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第523話 命令なき航路

船内図には存在しない謎の区画。

そこで見つかった装置は、HALF MOONの航法系へつながっていました。

そして表示された、謎の文字――

「NODE-06 : ACTIVE」


誰が、何のために、この船を動かしているのか?

第523話「命令なき航路」です!

 船長と美咲が見つけた区画の中は、とても静かだった。

 低く小さな駆動音だけが、壁の奥からかすかに、しかし途切れずに響いている。誰もいないのに、装置は動き続けているのだ。

 館山は手持ちのライトを壁に沿って動かした。

「妙な造りだな」

 中央に、腰ほどの高さの台座がある。表面は滑らかで、継ぎ目がほとんど見えない。その周りを、端末と機器が半円状に囲んでいた。

「何がですか?」

 美咲が尋ねると、館山はライトで端末の一つを照らした。

「この端末、座って使う高さじゃない。だが、立って使うにはちょっと低すぎると思わないかね? それに椅子もなく、手すりもない……」

 HALF MOONの設備は、どこの部署でも乗員が長時間使うことを前提に設計されている。ブリッジの座席も、医療室の寝台も、通路の手すりの位置まで、人の体に合わせて決められていた。人間工学の粋を集めて造られた最先端の宇宙船なのである。

 だが、ここにはそれがなかった。

「点検用の区画……とか?」

「いや、点検用なら、点検する人間が作業しやすいように作るのが通常だ」

 館山は台座の縁を指でなぞった。ケーブルが何本も、床下へ潜り込んでいる。

「何に使うものなのか、私にも分からん」

 そう言って、館山は端末の方へ向き直った。

 美咲は、なぜか台座から目を離せずにいた。

 見た目は、ただの台にすぎない。特に、何かが置かれていた跡もない。それなのに、そこへ近づかなければならないような気がする。

 足が、一歩前に出た。

 もう一歩。

 台座の表面に、自分の影が落ちる。手を伸ばせば届く距離だ。

 何かが、ある?

 なぜか、そう思えた。

 言葉ではない。

 ただ、引かれるのだ。

 胸の奥を、細い糸で手繰り寄せられているような――。

「中佐?」

 館山の声に、美咲は肩を跳ねさせた。

 気づくと、指先が台座のすぐ上で止まっていた。慌てて手を引っ込める。

「……すみません。少し、ぼうっとしてしまって」

「大丈夫か? 疲れてるなら、外で待っててもいいぞ」

「いえ。ご心配なく」

 自分でも、何があったのか分からなかった。説明しようとしても、言葉にならない。

 美咲は台座から一歩離れ、館山の隣に立った。

 館山は端末の画面を順に切り替えていた。表示はすべて英語で、HALF MOONの標準システムと同じ形式だった。だが、並んでいる項目が違うように思えた。

 美咲が知っている自分の船のものとも、何かが違っている。

 ある画面で、館山の手が止まった。

「……おい」

「どうしました?」

「この端末、航法系に書き込めるようだ」

 美咲は画面を覗き込んだ。権限の一覧に、NAVIGATION CONTROLの文字がある。その横に、WRITEの表示。

「書き込める、というのは?」

「簡単に言うと、航法データに手を入れられるってことだ」

 館山の声が低くなった。

「少なくとも、ここから船の運航に介入できる」

 船長である館山にすら知らされていなかった区画に、航法系へ直接触れられる装置がある。それだけで、十分に異常だった。

 館山がログを遡っていく。日付と時刻、英数字の羅列が、画面を流れていった。

 その途中で、一行だけが目に引っかかった。

NODE-06 : ACTIVE

 だが次の瞬間には、新しいログに押し流されて消えた。

「今の、見たか?」

「はい。ノード……ゼロシックス?」

 館山は画面を止め、ログを巻き戻した。確かに記録は残っている。だが、その前後を確認しても、説明らしいものは何もない。

「人の識別番号か? 装置の番号か……それとも、接続先の名前?」

 館山は首を振った。

「どれとも取れるが……どれとも決められん」

「NODE-06は……今も動いている、ということですか?」

「ACTIVEと出てる以上はな」

 美咲は思わず、誰もいない区画を見回した。

 低く、心の奥底にまで響くような駆動音だけが続いている。

 館山は表示を見つめたまま、それ以上は何も言わなかった。

 その時、画面の表示が切り替わった。

 誰も触れていない。館山も、美咲も。

 その時館山の手は、端末から離れていた。

EXTERNAL LINK : ACTIVE

REMOTE COMMAND : RECEIVED VIA EXTERNAL LINK

NAVIGATION CONTROL : WRITE

 行が、次々に追加されていく。

 その下で、数値の列が書き換わり始めた。

 一つの値が変わる。それに連なる値が、まとめて更新される。

 規則的で、迷いがなかった。

「船長、これ……」

「航法制御だ」

 館山は画面から目を離さずに言った。

「外部接続で命令を受けて、ここから航法系に書き込んでいる。今、この瞬間にだ」

「誰が?」

「分からん」

 館山は短く、唸るように答えた。

「受信した記録はある。だが、どこから来た命令なのかは表示されていない」

 数値は止まらなかった。画面の端で、更新済みの項目が一つずつ増えていく。

 その時だった。

 美咲の背筋を、冷たいものが走った。

 さっきと同じだ。

 いや、さっきより強い?

 体の内側から、何かに触れられたような感覚。

(また……?)

 美咲は唇を噛み、両手を握りしめた。

 隣の館山は、画面に集中している。気づいた様子はない。

 口に出せば、説明を求められる。だが、説明できることは何もなかった。

 美咲は黙ったまま、感覚が引いていくのを待った。

 館山が、再び航法データの画面を呼び出した。

 現在の進行方向と速度は表示されている。だが、館山の表情は晴れなかった。

「進行方向は分かる。今どっちを向いて進んでいるか、だけはな」

「行き先は分からないんですか?」

「分からんな」

 館山は画面を指で叩いた。

「航路ってのは、点じゃなくて線だ。どこから来て、どう曲がって、どこへ向かうのか。それを追いかけて、初めて先が読める」

 館山は、悔しそうに息を吐いた。

「軟禁されてからの航路が、皆目分からん」

「航海記録は」

「完全な記録にはアクセスできない」

「なら、今書き込まれている指令の方を」

「そのつもりだ」

 館山は、新しく書き込まれている航法指令の目的地を呼び出した。

 表示が一瞬遅れて、画面に一行だけが現れた。

DESTINATION : ENCRYPTED

「……暗号化されている」

 館山は何度か操作を繰り返したが、表示は変わらなかった。

「どこへ向かわせるのか、私たちには見せる気がないらしい」

 館山は、苦々しく口の端を歪めると通信機を取り出した。

「ドクター、聞こえるか」

『はい、船長』

 ブリッジに残っているドクターの声が返ってくる。

「航法を手動制御に切り替えてくれ。操舵コンソールに切り替えがあるはずだ。分からなければ言ってくれ」

『探します。……ありました。切り替えます』

 少しの間があった。

『船長。表示が出ています』

「読んでくれ」

『ACCESS DENIED、です。もう一度やってみます』

 再び、間があった。

『同じです。受け付けません』

 館山は目を閉じ、すぐに開けた。

「こっちからも試す」

 館山は手動制御への切り替えを入力した。

 画面が一度暗くなり――。

ACCESS DENIED

 同じ表示だった。

「航路も見られない。制御も取り戻せない……か」

 館山は、それだけを言った。

 足元から、かすかな振動が伝わってきた。

 美咲は床を見下ろした。巨大なHALF MOONの中で、それはほんのわずかな揺れでしかない。

 だが、何かの揺れが確かに伝わってきている。

『船長』

 通信機から、ドクターの声がした。さっきより、硬い。

『推進機が作動した表示が出ています。スラスターかメインエンジンか、私には分かりません。でも、進行方向の数値が変わり始めました』

 館山は航法データの画面に目を戻した。

 表示されていた進行方向の値が、ずれていく。

 ゆっくりと。

 しかし、止まることなく。

 館山は、しばらくその数字を見つめていた。

「……軌道を変えてる」

 さっきまでは、命令が書き込まれていただけだった。

 今は違う。

 船そのものが、その命令に従って動き始めている。

 床を伝わる振動が、少しずつ強くなっていく。

 館山は変わり続ける数字を睨んだまま、低い声で言った。

「この船は、私たちの命令で動いていない」

誰も命令していないのに、HALF MOONは軌道を変え始めました。

謎の「NODE-06」。

外部から届く航法指令。

暗号化された目的地。


そして、秘密区画で美咲だけが感じた奇妙な感覚。

これらは、どこかでつながっているのでしょうか?


次回もよろしくお願いします!

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