幕間④ 足手纏いの聖女
幕間④
またもや、ヴァレリアは呆れ果てていた。
(ほんと、鈍臭い……!)
何度そう思ったことか知れない。
世間一般のイメージでは、「魔法使い」といえば頭脳派でデスクワーク向き、体力や運動はからっきし苦手なもの……と相場が決まっている。
実際に、宮廷にこもるようなお偉い魔法使いたちは大抵がその通りだった。
だが、過酷な現場を生き抜く冒険者の魔法使いは違う。
次々と魔物が襲い来る乱戦の戦場では、ある程度自分の身を自分で守れなければ、生存率は著しく低下する。
そもそも、広大な大陸を徒歩で移動するだけの基礎的な体力がなかったら、足手纏いになるだけ。
移動だけでバテてしまい、肝心の戦闘でろくに動けない、魔法が使えないなど論外だった。
貧しい底辺の環境で泥水をすすりながら生き残ってきた彼女には、強靭な肉体から繰り出される高い身体能力と、戦況を瞬時に見極める優れた頭脳の、両方が備わっていた。
その意味では、あらゆる戦術に柔軟に対応する「魔法戦士」である勇者と、彼女のタイプはよく似ていた。二人とも、前線を縦横無尽に駆け回って暴れ回るタイプだ。
一方の剣士は、言うまでもなく純粋な脳筋タイプである。いつだって、元気いっぱいに剣を振り回している。
では、聖女であるフィオナはどうかと言えば。
「……やっぱり、鈍臭い」
はっきり言って、足手纏いだった。
教会の壇上で見せるような神聖さは、戦闘中は一切役に立たない。
そしてとにかく体力が無い。
旅路での移動のスピードは遅いうえ、すぐに「少し休憩を……」と申し訳なさそうに立ち止まる。
おまけに、病に臥せた者や負傷した者が居ると、後先考えずに『癒しの奇跡』を使ってしまう。
そうして神聖力と精神力を枯渇させた後は、しばらくの間、使い物にならなくなってしまう。
「聖女がいなければ、魔王討伐の旅なんて、二年は早く終わっていたに違いない」―これは、旅を終えたあとに四人が酒を飲みながら語り合う、鉄板の笑い話になっていたほどだ。
実際、旅を始めた頃、ヴァレリアは毎回戦闘のたびにイライラされられていた。
剣士レオンハルトは完全な攻撃特化で前しか見ておらず、勇者アレスは攻守の要として戦場全体を支えていて余力はない。
結果として、動きが追いつかずに立ち往生するフィオナをカバーする役回りは、毎回ヴァレリアがやる羽目になっていた。
前線へ強力な攻撃魔法をぶっ放ちながら、横からも寄ってくる敵を牽制し、トタトタと小走りで移動するフィオナの背中を死守する。
――トタトタ。
その走る姿は、お世辞にも格好いいとは言えず、どちらかと言えば小動物のような愛嬌があった。
(……かわいい。)
不覚にも、そう思ってしまった。
(…まあ、戦闘中でなければ、だけど)
自分に言い訳するように、心の中で付け加える。
最初は「ただの足手纏い」「運動音痴のお荷物」としか思っていなかったはずだ。
だが、いつしか魔法使いは、戦場の真っ只中でも、無意識にいつも聖女を目で追っている自分に気づいてしまった。
トタトタと必死についてくる後ろ姿。
困ったように眉をハの字にする表情。
人のために泥にまみれることを厭わない、あまりにもピュアすぎる生き様。
(…かわいい。愛らしい)
いっそその頭をぐりぐりと撫でくり回したい。後ろから強く引き寄せて、そのまま抱きしめたい。
柔らかそうなその唇にキスをして、あわよくば自分の部屋に連れ込んで、めちゃくちゃに――。
(って、何を考えているのよ私は!)
ヴァレリアはパッと頭を振り、自分の内側から湧き上がってきたドロドロとした、しかし熱を帯びた感情を必死に打ち消した。
戦闘中も、敵を倒すことより村人を守ることを優先する三人の仲間達。
「……まったく、しょうがない人たちね。
あなたたちが余計な真似ばっかするから、
私の緻密な計算が狂っちゃったじゃない」
内心の戸惑いや照れを隠すように、彼女はわざと冷たい声を張り上げる。
自らの魔力の残量とこの後の戦闘の展開を計算し、顔をしかめながら、結局はヴァレリアも敵とは反対方向に魔法障壁を展開し、村人たちを安全な場所へと誘導していく。
(…チッ!魔力残量、少しキツいか…?
…まったく、いつから私まで、こんなお人好しになったのやら…)
この旅に出る前の自分なら、自らを危険に晒してまで、見ず知らずの他人を救うような真似はしなかったであろう。
…だが、そんな自分が、今は嫌では無かった。
聖女の無私の愛には到底付き合えない。
けれど、このお人好しな仲間たちが繰り広げる「偽善ごっこ」に、少しばかりこの優秀な頭脳を貸してやるくらいのことは――まあ、悪くない。
誰に知られるでもない内心ですら、照れ隠しに悪ぶりながら、ヴァレリアは鮮やかな魔法の光で今日も仲間たちの背中を支え続けていた。
そう、そのトタトタ歩く可愛い背中を、今日も一番近くで守り抜くために。




