第518話 返ってきた共振
※これまでのあらすじ
過去のハーフムーン船内では、美咲たちがメインシステム遮断作戦を決行直前。
後藤と小池葵は花菱工業・大沢工場の地下で謎の黒い部屋に突入。
そのころ教習所のひかりたちは、火星大王の異変に気づいていた……
花菱工業・大沢工場の地下。
体育館ほどもある真っ黒な部屋に、ガラガラという無粋な車輪の音が響いていた。
「もう少し右です。はい、そこで止めてください」
田中美紀の指示に従って、二人のトクボ隊員が大型の台車を止める。
その上に載っているのは、銀色のケースをいくつも組み合わせたような装置だった。別の台車には解析ユニットと電源装置。大量のケーブルが束ねられ、側面から垂れ下がっている。
後藤が、腕を組んでその様子を眺めていた。
「なんだぁ、あんたまで来たのかぁ?」
美紀が振り向く。
「当たり前じゃないですか。私、技術主任ですよ」
「指揮車から指示すりゃいいんじゃねぇの?」
「現場でしか確認できないこともあります」
「ふーん」
後藤がニヤニヤする。
美紀は一瞬黙った。
「……まあ、興味ってのもありますけど」
「それがが本音じゃねぇかよぉ」
「違います!」
少し離れた場所では、小池葵が二人のやり取りには加わらず、黒い部屋の中央をじっと見つめていた。
床も、壁も、天井も黒。
照明は明るいはずなのに、その光さえ吸い込まれているように見える。彼女が知っている“黒き殉教者”の神殿と同様だ。霧山グループの施設の証とも言えるのだ。
「発振器一号、設置完了!」
「二号、三号も準備できました!」
隊員たちから声が飛ぶ。
美紀は解析ユニットの前にしゃがみ込んだ。
「ケーブル接続確認。電源入れます」
複数のモニターが一斉に点灯した。
数字と波形が次々に画面を埋めていく。
ダイナレーダー。
通常の電波や電磁波では届かない地中深くまで、素粒子の共振を利用して探査できるトクボの最新鋭装備である。
「同期、正常」
美紀の指がキーの上を走る。
「発振、開始します」
低い電子音。
画面中央に、徐々に立体的な線が浮かび上がった。
黒い部屋の壁。
その向こう側。
天井。
床。
さらに、その下。
後藤が美紀の肩越しに画面を覗き込む。
「なんかあったかぁ?」
「ありません」
「なんにも?」
後藤が頭をかいた。
「じゃああいつ、本当に消えちまったのかよぉ」
「そんなわけないでしょう」
「でもいねぇんだよなぁ」
「だから調べてるんです」
美紀は探査条件を変更した。
「共振パターンを変えます」
再び発振。
画面上の波形が動く。
次の瞬間だった。
ザザッ。
画面いっぱいに細かなノイズが走った。
「……あれ?」
美紀の手が止まる。
後藤が首を伸ばした。
「壊れたかぁ?」
「壊れてません」
美紀は数値を確認し、もう一度だけ短く発振させた。
ザザッ。
再び波形が乱れる。
だが今度は、美紀の目が大きく見開かれた。
「……返してきてる」
「何をだぁ?」
美紀は答えず、モニターに顔を近づける。
解析。
照合。
数秒後、ゆっくりと顔を上げた。
「これ……反射じゃありませんね」
「ん? 俺は反社じゃねぇぞぉ?」
トボケる後藤の言葉に、全く反応しない美紀。
「こっちから出した共振波が、何かに当たって戻ってきたものじゃないってことです」
後藤にはますます分からない。
「じゃあ、それって何なんだぁ」
「そうですね……恐らく、別の共振です」
「別って、あっちもおんなじことやってるってことかぁ?」
「待ってください……」
操作コンソールを次々とタップしていく。
「こっちが出した共振に、向こうの何かが合わせてきてます」
美紀は自分でも妙なことを言っていると思ったのか、少しだけ眉を寄せた。
「呼びかけたら、返事が来たみたいな……」
その言葉を聞いた瞬間。
葵の表情が、ほんのわずかに動いた。
後藤は見逃さなかった。
だが何も言わない。
その時。
カチン。
広い部屋には似つかわしくない、小さな金属音が響いた。
三人が同時に振り返る。
「今のなんだぁ?」
「私、何も操作してませんよ」
続いて、
ガコン!
腹に響くような重い音。
黒い床の中央に、細く白い線が一本浮かび上がった。
「……なんだぁ、あれ」
線はまっすぐ伸び、直角に曲がる。
さらに伸びる。
やがて床に大きな長方形を描いた。
美紀が立ち上がる。
「どうなって……?」
次の瞬間、長方形の内側がゆっくりと沈み始めた。
床ではない。
昇降式の扉だった。
数十センチ。
一メートル。
やがて、その下に暗い階段が姿を現した。
美紀は解析画面と、開いた地下への入口を交互に見る。
「もしかして……」
「なんだ?」
「ダイナレーダーの共振を、何かの認証信号だと誤認した……?」
美紀の視線が葵へ向く。
後藤も同じように葵を見る。
だが葵は何も答えなかった。
ただ、開いた穴の奥へ静かに視線を落とした。
「しっかし、くせぇなぁ」
階段を降りながら、後藤が鼻を鳴らした。
「機械油じゃないですね」
美紀も顔をしかめる。
地下は黒い部屋よりもさらに暗かった。
壁際に小さな照明が並んでいるが、光量は最低限に抑えられている。
低い機械音。
湿った空気。
そして、何とも形容しにくい臭い。
後藤、美紀、葵。その後ろを二人のトクボ隊員が続く。
やがて通路の先に光が見えた。
部屋。
後藤が先頭に立って入る。
「……なんだぁ、こりゃ」
部屋いっぱいに機械が並んでいた。
大型の制御ラック。
タンク。
計測装置。
無数のチューブ。
ケーブル。
一見すれば、どこかの研究施設である。
だが、何かがおかしい。
美紀が一台の装置へ近づいた。
金属製の筐体。
その横に接続された黒いチューブ。
表面は、まるで濡れているような光沢を放っている。
「これ……」
さらに奥。
機械と機械をつなぐケーブルの束。
その一部を、半透明の膜のようなものが覆っていた。
継ぎ目からは乳白色の粘液がわずかににじみ出している。
そして。
ゆっくりと。
ケーブルが収縮した。
「……気持ち悪い」
美紀の口から、思わずそんな言葉が漏れた。
後藤が横を見る。
「あんたでも、機械のことそう思うんだなぁ」
「だってこれ……」
美紀の目が機械群を追う。
「普通じゃありません」
それ以上のことは、技術主任である彼女にも分からなかった。
生物なのか。
機械なのか。
あるいは、その両方なのか。
部屋の中央近くに、奇妙な物があった。
台座。
いや、椅子にも見える。
医療用ベッドにも見える。
人間一人を横たえるには、ちょうどいい大きさだ。
腕と脚を固定するらしい器具。
頭部から首、そして背中へ向かって配置された、多数の接続端子。
もう一基。
こちらにも同じような設備がある。
血の跡などはない。
逆に、異様なほど清潔だった。
それがかえって不気味である。
美紀が、台座から床へ垂れている黒いケーブルを見つけた。
「……これって」
「なんだぁ?」
美紀はしゃがみ込む。
「さっき捕獲したブラックドワーフの中に、これとよく似たものがありました」
「中?」
「パイロットの首から背中に、何本も接続されてたんです」
後藤の顔から、とぼけた笑みが消える。
美紀はケーブルに触れないよう、顔を近づけた。
「同じ材質かどうかは調べないと分かりません。でも、表面の構造も……」
ピクッ。
「ひっ!」
美紀が反射的に後ろへ下がる。
誰も笑わなかった。
黒いケーブルは何事もなかったかのように、床の上で動きを止めた。
しばらく、誰も口を開かなかった。
低い機械音だけが部屋を満たす。
後藤が台座へ視線を戻した。
「じゃあよぉ……ここで人間を、あの黒いロボットにつないでたってことかぁ?」
「いえ、それはまだ断定できません」
美紀は立ち上がった。
「でも、人間の神経信号や生体情報を外部へ送る設備だと考えれば、かなり辻褄は合いそうです」
周囲を見回す。
「ただ……」
「なんだぁ?」
「これ、一種類の機体専用じゃないですね」
「ブラックドワーフだけじゃねぇってことか?」
「少なくとも、その可能性は高いと思います」
美紀は使われた形跡のある台座を見た。
「もしかすると……あのブラックドワーフ、ここで試験中だったのかもしれません」
「試験?」
「武装がなかったんですよ。なんて言うか……手ぶら?」
「丸腰か?」
「はい。なので私、生体インターフェースの動作試験中だったんじゃないかって思ってました」
後藤が腕を組む。
「そこへ俺たちが突っ込んできた」
「はい」
「で、慌てて実験中のヤツをロボットに乗せた?」
「……可能性はあります」
それが事実なら。
あのブラックドワーフは、戦うために待ち構えていたのではない。
実験の途中で、無理やり戦場へ出されたことになる。
美紀が別のラックへ近づいた。
「あれ?」
先ほどまで見ていた生体接続設備とは構造がまるで違う。
黒い膜もない。
粘液もない。
整然と並べられた制御基板と演算ユニット。
後藤も横から覗き込む。
「……これよぉ」
「はい?」
「前に新宿で鬼ごっこした時の……なんて言ったかぁ?」
美紀が少し考える。
「FACMですか?」
「そう、それ。それに似てないかぁ?」
美紀の目つきが変わる。
ラック内部を確認する。
「……似てます」
「やっぱり?」
「FACMそのものかどうかまでは分かりません。でも、同系統の制御技術だと思います」
「ほぉ……」
後藤の視線が、ゆっくりと横へ動いた。
葵。
美紀も気づいて、彼女を見る。
「おぅよぉ」
後藤がニヤリとする。
「そうなのかぁ?」
葵は何も答えなかった。
ただ、うそぶくようなわずかな笑みを浮かべる。
そして肩をすくめた。
「……ったく」
後藤も、それ以上は聞かなかった。
人間を機械につなぐ設備。
人間を必要としないFACMに似た制御システム。
正反対とも思える二つの技術が、同じ地下施設に存在している。
いったい、何のために。
「で……」
後藤が周囲を見回した。
「田丸の野郎はどこ行ったんだぁ?」
その答えの代わりに。
部屋の奥から、かすかな作動音が聞こえた。
さらに通路がある。
その先だけ、複数の機械が今も動いていた。
モニターには見慣れない記号と数字が流れ続けている。
美紀が画面へ近づく。
「誰かが、このシステムを操作しています」
「田丸かぁ」
後藤が通路へ足を向ける。
葵、美紀も続く。
その瞬間だった。
ゴウン!
「うわっ!」
床が突き上げられたのではない。
部屋全体が、横へずれるように大きく揺れた。
美紀はしゃがみ込み、解析端末を抱える。
『発振器、倒れます!』
後方から隊員の声。
後藤は反射的に葵の前へ身体を入れた。
近くの台に置かれていた小型装置が滑り落ちる。
ガシャン!
床で砕けた。
内部から透明な粘液がドロリと広がる。
揺れは十数秒続いた。
やがて。
静かになる。
「……終わったかぁ?」
後藤が周囲を見る。
違う。
部屋中のケーブルが、小刻みに震えていた。
まるで何かに怯えている。
いや。
目覚めようとしているようにも見えた。
「おいオタクちゃんよぉ、今の、何だと思う?」
「分かりません」
美紀はモニターへ駆け寄った。
画面の表示が次々に切り替わっている。
「でも……」
キーを叩いていた指が止まる。
美紀の顔色が変わった。
「停止処理じゃありません」
「じゃあ何だぁ?」
「逆です」
美紀はモニターを見つめたまま、ゆっくりと言った。
「システムが……何かの起動シーケンスに入ってます!」
後藤の表情から笑みが消えた。
美紀も奥の暗い通路へ目を向ける。
そして葵は……
何も言わず、そのさらに先をじっと見つめていた。
黒い部屋の、そのさらに下。
そこにあったのは、ただの秘密研究所ではありませんでした。
人間を機械につなぐ技術。
人間を必要としないAI制御。
そして、どこか生き物のようにも見える機械たち。
霧山グループはいったい、何を作ろうとしているのでしょうか。
しかも最後に動き始めたシステム。
もちろん、ろくなものではありません(笑)……多分。
次回もよろしくお願いします。




