幕間② 勇者たらしめたもの
だが、彼らを本当の意味で「世界を救った英雄」たらしめていたものは、決して聖剣の輝きでもなければ、大層な神託の御告げなどでもなかった。
為政者や貴族たちが保身に走り、幾度救援を要請しても見向きすらしなかった王国の騎士団。
魔王軍の容赦ない暴虐と暴力に耐えるしかなく、ただ怯えて暮らしていた村々の民衆にとって、地獄の淵でようやく待ち望んだ救援が、たった四人の若い冒険者たちであったなら――その瞬間に味わった絶望感と、裏切られたような無力感は、想像に難くない。
「こんなガキ四人が来て、いったい何ができるというのだ」
はじめは誰もがそう絶望した。
だが、その四人は、目の前の絶望を鮮やかに希望へと塗り替えてみせた。
圧倒的な暴力で村を蹂躙していた魔王軍の軍勢を、まるで雑草を刈るかのように薙ぎ払い、村を救ってみせたのだ。
それだけでも奇跡のようだったが、彼らの本当の凄まじさはその後にあった。
戦いが終わると、大聖女フィオナは自分の身なりが汚れることも、泥まみれになることも構わず、額に汗を浮かべ、荒い息を切らせながら、村の負傷者や病人たちへ次々と「癒しの奇跡」を施していったのである。
莫大な寄付を行わなければ絶対に受けることのできない、王都の大聖堂の奥深くでのみ扱われる神の奇跡。
貧しい農民たちにとっては、一生涯その存在を自分の目で見ることもなく、民衆の間では「本当にそんなものがあるのか」と疑いさえされていた「癒しの奇跡」。
それが今、目の前で、ボロボロになった自分たちのために惜しみなく使われている。
疲れを隠そうともせず、ふらふらになりながらも、目の前の命を救うために必死で祈るその少女の姿が、民衆の目にどう映ったか。
―それこそが疑いようもなく、まごうことなき「本物の聖女」の姿だった。
聖剣を持たされただけの偽物でもなければ、政治の道具にされた操り人形でもない。
民衆の泥と血にまみれ、同じ目線で寄り添ってくれた彼らだからこそ、世界を救う英雄として人々の心に深く刻まれていったのだ。
そのことを、門閥貴族や枢機卿達は、一生理解することはないであろう。
本来であれば、過酷な旅路の最中において、それは致命的なまでの悪手だった。
いつ襲ってくるかも分からない魔王軍との戦闘で、自分や仲間が負傷した時のために「癒しの奇跡」は温存しておくべきなのだ。
王都の聖職者であれば、一銭の利益にもならない村人のために魔力を消費するなど、あり得ない愚行だと嗤うだろう。
だが彼女は、自らの消耗を意に介さず、荒い息を吐きながらこう言い放ったのだ。
――あの程度の敵なら、あなた達に『癒しの奇跡』は必要ないでしょう?
その言葉通り、フィオナは惜しむことなく、目の前で苦しむ民衆のために奇跡を使い続けた。
それを、旅の初め、大賢者ヴァレリアは冷ややかに、呆れたような視線で見つめていた。
(……偽善ね。どうせ、注目を集めるための善行よ。すぐに化の皮が剥がれるわ)
だが、それは大きな間違いだった。
旅を続けるうちに、彼女は嫌でも思い知らされることになる。
フィオナが見せるその献身は、計算されたパフォーマンスでも、誰かに見せるための虚飾でもない。濁りのない、純粋なまでの「慈愛」そのものだったのだと。
ヴァレリアにとって、これまでの人生において「弱さは罪」だった。
彼女が育った過酷な環境では、弱者は生き残れない。守ってくれる者などおらず、弱さは即座に死に直結する。その底冷えするような現実を、彼女は自らの才覚と執念だけで生き抜いてきた。
だからこそ彼女は最初、助けを求めてすがりついてくる民衆の姿が心底嫌いだった。
(自分でなんとかしろ。自分の足で立てないなら、そのまま死ね)
それが、彼女の偽らざる本音であり、冷徹な生存戦略だった。
しかし、目の前で泥まみれになりながら人々の傷を癒やす聖女と、無言でそれを背中から守り抜く勇者の姿を見続けるうちに、大賢者は自分の中の何かが音を立てて変わり始めていることに気づいてしまう。
――自分は、たまたま強く生まれた。たまたま賢く生まれた
だからこそ、過酷な環境の中でも生き残ることができたに過ぎない。
もちろん、彼女自身も並大抵ではない努力をしてきた。人並み外れて魔法を学び、強くなるための研鑽を、人一倍……いや、常人の何倍も積んできた自負はある。
だが、それとて「元々の高い才能」があったからこその結果だ。
すべての人間が、自分のように努力できるわけではない。すべての人が、自分で自分を助けられるほど強く生まれついているわけではない。
いや、現実には、自分ほど強くなれる人間など、世界全体の、ほんの一握りの例外でしかなかったのだ。
強い者のみが生き残るのなら、弱い者はただ切り捨てられて当然の存在なのか?
自分たちは何のために、その圧倒的な力を持っているのか?
……答えは出なかった。
だが、聖女のように誰かのために全てを投げ出せるほどの聖人君子には、どうしてもなれそうにはない。
彼女はどこまでいっても、合理主義で、少しひねくれた魔導士のままだった。
「……まったく、しょうがない人たちね」
内心の戸惑いや照れ隠しをかき消すように、彼女はわざと冷たい声を張り上げる。
魔力の残量を計算しながらも、効率よく魔法で防御壁を張って村人たちを安全な場所へと誘導していく。
聖女の無償の愛には付き合えない。
けれど、このお人好しな勇者と聖女が繰り広げる「偽善ごっこ」に、少しばかり付き合ってやるくらいは――悪くない。
誰に知られるでもない内心ですら照れ隠しに悪ぶりながら、大賢者は今日も仲間たちの背中を魔法の光で支え続けていた。




