第521話 六人目
これまでのあらすじ
過去のハーフムーン船内では、美咲たちがメインシステム遮断作戦を決行直前。
後藤と小池葵は花菱工業・大沢工場の地下の爆発から脱出!
そのころ教習所のひかりたちは、火星大王の異変に気づいていた……
白い照明だけが続くハーフムーンのセンターコリドーを、美咲は一人で進んでいた。
右手にはビームガン。
出力は麻痺モード。
足音を立てないよう壁際を歩き、曲がり角に差しかかるたびに足を止める。素早く顔だけを出し、その先に誰もいないことを確認してから、また進む。
『こちらは位置についた』
耳元の通信機から館山船長の声が聞こえた。
船長とドクターは、ブリッジ後方へ直接つながるメインエレベーターの中で待機している。
「こちらも、あと少しです」
『分かった。山下中佐、始めてくれ』
「了解」
少し間があった。
『殺すなよ。全員、私の部下だ』
美咲は思わず口元を緩める。
「分かっています」
『頼んだ』
通信が切れる。
美咲は左手の携帯端末へ目を落とした。
ブリッジ内部には五人。
副長。
パイロット。
副パイロット。
科学主任。
保安部のクルー。
先ほどの解析では、全員がCタイプのX素粒子に感染している。
「……変ね」
美咲の足が止まった。
端末に並んでいる五つの波形。
もちろん同じものではない。
強度も違う。
周期も完全には一致していない。
だが――。
一つの波形がわずかに上がる。
ほとんど間を置かず、残りの四つも変化する。
少しすると、今度は五つが一斉に下がった。
「合わせてる……?」
口にした直後、美咲は首を横に振った。
違う。
互いに合わせているというより。
「何かに、合わせてる?」
Cタイプは、集団で同じ目的に従って行動する。
その近くには、指示を出すDタイプがいる可能性がある。
もしそうなら――。
美咲は顔を上げた。
目の前に、ブリッジへ続くドアがある。
「いるのよね。この近くに」
誰に言うでもなく、苦笑しつつそうつぶやく。
そしてビームガンを握り直した。
まず自分が入る。
五人の注意をこちらへ向ける。
その隙に、館山船長とドクターが背後から入って制圧する。
それが作戦だ。
美咲は一度だけ大きく息を吸った。
「よし」
開閉スイッチに触れる。
シュッ!
ドアが左右へ開いた。
「動かないで!」
五人が振り向いた。
ほとんど同時だった。
「……!」
美咲が一瞬息を呑む。
副長の右手が腰のビームガンへ伸びた。
「ごめんなさい!」
美咲が先に撃った。
青白い光が副長の肩を捉える。
「ぐっ!」
副長の身体が大きくよろめいた。
だが、倒れない。
右腕がわずかに下がる。
麻痺が効いている。
それでも、副長は左手で身体を支え、再び銃口を持ち上げようとした。
「まだ動くの……!?」
美咲の背筋を冷たいものが走る。
肩へ麻痺ビームを受けたのだ。
少なくとも、右腕にはまともに力が入らないはずだった。
なのに。
副長は止まらない。
だが、その理由を考えている暇はなかった。
残る四人が動く。
誰も声を出していない。
合図もない。
なのに、一斉に散った。
「っ!」
美咲は横へ飛んだ。
ビームが、ほんの一瞬前まで美咲の胸があった場所を通過する。
床を転がり、そのまま航行コンソールの陰へ滑り込んだ。
すぐに顔を出し、もう一発。
麻痺ビームが一人の腕をかすめる。
その相手へ銃口を向けた瞬間、反対側から別のビームが飛んできた。
「わっ!」
美咲は慌てて頭を引っ込める。
コンソールの角が焼け、小さな火花が散った。
「やっぱり……!」
おかしい。
普通なら、仲間が撃たれれば一瞬の迷いが生まれる。
誰が攻撃するのか。
誰が援護するのか。
誰が退くのか。
判断するための時間が必要なはずだ。
だが、この五人にはそれがない。
副長の右腕が麻痺しても。
仲間の一人が撃たれても。
誰一人、動きを止めない。
まるで、最初から次に何をすればいいのか分かっているように。
「この人たちだけじゃない……」
美咲はコンソールの端から一瞬だけ顔を出した。
一人。
二人。
三人――。
その時。
右側にいる一人が美咲へ銃口を向ける。
美咲もそちらへ狙いを定めた。
だが、そのさらに左。
完全な死角から、もう一人が銃を構えていた。
美咲には見えていない。
引き金に指が掛かる。
その瞬間だった。
突然、いくつもの数値が美咲の頭の中に浮かんだ。
方位。
距離。
時間。
自分で計算したものではない。
「え?」
考えるより先に、美咲の身体が動いた。
右へ飛ぶ。
〇・六秒後。
ビームが、美咲の左脇をかすめて通過した。
「……!」
床に手をつき、顔を上げる。
「アイくん?」
返事はない。
あの明るい声も聞こえてこない。
ただ。
さっきの数字。
医療室でセンサーを書き換えた時と同じだった。
「今の……アイくんなの?」
答えはない。
美咲は一瞬だけ唇をかんだ。
今は考えている場合ではない。
再び立ち上がる。
撃つ。
一人の胸に麻痺ビームが命中した。
男が床へ倒れる。
残り四人。
その視線が、一斉に美咲へ向いた。
「今です!」
美咲が通信機に叫んだ。
直後。
ブリッジ後方で、メインエレベーターの扉が開いた。
「全員、武器を捨てろ!」
館山船長の怒号が響く。
館山とドクターがブリッジへ飛び込んだ。
残る四人が振り返る。
驚いた様子はない。
ほんの一瞬で、動きが変わる。
右腕が麻痺している副長までもが、左手を添えながら銃口を船長へ向け直した。
「こいつら……!」
館山船長がビームをかわす。
ドクターがすかさず撃ち返す。
青白い光が科学主任の脚を捉えた。
科学主任が床へ崩れ落ちる。
残り三人。
「誰も声を掛けていないのに……!」
ドクターが息を呑む。
「違います!」
美咲が叫ぶ。
「たぶん、誰かに指示されてるんです!」
「誰にだ!?」
「それが分からないんです!」
残る三人が動く。
一人が館山船長へ向かう。
館山は身体をひねって攻撃をかわし、その腕をつかんだ。
「すまんな!」
至近距離からゼロ距離での麻痺ビーム。
男の身体から力が抜け、床へ倒れる。
残り二人。
もう一人が、ドクターへ銃口を向けた。
「危ない!」
美咲が撃つ。
ビームが男の脇腹へ命中した。
男は二、三歩よろめき、それでも銃を上げようとする。
そこへドクターがもう一発。
今度こそ、男は床へ崩れた。
残ったのは副長だけだった。
右肩を撃たれ、右腕にはほとんど力が入っていない。
それでも副長は左手を添え、銃口を美咲へ向ける。
狙いは、ほとんどぶれていなかった。
美咲も銃を構える。
ほんの一瞬、二人の視線が合った。
その顔に、怒りはない。
憎しみもない。
苦しそうな表情さえない。
ただ、何かを遂行しようとしている。
それだけだった。
「ごめんなさい」
美咲が引き金を引いた。
光が走る。
副長の胸へ麻痺ビームが命中する。
今度こそ、その身体から力が抜けた。
副長がゆっくりと床へ崩れ落ちた。
静寂。
しばらく誰も動かなかった。
館山船長が周囲を確認する。
「……ブリッジを確保」
ドクターがすぐ倒れたクルーたちのもとへ駆け寄った。
一人ずつ脈を確認していく。
「全員生きています。麻痺による一時的な意識消失です」
「そうか」
館山船長が大きく息を吐いた。
「よかった……」
ほんの一瞬だけ、船長ではない、一人の人間の顔になった。
だがすぐに表情を戻し、操縦席へ向かう。
「山下中佐」
「はい」
「君のおかげだ」
「いえ……」
美咲は答えながらも、携帯端末から目を離していなかった。
「どうした?」
館山船長が振り返る。
「この五人……」
美咲は床に倒れているクルーたちを見る。
「やっぱり全員、Cタイプです」
「それは分かっていたことだろう?」
「はい。でも……」
美咲は端末を操作した。
「変なんです。副長は肩に麻痺ビームを受けたあとも、最後までほとんど狙いが乱れませんでした」
ドクターも近づいてくる。
「確かに。右腕への麻痺は出ていたはずです」
「ですよね」
美咲は副長を見る。
「それなのに、動きを止めなかった」
「Cタイプだから、というだけでは説明できない?」
「分かりません」
美咲は首を横に振る。
「Cタイプは、集団で同じ目的に従って動きます。でも、あれだけ細かく状況に対応して、負傷してもすぐに動きを変えて……」
ドクターが画面を見る。
「指示を出す者がいる?」
「その可能性が高いと思います」
美咲がうなずいた。
「近くにDタイプがいるんじゃないかと考えていました」
館山船長がブリッジを見回す。
「しかし、ここにはこの五人しかいない」
「そうなんです」
美咲は端末を操作した。
ブリッジ。
反応なし。
隣接する通路。
なし。
エレベーター周辺。
なし。
「……いない」
検索範囲を広げる。
その時。
ピッ。
端末に小さな反応が現れた。
「あっ」
美咲が指を伸ばす。
だが、触れるより早く消える。
「何かあったのか?」
「今、一瞬だけ反応が」
「どこだ?」
「それが……」
美咲はさらに範囲を広げた。
数秒。
何もない。
そして。
ピッ。
今度は、さっきとは離れた場所。
「また……」
「移動しているのか?」
館山船長が画面を覗き込む。
「分かりません」
美咲は首を横に振った。
「本当に移動しているのか、センサーが正確に捕捉できていないだけなのか……それとも、別の理由なのか」
反応は再び消えた。
船内図だけが静かに表示されている。
ドクターが倒れている五人を見る。
「では、この者たちを動かしていた存在が、まだ船内にいる可能性があると?」
「はい」
美咲は五人の反応を確認した。
麻痺したことで、Cタイプの反応も低下している。
だが。
それとは別の微弱な波だけが、まだ断続的に現れている。
「まだ終わってない……」
「何?」
館山船長が聞き返す。
「この人たちとは別の反応が残っています」
「どこに?」
「分かりません」
美咲は答えた。
「でも、この船のどこかに――」
その時だった。
「……!」
また、美咲の頭の中へ何かが流れ込んできた。
声ではない。
数字。
座標。
方位。
距離。
美咲は慌てて端末へ入力した。
「これは……?」
「どうした?」
「ちょっと待ってください」
座標を船内図へ重ねる。
検索。
美咲の眉が寄った。
「……何、これ」
「場所が分かったのか?」
「いえ」
もう一度入力する。
間違いはない。
だが。
「この座標……船内図にないんです」
「どういうことだ?」
館山船長が操作卓から船内構造図を呼び出した。
二つの画面を照合する。
同じだった。
示された位置には何もない。
通路ではない。
居住区でもない。
機関区画でもない。
少なくとも、ハーフムーンの正式な船内図には存在しない場所だった。
アイくん?
美咲は心の中で呼びかけた。
返事はない。
アイくん、これ何なの?
やはり声は聞こえない。
館山船長が美咲を見る。
「山下中佐?」
美咲は、表示された座標をじっと見つめた。
「分かりません」
小さく首を振る。
そして、もう一度船内図を見る。
「でも……」
そこには何もない。
何もないはずなのに。
座標だけが、確かに示されている。
美咲はゆっくりと顔を上げた。
「この船の中に……まだ何かあります」
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
515話から持ち越していたブリッジ奪還、ようやく決着しました。
けれど、五人の異様な統率ぶりと、船内図に存在しない座標――謎はむしろ増えてしまいました。
“六人目”の正体は、いったい何なのか?
次回もどうぞお楽しみに。
引き続き『超機動伝説ダイナギガ』をよろしくお願いします!




