここから直接連絡するのは難しいわね」

「そっかぁ……」

「でも、もし船長たちが制御を取り戻したんなら、航法システムに何か変化があるはずですよね?」

 結菜の言葉に、あかりがうなずいた。

「そうね。確認してみましょう」

 あかりは航法システムの詳細情報をモニターに呼び出した。

 だが、画面に現れたのは、見慣れた警告である。

『ACCESS DENIED』

「……やっぱり駄目ね」

「じゃあ、船長たちじゃない?」

「まだ分からないわ。アクセスできないからといって、何もできていないとは限らないもの」

 正明が、床に落ちたぬか漬けを拾い上げながら、船外カメラの映像を指さした。

「主任、船の向き、変わってますよ」

 映像の中で、星の光がゆっくりと横へ流れている。

「じゃあ、進路を変えたんですか?」

「向きが変わったことは分かるわ。でも、それだけじゃ実際にどちらへ進んでいるかは分からないわね……」

 宇宙では、船首の向きと進んでいる方向が同じとは限らない。

 結菜は、悔しそうに画面を見つめた。

「じゃあ、結局、何が起きたのか、分からないってことですか?」

「そうね。でも……」

 あかりは二人の顔を見た。

「ここで見られる情報を、もう少し詳しく調べてみましょう」

「はい!」

 二人が同時に返事をした。

 三人はそれぞれのコンソールで、閲覧できるシステム記録を調べ始めた。

 あかりと結菜が機関系や監視系の記録を探る一方、正明は手当たり次第に記録を呼び出し、一つの画面に並べていく。

「……ちょっと、あんた何してるのよ」

 結菜が、正明の画面を覗き込んだ。

 推進剤タンクの残量。

 加速度センサーの記録。

 船体姿勢の監視記録。

 そして一番下には、何故かフードプロセッサーの稼働記録まで並んでいる。

「なんで調理機の記録が混ざってるの?」

「いやあ、オムライス七皿の記録、残ってるかなと思って」

「今それ関係ないでしょ!」

「でも、ほら。別々の記録も、合体させたら何か分かるかもしれないじゃないですか!」

「また合体!?」

「そう合体! ぬか漬けとパンだって、合体させればサンドイッチになるんだよ?」

「だから何なのよ!」

「合体と言うか……変身!」

 結菜が頭を抱えた。

 だが、正明は気にした様子もなく画面を見ながら、操作パネルをピコピコしている。

「あ、主任! ここです。さっきの振動があったところ」

 推進剤の残量を示す線が、ある時刻を境に下がり始めていた。

「こっちは加速度の記録です。えーと、同じ頃に変化してるみたいです」

「ちょっと待って!」

 結菜が画面に顔を近づけた。

「これ、単位も時間の刻みも違うじゃない! そのまま重ねたって意味ないでしょ!?」

「あ、じゃあ揃えますか」

 正明は何でもないことのように言うと、タッチパネルを再びピコピコし始めた。単位を換算し、記録の刻みを揃えていく。ばらばらだったグラフが、次第に同じ時間軸の上に並び直されていった。

 こういう時の正明の手は、驚くほど速い。

「田中くん」

 あかりが声をかけた。

「そこに、航法制御系の命令履歴も重ねてみて」

「命令履歴?」

「航法の詳細は見られないけど、通常の制御命令の履歴なら、監査用の記録に残っているはずよ」

「了解!」

 グラフの下に、もう一本の欄が加わった。

 正規の航法制御系に記録された、推進機の作動命令の一覧だ。

 推進剤が減り、加速度が変化した、つい先ほどの時刻を見る。

 だがそこには、何も記録されていなかった。

「何もありませんね」

 結菜が、小さく呟いた。

「命令が無いのに、スラスターが動いたってことかなぁ?」

「命令が無かった、とは限らないわ」

 あかりは静かに首を振った。

「少なくとも、通常の命令履歴には残っていない。今分かるのはそこまでね」

 あかりは、しばらく画面を見つめていた。

「田中くん。その記録、もっと前まで遡れる?」

「どのくらいですか?」

「残っているところまで、全部」

 正明が、過去の推進剤残量の記録を拡大した。

 ほとんど水平に伸びる線。その途中に、ごく小さな段差があった。

「ここ、ちょっとだけ減ってるみたいです」

 正明が、加速度の記録を重ねる。ほぼ同じ時刻に、小さな変化がある。

 だが、命令履歴はやはり空白だ。

「ここにもありますよ。……それから、ここにも」

 一つ、二つ、三つ。

 画面上に、小さな印が増えていく。

「待って」

 結菜が眉をひそめた。

「こんな小さな変化、センサーのノイズかもしれないわよ」

「そうね。じゃあ、別の監視記録とも照らし合わせてみましょう」

 あかりの指示で、正明が船体構造の監視系に残された加速度の記録を呼び出した。

 そこにも、似たような変化が現れていた。

「……一つのセンサーの気まぐれじゃ、なさそうですね」

 結菜の声が、少し低くなった。

 だが、すぐに彼女は画面の一点を指さした。

「ちょっと待って。こっちの加速度の変化、推進剤が減るより前に出てる! 推進剤を使う前に加速するなんて、おかしくないですか!?」

「確かに……もしかすると、時計のズレかもしれないわね」

 あかりが言った。記録を残すシステムは一つではない。監視系ごとに、記録時刻が微妙にずれていることもある。

「でも、どのくらいズレてるか分からないと、比較できないんじゃ……」

「あれ? だったら、これが使えるかもよ?」

 正明が、画面の一番下を指さした。

「オムライス!」

「はぁ!?」

「ほら、オムライス七皿ですよ!」

「分かってるけど、今、それ関係ないって……」

 結菜はそう言いかけて、正明の画面を見た。

 監禁室のフードプロセッサーの稼働記録。七皿分の調理完了時刻が並んでいる。

「オムライスが完成すると、取り出し口の扉が開くでしょ? その扉が開いた時刻、調理系と設備監視系の両方に残ってる時間を比較できるかなぁって」

「あ……」

 結菜が目を見開いた。

 フードプロセッサーは、その場で分子レベルから食品を合成する装置だ。出来上がった料理をどこかから運んでくるわけではない。完成すると、取り出し口の扉が開く。

「同じ出来事を、二つのシステムがそれぞれの時計で記録してる?」

「そういうこと」

 結菜は早速、七皿分の記録を並べて比較した。

 調理系と設備監視系が記録した扉の開放時刻。その差は、どれもほぼ一定だった。

「設備監視系の時計が、ほんの少しだけ進んでるわね」

 あかりは、ほかの記録も共通の時刻基準と照らし合わせ、対応を確かめていった。

 補正をかけると、ばらばらに見えていた変化が、同じ時間軸の上に並んだ。推進剤が減り、そのすぐ後を追うように、二つの系統の加速度が変化している。

「オムライス七皿が役に立った……」

 結菜が、信じられないものを見るような顔で呟いた。

「でしょー?」

「別に褒めてない!」

「じゃあ、これを全部足していけば……」

「ちょっと待った! 向きが違うでしょ!」

 結菜が慌てて止めた。

「船がどっちを向いてる時にスラスターを使ったかで、加速する方向も変わるじゃない! 大きさだけ足しても意味ないわよ!」

「あ、そっか!」

「……でも、田中くんの考え方は間違ってないわ」

 あかりが何かを考えながらそう言った。

「そうね……船体の姿勢を考慮して、それぞれの加速が航路にどう影響したかを調べてみましょう」

 三人は再び作業に取りかかる。

 推進動作が起きた時刻と、その時の船体姿勢。加速度の向きを補正し、航行計画と照らし合わせる。細かな計算を何度も繰り返し、ようやく一つの結果が画面に表示された。

 二本の線。

 一本は、ハーフムーンの本来の航行計画。

 もう一本は、三人が監視記録から推定した航路。

 ほとんど重なって見える。だが拡大すると、わずかなズレがあった。

「これが正しいなら、ハーフムーンは少しずつ、本来の航行計画から外れていたことになるわね」

「一回一回は、こんなに小さな加速なのに?」

「そう。でも、それが何度も積み重なったら……」

 あかりは言葉を切った。

「……いつからでしょう?」

 結菜が、ぽつりと呟いた。

「分からないわ。今見られる一番古い記録にも、同じような変化が残っている」

「じゃあ、さっきの大きな推進動作も……?」

「同じ原因かどうかは、まだ何とも言えないわね」

「……あれ?」

 正明が、また首をかしげた。

 画面には、検出した小さな推進動作の時刻が一覧になっている。

「主任。ここ最近のやつ、なんだか間隔が似てません?」

 結菜が顔を近づける。

「……確かに、似てるわね」

 直近の数回には、ほぼ一定の時間間隔が見られた。

 正明は、壁の時計と画面を見比べた。

「……あれ? だったら次、そろそろじゃないですか?」

「何が?」

「小さい加速」

 正明は、直近の記録から割り出した時間帯を、グラフの右端に表示した。

 三人は顔を見合わせた。

「……確認してみましょう」

 あかりが静かに言った。

 それから、誰も口を開かなかった。

 室内には、空調の低い作動音だけが響いている。

 推進剤残量。加速度。航法命令履歴。三つの画面が並んでいる。

 予測した時間帯に入った。

 何も起きない。

 数秒が過ぎた。

 結菜が、わずかに身を乗り出す。

 船体に振動はない。

 何も変わらないまま、さらに数分が過ぎていく。

 その時。

 推進剤残量を示す線が、ほんのわずかに下がった。

 続いて、加速度グラフに、小さな山が現れる。

 正規の航法命令履歴には、何も表示されていない。

 正明が、小さく呟いた。

「……来た」

ぬか漬けサンド、結菜ちゃんにも意外と好評だったようです(笑)

さて、三人がつなぎ合わせたのは、食べ物だけではなかったようで……。

次回もよろしくお願いします!

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