第522話 存在しない部屋
前回、美咲たちはブリッジ強行突入の末、Cタイプ感染者五人を制圧しました。
しかし戦いの中で見えたのは、人間同士の連携とは思えない不気味な統率と、船内図のどこにも存在しない座標。
今回はその続きです。
「この船の中に……まだ何かあります」
美咲の言葉に、館山船長はしばらく何も答えなかった。
ブリッジの床には、先ほど麻痺ビームで倒した五人のクルーが横たわっている。
ドクターは一人ずつ状態を確認しながら、携帯型の医療モニターを取り付けていた。
「呼吸、心拍ともに安定しています。麻痺が抜けるまでは、このままで問題ありません」
「分かった」
館山がうなずく。
美咲は再び携帯端末へ目を落とした。
さっき頭の中へ突然流れ込んできた座標。
それを船内構造図へ重ねる。
やはり同じだ。
「ここ……」
「何度やっても同じか?」
「はい」
館山が美咲の横から画面を覗き込んだ。
表示されているのはセンターコリドーの一画だった。
だが、そこには何もない。
通路でもない。
居住区でもない。
機関室でもない。
図面上では、隔壁と配管、それに船体を支える構造材があるだけだった。
「座標を間違えている可能性は?」
「それも考えました。でも……」
美咲が別の画面を開く。
ピッ。
一瞬だけ、小さな反応が現れた。
「あっ」
反応はすぐに消えた。
館山が眉を寄せる。
「さっきの反応か?」
「はい」
五人のクルーとは別に現れていた、あの微弱な波。
船内を移動しているように見えたり、突然消えたりしていた謎の反応。
美咲は、それをCタイプの五人へ指示を出すDタイプ感染者ではないかと考えていた。
六人目。
だが。
ピッ。
また反応。
今度は、さきほどの座標のすぐ近く。
「やっぱり……この辺りです」
「人がいるようには見えんな」
「はい」
美咲は画面を見つめた。
その時だった。
「……!」
また頭の中へ何かが流れ込んでくる。
声ではない。
短い英数字。
美咲は慌てて端末へ入力した。
「何だ?」
「分かりません。でも……設備番号みたいに見えます」
館山が操縦卓へ戻り、船内データベースを呼び出した。
「検索してみよう」
美咲が読み上げた番号を入力する。
検索。
数秒。
画面には、
NO DATA
と表示された。
「ありませんね」
「現行設備にはな」
館山がさらに検索範囲を広げる。
建造時の設計データ。
保守用バックアップ。
廃止設備。
旧設備番号。
次々に照合していく。
そして。
ピッ。
「……あった」
館山が小さくつぶやいた。
美咲が画面を覗き込む。
そこに表示されていたのは、一行だけだった。
NAVIGATION PHASE CORRECTION UNIT
「ナビゲーション……フェーズ?」
「航法位相補正ユニット、というところか」
「こんな装置、あるんですか?」
「知らん」
館山は即答した。
「え?」
「少なくとも、HALF MOONの正式な装備として私は聞いていない」
画面をスクロールする。
だが、それ以上の情報がない。
製造元。
なし。
仕様書。
なし。
設置責任者。
なし。
保守履歴。
なし。
残っているのは設備名と、設置座標だけ。
そしてその座標は、美咲の頭へ流れ込んできたものと一致していた。
「船長でも知らない……」
「ああ」
館山はしばらく画面を見つめた。
「見に行く」
「船長?」
「自分の船の中に、自分の知らない設備があると言われて、ここで待っていられるか」
「だったら私も」
館山がドクターを見る。
「ここを頼む」
「分かりました。ただし、無茶はしないでください」
「努力する」
ドクターは険しい顔のまま、美咲を見た。
「山下中佐も、気をつけてください」
「はい」
美咲は短く答えた。
白い照明が続くセンターコリドー。
美咲と館山は、並んで歩いていた。
二人ともビームガンを手にしている。
出力は麻痺モード。
六人目が本当に存在しないと決まったわけではない。
「もう少しです」
美咲が端末を見る。
「次の角を右」
「了解」
角を曲がる。
十メートル。
十五メートル。
美咲が足を止めた。
「ここです」
「ここ?」
館山が周囲を見る。
何もない。
白い壁。
白い床。
天井には照明。
HALF MOONのどこにでもある、普通の通路だった。
美咲が端末を見る。
「間違いありません」
館山が壁へ近づく。
手の甲で軽く叩いた。
コン、コン。
「ただの隔壁にしか見えんな」
美咲は目の前の壁を見つめた。
アイくん。ここで合ってるの?
心の中で呼びかける。
だが、返事はない。
「……もう」
思わず声が漏れた。
「場所だけ教えて、あとは自分で考えろってこと?」
館山が美咲を見る。
「誰に文句を言ってるんだ?」
「え? あ、いえ……独り言です」
「そうか」
「そうです」
美咲は慌てて端末へ目を戻した。
館山はそれ以上聞かず、壁へ視線を戻す。
そして。
「待て」
「はい?」
館山が端末を取り出した。
船内構造図を表示する。
壁を見る。
図面を見る。
さらに反対側の通路までの距離を確認する。
「おかしいな」
「何がです?」
「距離だ」
館山が図面上を指でなぞった。
「ここから反対側の区画まで、この図面なら三・二メートルしかない」
「はい」
「だが実際には六メートル近くある」
美咲が顔を上げる。
「え?」
「配管や構造材を入れても広すぎる」
館山は壁へ手を当てた。
「この向こうに空間がある」
その瞬間。
ピッ!
美咲の端末が鳴った。
「!」
画面に、あの微弱反応。
今度は消えない。
座標。
目の前。
「船長……」
「ああ」
館山も画面を見る。
「ここだな」
二人は壁を調べ始めた。
数分後。
「山下中佐」
「はい?」
「ここを見てくれ」
館山が指さした。
一見すると何の変哲もない壁面。
だが、よく見るとパネルの継ぎ目が他とはわずかに違う。
「整備用パネル?」
「にしては場所がおかしい」
館山が工具を取り出し、パネルの端に差し込む。
ぐっと力を入れると……カチッ。
パネルが外れ、内部から、小さな端末が現れた。
「……何ですか、これ」
「私が聞きたい」
黒い画面。
メーカー名はない。
ロゴもない。
館山が触れる。
反応なし。
船長用の認証コードを入力する。
やはり反応しない。
「船長権限も受け付けない?」
「ああ」
「HALF MOONの機械じゃないんでしょうか?」
「少なくとも、正規の管理下にはないようだ」
美咲が一歩近づいた。
その時。
ピッ。
端末の画面が突然点灯した。
「え?」
館山が美咲を見る。
「何かしたか?」
「何もしてません」
低い作動音。
ゴウン。
「わっ!」
二人が一歩下がる。
目の前の壁が数センチ奥へ沈んだ。
そして、ゆっくり横へ動き始める。
その向こうから現れたものを見て、館山の表情が固まった。
通路。
照明の消えた、細い通路だった。
「……こんな場所は知らない」
二人は慎重に中へ入った。
美咲が前。
館山が後ろ。
ライトを点ける。
「思ったより、ちゃんとしてますね」
「ああ」
壁も床も粗雑ではない。
配線もむき出しになっていない。
むしろ、非常に丁寧に作られている。
「後から無理やり作った感じじゃないですね」
「そうだな」
館山が壁面の一部を確認する。
「電源系統も船体側へ直接つながっている」
「じゃあ……」
「こいつは、船を造った時からここにあった」
美咲が振り返った。
「最初から?」
「ああ」
「でも、船長は知らない」
「そうだ」
「船内図にもない」
「ない」
二人は黙った。
誰かが、HALF MOONの建造時から、船長にもクルーにも知らせず、秘密の区画を作っていたのかもしれない。
通路の先にドアがある。
美咲が銃を構える。
館山もうなずいた。
ドアに触れる。
シュッ。
開いた。
「……」
小さな部屋だった。
中央に、一基の装置が置かれている。
高さは美咲の胸ほど。
外見だけでは何に使うものか分からない。
通信機器にも見える。
観測機器にも見える。
航法装置にも見えた。
「これが……航法位相補正ユニット?」
「そういう名前だった、というだけだ」
館山が携帯端末を接続する。
「照合する」
数秒。
「どうです?」
「出ない」
「何が?」
「全部だ」
館山が肩をすくめて画面を見せる。
DEVICE ID――UNKNOWN。
NETWORK REGISTRATION――NONE。
「HALF MOONの電源を使っているのは確かだ」
館山が装置を見る。
「HALF MOONの船体内部に組み込まれているようだな」
さらに端末を見る。
「それなのに……」
館山の眉が寄る。
「この船は、この装置が存在することすら知らない」
「……」
美咲は装置へ近づいた。
端末を向ける。
ピッ。
「!」
反応。
今度ははっきりしている。
あの微弱な波。
ブリッジで、船内を飛び回るように現れていた反応。
座標は――。
「ここです」
「何?」
「六人目の反応」
美咲が装置を見た。
「ここから出ています」
館山が周囲を確認する。
「中に誰かいるのか?」
「生命反応……なし」
美咲はセンサーを切り替える。
「Dタイプの反応もありません」
「では、何なんだ?」
美咲は答えなかった。
頭の中に、先ほどの戦闘が浮かぶ。
五人。
誰も声を掛けていなかった。
それなのに同時に動いた。
一人が倒れれば、別の一人が即座にその役割を補った。
まるで。
「違う……」
「何がだ?」
「あの人たち、お互いに合わせていたんじゃない」
美咲は装置を見る。
「何かを受け取ってたんです」
「この装置から?」
「分かりません。でも……」
美咲は端末の波形を見る。
「ここから、何かが出てた」
その時だった。
ヴン。
装置の内部に光が灯った。
「!」
二人が同時にビームガンを構える。
正面のディスプレイが点灯する。
文字。
英語。
館山が読み上げる。
「SYNC PROCESS……」
次の行。
EXTERNAL LINK: ACTIVE
「外部……接続?」
美咲がつぶやいた。
さらに。
CONNECTION STATUS: STABLE
「接続状態、安定……」
館山が装置を見る。
「船外の何かとつながっている?」
美咲はすぐに端末を操作した。
通信波検索。
反応なし。
船外センサー。
反応なし。
周辺人工物。
なし。
探索範囲を広げる。
「……ない」
「方向は?」
「出ません」
「距離は?」
「それも出ません」
「通信なら、何か分かるだろう」
「普通なら」
美咲は眉を寄せた。
もう一度解析。
座標。
なし。
方位。
なし。
距離。
なし。
それなのに。
装置の表示は変わらない。
EXTERNAL LINK: ACTIVE
「故障じゃないのか?」
「だったら……」
美咲は自分の端末を見る。
微弱反応。
今も続いている。
「こっちの反応が説明できません」
館山は黙って装置を見つめた。
「つまり……」
ゆっくり口を開く。
「こいつは、どこにいるのか分からない何かとつながっているとでも言うのか?」
美咲は答えなかった。
もう一度検索。
何もない。
距離も。
方向も。
座標も。
それでも。
CONNECTION STATUS: STABLE
美咲はその文字をじっと見つめた。
「船長」
「何だ?」
「これ……」
一度、言葉を切る。
「今も――」
小さく息を吸う。
「今も、誰かとつながってます」
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
ブリッジ奪還の裏で見つかったのは、船長すら知らない秘密区画でした。
建造時から仕込まれていたらしい正体不明の装置。そこから伸びていたのは、位置も方向も分からない「外部接続」。
六人目は、やはり人ではなかったのかもしれません。
では、何と、どことつながっているのか――
次回もどうぞお楽しみに。
引き続き『超機動伝説ダイナギガ』をよろしくお願いします!




