03話
鷹臣side→壱羽side
〈鷹臣視点〉
言葉が途切れた壱羽は、そのまま宙を見ていた。まるで、意識がそこにしか向いていないかのように。それと同時に、沸き上がる悲鳴。
「…ちっ」
迂闊だった。こんなところで、何十体もの魔物と遭遇するとは思ってもいなかった。仁を横目で見やれば、額に手を当てて首を振っている。仁でさえ、この出現を掴めなかったということらしい。
「おい、壱羽の様子が可笑しいぞ」
「分かってる。俺はこのまま一狩するから、仁は本部に連絡して、壱羽を守れ」
「了解」
意識が虚ろな壱羽の肩を抱き寄せた仁を確認して、俺は喚び出した刀に手を添え腰を落とす。深く息を吸う。冷気を纏った風が吹く。その風に背を押されたように、俺は大きく一歩を踏み込んだ。
「|対魔物討伐兼対能力者組織《Synonym-crusher》、総隊長が九鬼鷹臣。いざ推して参る!」
自然と心は穏やかだった。何故だろう。壱羽が見ていないからだろうか。走り喚く人たちを喰らわんと蠢く魔物共。切り裂いて回れば、魔物は異臭を放ちながら塵と化す。
「”ーーThe moment of death of the ice which spreads from the blue jewelry which fell to the ground without anything, and the last which sounds the snowy grand world ――〟」
―何でものない地面へ落ちた、蒼い石から広がる氷の死の瞬間、そして雪の壮大な世界を鳴らす最後のものよ―
唄うように詠唱を紡ぐ。足元から薄い氷が広がり、大地に足をつける異物は氷漬けとなっていく。空に居た魔物は、見えない刃に切り裂かれ磨り潰され消えた。
「…終わったぞ、もういない」
「総数は?」
「58匹。死傷者ゼロ、現場の被害も少ないぞ」
未だ茫然としている壱羽を傍らに、仁は辺りを見渡してからニヤリとして俺に言った。さあ、一先ず家に帰ろう。このまま居ても悪目立ちするだけだ。
「こりゃ、またケーキのやけ食いがあるかもなあ」
「あー…そうだな。というか、いつまで呆けてんだ?」
「多分コイツ意識飛んでるぞ」
そう何事も無しに言い放った仁の言葉を、一言一句漏らさないように繰り返し咀嚼する。これ、大丈夫か?
「…とりあえず、帰るぞ」
「なあ鷹臣。壱羽、まだ思い出したりしねぇよな?」
「そればかりは分からん。だが、壱羽は感覚が研ぎ澄まされたと言った。ただの能力の解放もありえる」
手を握りしめて、仁に抱き上げられた壱羽を見つめた。記憶も能力も、壱羽からなくなれば良いと願う日々。それは、間違いなく叶わない。
〈END〉
暗い。
ただ、それを闇のようにと表現するには少し違うような気がした。闇はもっと暗い。ここはまだ、闇より明るい。目をキョロキョロ動かす。横たわった体の自由は利くし、恐ろしいとさえ思える奇妙な感覚はない。
体を起こして、手のひらを見つめる。いつもの寝間着、いつものベッド、いつもの香り、いつもの息遣い、いつもの体温ーー私の両側には、いつものように美しい顔をした幼なじみが寝ていた。
いつの間に夜になったんだろう?
カーテンの隙間から入ってくる月明かり。確か、夏フェスタに行ってて、それから…?思い返そうとしたら、ゾッと寒気がした。また、暗闇が蠢き始めた。ふつふつ。また、何かが嗤った。
「…っ」
「……壱羽、起きたのか?」
「…ひゃっ」
左隣で寝ていた鷹臣君が、そっと息を潜めて声を掛けてきた。それさえも驚いて、体が大きく跳ねた。それから、ガタガタと震えだす。自分の体なのに、言うことをきかない。歯が噛み合わない。がちがち、みっともない音が暗闇に響く。
「壱羽!大丈夫だから、もう此処には何もない。俺と仁、それから壱羽しか居ないよ」
鷹臣君が私を宥めるように、左側から抱き締め髪を撫でる。鷹臣君は嘘を吐かない。だから、本当のことだって分かる。分かるのに、震えは止まらない。口が戦慄くだけで、言葉が出ない。
「本当だ、何もない」
いつの間に起きたのか、仁君が右側から私を抱き締めてきた。温かな体温に両側から包まれる。幼かった頃、怖い夢を見て泣き出した私にしてくれたように。
大丈夫。大丈夫。怖いことなんてない。俺等が守るから。そう繰り返すのは仁君で、安心させるように髪を撫で肩を叩くのは鷹臣君。私たちしか居ない部屋。鷹臣君と仁君が守ってくれている。誰に。何から。それは分からない。けれど、その事実は何にも勝る。
「落ち着いたら、もっかい寝るぞ。夜中の2時だ」
「鷹臣君、私、お腹すいた」
「…」
「分かっていたことだろ、鷹臣。下に飯作っといた。俺も目が覚めたし、映画でも見ながら夜更かしでもするか」
先にベッドから降りた仁君に手を引かれて、私はベッドを抜け出す。しがらみ全てから抜け出せたような錯覚。それはどこか清々しかった。
しがらみなんて、ひとつも抜け出すことも解くことも出来ていないのに。私は、私を何一つ分かっていなかった。仁君が苦い顔をしていたことも。鷹臣君が唇を噛み締めていたことも。何ひとつ。




