幕間③剣に生きる
幕間③ レオンハルト
レオンハルトという男は、根本からして「チョロい」人間だった。
たまたま近所に住んでいた剣の名手。その鮮烈な剣技を一目見てしまったが最後、彼はすっかりその剣に惚れ込み、世の中の他のものなど一切見えなくなってしまった。
物心ついた頃からずっと彼の剣を見て、真似て、ただひたすらに剣を振り続けるだけの人生。
それまで、「弟子はとらない」と頑なに拒んでいた剣豪が、呆れながらも「しかたない」と折れるほどに、彼の剣への執着は狂気的であり、純粋だった。
そして、ふと気がついたときには、彼の剣の腕は、かつて遥か遠くに見上げていたはずの師をとうに凌駕していた。
尊敬する師にその事実を指摘されても、彼は首を傾げるばかりで決して認めようとしない。
弟子を取らない師の元では闘う相手が居なかったために、自分の強さを自覚する機会が無かったのである。業を煮やした師は、真剣勝負の立ち会いを申し出た。
――勝負は、あまりにもあっけなく決した。
遥か高みにいたはずの師は、いつの間にか自分より小さく見えていた。
少年だった彼の身長はとっくに師を追い越していた。…剣の実力と同じように。
それに気がついたとき、彼の頬に涙が伝い落ちていた。彼が流した涙は、少年時代の終わりを告げるものであった。
しかし、剣の腕がどれほどの領域に達していようと、後ろ盾のない平民の彼には、その才能を活かす場などどこにもなかった。
そんな彼に転機が訪れたのは、王都で開催される由緒正しい剣術大会。
この大会の「平民枠」への出場者を決める大会への出場を、師に勧められたことであった。
ただひたすらに師の剣を極めることに専念していた彼は、大会などに興味は無かったし、出たことも無かったのだ。
彼はその平民のみの大会で、当然のように優勝し、本大会への出場権を獲得した。
もっとも、その大会の『平民枠』の意図など見え透いていた。
『努力さえすれば平民にも立身出世の道が開ける。それでも出世できないのは、お前たちの努力が足りないからだ』――そう言って、貴族階級の特権を正当化するための、悪趣味なガス抜きにすぎない。
日々の生活に追われ、剣を極める余裕などない平民が出場したところで、幼い頃から専門の訓練を受けてきた騎士に勝てるはずもない。
実際、この大会で過去に平民枠の者が勝ち上がった例など一度としてなかった。
ようするに、貴族の優位性を示すための茶番劇であるはずだった。
だが、その舞台で彼は、周囲のシナリオを完全に無視した無類の強さを発揮してしまう。
圧倒的な実力でとんとん拍子に勝ち上がった彼は、あろうことか本大会の本命である、この国の第一王子ルキウスと対戦することになった。
本来、貴族たちの間では裏で周到な段取りが組まれていた。
未来の王に華を持たせるため、勝ち上がって王太子の対戦相手となった者は皆、それらしく見栄えよく戦った末に「敗北する」という暗黙の了解があったのだ。
しかし、平民の彼は、そんな宮廷の裏事情など知る由もない。
運営側の貴族たちは青ざめ、観覧席から冷や汗を流しながら必死に祈った。
「頼むから空気を読んでくれ……! 未来の王の顔を立ててくれ……!」
だが、その願いはあまりにも儚く散ることになる。
いざ試合が始まってみれば、この男に手加減という概念は存在しなかった。
目の前にいるのは、ただの「手強い相手」だ。
容赦なく振るわれる剣に、なかなか降参の意を示さない王子を、彼は一切の遠慮なしに滅多打ちにした。文字通り、ボッコボコに叩きのめしたのである。
運営の役人たちは血の気を引かせ、処刑台に登ることを本気で覚悟した。
しかし、当の王太子は違った。善良な人格者として知られるルキウスは、泥だらけになり床に転がされながらも、怒るどころか、どこかすっきりとした清々しい笑みを浮かべていたのだ。
「素晴らしい……!」
王子は、自分に一切忖度せず、目の前の勝負に全力を注いだこの無骨な男を、心底気に入ってしまった。
日頃から、周囲の人間は自分を「未来の王」として腫れ物に触るように扱い、手加減されたお遊戯のような打ち合いばかりをされることに、内心うんざりしていたのだ。
箔付けのための優勝を譲られる茶番劇に飽き飽きしていた彼にとって、この男の真っ直ぐな剣は、何よりも心地よかった。
「負けて清々した! 別に、私は武力で王になるわけではないのだから」
そう笑った王子は、暴挙に出たはずの彼に向かって、あろうことか「優勝したら、我が手ずから騎士団に取り立ててやる」と公言してしまったのである。
そして、その勢いのまま。
平民の入団を何としてでも阻止しようと血眼になって立ちはだかる保守的な騎士団員たちを次々と一蹴。決勝へと駒を進めた彼は、国内最強と謳われる近衛騎士団長をも容赦なく滅多打ちにし、ボッコボコに叩きのめして自身の強さを証明してみせた。
かくして、彼は堂々と大会で優勝を果たし、平民として初めて王国騎士団の門を叩くことになったのだ。




