第519話 証拠隠滅
※これまでのあらすじ
過去のハーフムーン船内では、美咲たちがメインシステム遮断作戦を決行直前。
後藤と小池葵は花菱工業・大沢工場の地下で謎の黒い部屋に突入。
そのころ教習所のひかりたちは、火星大王の異変に気づいていた……
「システムが……何かの起動シーケンスに入ってます!」
美紀の声が、機械音に満ちた地下室に響いた。
後藤が、美紀の手元を覗き込む。
「だからよぉ、何かってなんだぁ?」
「今調べてます!」
美紀の指が、猛烈な勢いで操作パネルの上を走る。だが、先ほどまで表示されていたいくつもの項目が、次々と暗転していった。
「どういうこと!?」
タップする。
反応なし。
別の項目。
やはり反応なし。
「まさか……操作系がロックされてる!?」
画面中央に、赤く大きな文字が浮かび上がった。そして点滅を始める。
『機密保全処理開始』
美紀の指が止まる。
「……これって」
「昔から四文字熟語とか、大嫌いなんだが、これ八文字熟語かぁ? 意味が分からん」
「証拠隠滅です」
それまでの後藤のとぼけた表情から、スッと笑みが消えた。
「ここにあるもん、全部消すってことかぁ?」
「恐らく」
「どうやるんだぁ?」
「分かりませんが……」
美紀は腰に取り付けている携帯解析端末へ目を落とした。ダイナレーダーの観測データや、ここへ降りてから取得した情報の一部は、リアルタイムでその端末にも送られている。
「主任!」
後ろにいたトクボ隊員の一人が慌てたような声を発し、天井を指差した。
カチッ。
小さな音。
続いて、
プシュッ。
天井の数か所から、白い泡が噴き出した。
「なんだぁ?」
後藤が、のんびりとした仕草で見上げる。
「火も出てねぇのに消火かぁ?」
泡は雪のようにゆっくりと落下していく。その一部が、大型の制御ラックに付着した。その途端、
ジュウウウウ……。
「え?」
美紀が目を見開く。
白い煙。
機械の表面を覆っていた黒い塗装が、みるみる剥がれていく。そして内部の樹脂パーツが、ぐにゃりと形を変えた。
「離れて!」
美紀が叫んだ。
「その泡に触らないでください!」
「強酸かぁ?」
「たぶん……いや」
美紀がじっと様子を凝視する。泡の落ちたラックでは、金属表面が、少しずつ侵食され始めていた。
「こんなの見たことない……普通の腐食剤じゃありません」
「じゃあ何なんだよぉ?」
「私は科学者で、化学者じゃありません!」
「まぁ化けるのは、俺のほうが得意ってか」
そう言うと後藤の右の口角が、ニヤリと持ち上がった。
え? 何の笑い?
そういえばこの人、経歴が謎だらけだったっけ?
だが、美紀はそんな疑念をすぐに吹き払った。なぜなら、天井から吹き出す泡の勢いがどんどん増しているのだ。
制御基板。配線。計測装置。全てを白く覆っていく。
ジュウ。
ジュウウウ。
至る所から、嫌な音と白い煙が立ち昇っていた。
「うわぁ……」
美紀の顔に、恐怖とはまた違う色が浮かぶ。
「もったいない……」
「そっちかよぉ!」
その時。
床に這っていた黒いケーブルにも、泡が落ちた。
ピクッ!
ケーブルが跳ねる。まるで生物かのように。
「おい」
後藤が指差す。
「こいつ、生きてるみたいだぜぇ?」
美紀はしばらく黒いケーブルを見つめていた。
「……今は見なかったことにしましょう」
「見たじゃねぇか!?」
「今は、それを調べてる場合じゃないです!」
ジュッ!
黒い表皮が破れた。中から乳白色の粘液が流れ出す。ケーブルはもう一度だけ、苦しむようにクネリと動き、泡の中へ沈んでいった。
「こりゃあ気持ち悪ぃぜぇ」
美紀が制御モニターに目を走らせる。
「まずい……」
「今度は何だぁ?」
「この泡、溶かすだけじゃないみたいです……」
新たな表示が浮かんでいた。
『最終焼却工程』
「腐食処理の後に、全部焼くつもりです!」
「念入りだなぁ」
後藤が、ほぉっと息を吐く。
「感心してる場合ですか!」
画面の端に時間表示。
「最終焼却まで……三分!?」
美紀が後藤に振り返る。
「急いでここを出ないと!」
後藤が部屋の奥を見る。先ほど、微かな作動音が聞こえていた通路。
「田丸はどうすんだぁ?」
一同の視線が奥へ向く。だが、もう遅かった。通路の天井からも、壁からも、白い泡が大量に噴き出している。床を覆い、モコモコと盛り上がりながら、少しずつこちらへ近づいてきていた。
トクボ隊員が叫ぶ。
「この状態では危険です!」
後藤は数秒だけ通路を見つめた。
「……チッ」
舌打ち。そして大声を上げた。
「全員上がれぇ!」
隊員たちが階段へ走る。
葵。
美紀。
後藤が最後尾についた。
階段を駆け上がる。
下からは白い泡。
まるで巨大な入道雲が地面を這って追ってくるようだった。
「見た目だけなら泡風呂みたいで楽しそうなんですけどね!」
「じゃあ飛び込んでこいよぉ!」
「絶対イヤです!」
階段を上がりきる。
黒い部屋へ戻ろうとした、その瞬間、美紀が足を止めた。
「あ!」
「何だぁ!?」
「ダイナレーダー!」
「はぁ?」
美紀が戻ろうとする。後藤がその腕をつかんだ。
「離してください!」
「どこ行くんだぁ!」
「ダイナレーダーが!」
「機械より命だろぉ!」
「試作機なんですよ!」
「また作れぇ!」
「そんな簡単に言わないでください!」
後藤が美紀の両肩を掴む。
「死んだら作れねぇだろぉが!」
「……」
美紀が黙る。
ほんの一瞬だけ。
「……それはそうですけど」
「だったら走れぇ!」
後藤に腕を引かれ、美紀も走り出した。
黒い部屋。
そこでもすでに、白い泡が降り始めていた。
「ああああ……」
美紀の視線の先。銀色のケースを組み合わせたダイナレーダーの発振器が、白い泡に包まれていく。
ジュウウウウ……。
美紀は泣きそうな顔になった。だが、もう戻ろうとはしなかった。その横を、小池葵が走っていく。
そして一度だけ、葵は振り返った。
白い泡に覆われていく黒い部屋。そのさらに地下。何かを見送るように目を細める。
そして、小さく息を吐いた。
後藤がその横顔を見た。だが何も言わない。今はそれどころではないのである。
ビーッ!
突然、けたたましい警報音が鳴り響いた。
『機密保全処理を継続します』
「今度は何ですか!?」
美紀の問いに答えるように、前方で大きな音がした。
ガガガガガ……。
防火扉が降り始めている。
「おいおい、俺たちまで閉じ込める気かよぉ! ずいぶんと徹底してるよなぁ」
「だから感心しないでください!」
「走れぇ!」
隊員たちが先に滑り込む。
葵。
美紀。
最後に後藤。
頭上すれすれまで下りてきた防火扉の下を、後藤が転がるように通り抜ける。
ガシャン!
完全に閉まる扉。
「ふぅ」
後藤が立ち上がる。
その瞬間。
ドン!
足下が大きく揺れた。
「始まった!」
美紀が叫ぶ。
地下。
白い泡に覆われた研究施設。
制御ラック。
タンク。
二基の台座。
FACMに似た装置。
黒いケーブル。
その一角で、小さな炎が上がった。
ボッ。
別の場所でも。
ボッ。
そして次の瞬間。
ゴオオオオオッ!
炎が一気に走った。
高温の炎が、腐食されて露出した樹脂や機械油を飲み込んでいく。
爆発。
さらに爆発。
ドン!
ドドン!
「急げぇ!」
後藤たちはさらに走る。
背後から爆発音。
熱風。
天井の照明が次々に消えていく。
「出口まであと少しです!」
隊員が叫ぶ。
最後の隔壁。
すでに向こう側では、別のトクボ隊員たちが待っている。
「早く!」
葵が通る。
美紀。
後藤。
背後から赤い光が迫っていた。
「閉めろぉ!」
後藤が隔壁の向こうへ飛び込む。
ガシャン!
重い扉が閉じた。
ほぼ同時だった。
ドゴォォォン!
強烈な衝撃。隔壁全体が大きく振動する。天井からパラパラと埃が落ちた。
美紀たちは床に倒れ込んでいた。しばらく誰も動かない。
「おいよぉ、みんな生きてるかぁ?」
後藤が顔を上げた。
「大丈夫です」
「こっちも!」
隊員たちの声。
葵も壁際に座り込みながら、小さくうなづいた。
美紀は床に腰を下ろしている。髪が少し乱れ、顔には煤が付いていた。
「危なかったなぁ」
後藤が息を吐く。
美紀はうつむいていた。
「……ダイナレーダー……」
「まだ言ってんのかぁ?」
「ポータブル型は世界に一台しかないんですよ!」
「また作れぇ」
「予算ください!」
「俺に言われてもなぁ」
後藤が呆れたように肩をすくめた。
その時。
「あ」
美紀が声を上げた。
「まだ何かあるのかよぉ?」
後藤が露骨に嫌そうな顔をする。
「これ……」
美紀は腰の携帯解析端末を取り外し、画面を操作する。
「データが」
数回タップ。
顔が曇る。
「やっぱりダメですね」
「何が?」
「地下の装置から読み出してた情報、ほとんど壊れてます」
FACMに似た装置。
人間を接続するためと思われる台座。
黒いケーブル。
そして田丸。
何一つ、確かな証拠が残っていない。
「証拠隠滅、成功ってわけかぁ」
「そうみたいです」
美紀は悔しそうに端末を見つめる。
そして、
「あれ?」
もう一度操作。
「これは……」
「だから何なんだぁ?」
後藤と葵が画面を覗き込む。
そこには、二つの波形が表示されていた。
美紀の指が、一方を示す。
「こっちが、私たちがダイナレーダーから発振した共振です」
「ほぉ」
「で……」
もう一方。
わずかに形の違う波。
「こっちが、向こうから返ってきた方」
後藤が少し首をかしげる。
「返事ってヤツかぁ」
「はい」
葵の視線が画面へ落ちる。
その瞳が、ほんのわずかに揺れた。
美紀は気づかない。
「施設は全部消されましたけど……」
美紀が、小さく息を吐いた。
「返事だけは残りました」
せっかく見つけた地下施設が、きれいさっぱり証拠隠滅されてしまいました。
人間とロボットをつなぐ謎の設備。FACMに似たシステム。そして、生き物のように動く黒いケーブル。
何ひとつ正体が分からないまま、全部が炎の中へ。
しかも田丸は、結局どこへ行ったのか。
そして葵は、いったい何を知っているのか。
ただ一つだけ残ったのは、ダイナレーダーに“返ってきた共振”。
こちらから呼びかけたわけでもないのに、確かに返ってきた「返事」です。
あれはいったい、誰からの返事なのか。
それとも――“誰”ではない何かなのか。
次回、その謎が少しずつ動き始めます。
引き続き『超機動伝説ダイナギガ』をよろしくお願いします!




