第五話 査問会議①
大聖堂の地下、一切の光が遮断された重厚な密室。
外の喧騒が嘘のように静まり返ったその場所で、連日にわたる査問会議は続いていた。
集まった枢機卿や高位聖職者たちは、自分たちが積み上げてきた「謎理論」と権威の言葉を武器に、聖女を精神的に追い詰め、屈服させようと血眼になっていた。
教会の威光、聖典の解釈、聖職者の尊厳―そんなものを使ってネチネチと責め立てる彼らの前に、当の聖女フィオナはというと、すっかりやる気を無くした様子で、トロンと目を半開きにしながら普段通りの素の口調で受け答えをしていた。
「―ああ、またその話…はぁ…」
いい加減、答えるのが怠くなってため息を吐くと、
「貴様…!この神聖なる大聖堂内でそのような態度…!」
「…神聖…ねぇ…あの、そもそもこの立派な大聖堂って、いります?本当に、必要です?」
「なっ……! まだそんな不遜な口を叩くか!」
「あそこの金ピカの女神様像とか。
…え? 不遜だ? 女神様への冒涜だ、ですか?」
フィオナはまた小さくため息をつくと、面倒くさそうに首を傾げた。
「でも、女神様…ご本人にお会いしたときに仰ってましたよ? 『全然似てないな』って。『失礼しちゃうわね』って。ちょっと怒ってました。まあ、確かに全然似てませんでしたし」
室内の空気が、ピタリと凍りついた。
枢機卿の一人が、あまりの衝撃に目を剥いて椅子から転げ落ちそうになる。
「な……なにを……! 女神様にお会いしただと!? 女神様のご尊顔を拝見したなどと…!狂ったか!大聖女!」
「彫刻としては良くできているんでしょうが……全然、あの女神様の神々しさを表現できていませんでしたよ?
まあ、あの圧倒的な神々しさは、人の手では再現できないでしょうけど。
だから、偶像崇拝なんてあんまり意味ないっていうか、やめた方がいいって言うか……。
女神様は!それぞれの心の中に! いらっしゃるのですから」
「ふ、ふざけるな……っ! 御神託を聴いた者でさえ、歴史上でも数名しかいないのだぞ!
お姿を見られた者など、我が教会の創始者である、初代教主様ただ一人だと言い伝えられている!
それなのに、お前ごときが――!」
「へぇ、そうなんですねぇ」
フィオナはどこか他人事のように相槌を打つ。
そのマイペースすぎる態度に、高位聖職者たちの顔がみるみるうちに怒りで真っ赤に染まっていく。
「え? 女神様ですか? 割とフランクなお方でしたよ?
教会の教えみたいな、堅苦しいお説教臭い口調じゃありませんでした。
すごくお優しいお声と口調で……はい。
『あの女神像、酷くない? わたしをみたことも無いのに勝手に作ってるんだもの』って、おっしゃってました」
「き、貴様……! 女神像を愚弄するか! それとも、作り話でこの場を切り抜けようというのか!」
老枢機卿がテーブルを叩き割らんばかりの勢いで立ち上がり、激昂した。
「なんで怒ってるんですか…?女神様、言ってましたよ?大聖堂も女神像も、無駄だって。あんなん作るなら、子供達にごはん作ってあげなさいよって。」
正論を吐かれて、枢機卿達は鼻白む。
「え? 本当かって?」
フィオナはきょとんとした顔で瞬きをし、それから、全く悪びれもせずにこう言い放った。
「そんなの、ご自分で女神様に直接訊けばいいじゃないですか……って、あ、そうか。皆さん、御神託なんて一度も受けたことないんでしたね。ふふっ、失礼しました」
「なっ……おのれ、おのれおのれ……っ!」
「え? なにを急に怒って……?…ん?煽ってるのかって?え、そんな風に聞こえました? え? えぇ?なんのことですかぁ?」
無自覚な天然と、これ以上ないほど容赦のない正論のコンボ。
密室の空気を完全に破壊し尽くすフィオナのマイペースな態度に、教会の最高権威であるはずの老人たちは、怒りで顔を歪めながら歯噛みするしかなかった。
密室での査問が行き詰まり、枢機卿たちが怒りと屈辱に震えていた頃――。
大聖堂の奥にある応接室には、第一王女ヴィクトリアが優雅にティーカップを傾ける姿があった。
その向かいには、すっかり追い詰められ、藁にもすがるような目で彼女を見つめる最高位の枢機卿が座っている。
ヴィクトリアは憂いを含んだ、しかしどこか冷ややかな笑みを浮かべながら、静かに言葉を紡ぎ出した。
「お困りのようですね、枢機卿様方。
……あの、傲慢な聖女と、それを野放しにしている無礼な平民―我が王室の婚姻の申し出を袖にし、我が物顔で歩いているあの剣聖のせいで、教会の威信が揺らいでいるとお聞きしますが」
枢機卿は顔をしかめ、歯ぎしりをしながらうなずいた。
「王女殿下……! あの女は教会の教義を冒涜し、我々を愚弄し続けております。
ですが、密室での尋問ではらちが明かず……世論を味方につけることも叶いません」
「ふふ、それではあまりにももったいないわ」
ヴィクトリアは冷ややかな微笑みを深め、まるで私怨を晴らすかのようなトーンで、容赦のない提案を囁いた。
「密室でコソコソとやるから、あそのような不届き者が調子に乗るのです。
いっそ、大聖堂の広場にて『公開査問会議』を開いてみてはいかがですか?」
「……公開、ですか?」
「ええ。国中の民衆を集め、教会が揃って彼女の不敬を断罪するのです。
夫であるあの無骨な剣士の甲斐性なしぶりも含めてね。
長年、民衆から崇められてきた聖女が、実は我が身可愛さに教会を侮辱する傲慢な偽者であったと―民衆の目の前で、徹底的にそのメッキを剥いで恥をかかせてやりなさい」
その言葉の端々に滲むのは、勇者であるアルスを夫に持ちながらも、その心が今なお聖女に向いていることへの、激しい嫉妬と執着の色だった。英雄を我が物にしたはずの誇りと、それでも満たされない女としてのプライドが、彼女を私情に駆り立てている――周囲にはそう確信させるだけの、生々しい熱量がそこにはあった。
枢機卿の目が、欲と復讐心でギラギラと輝き出す。
「おお……! まさにその通りですな! 民衆の前で恥をかかせれば、あの生意気な聖女とて平伏すしかない。あなた様のその御怒り、しかと受け止めましたぞ!」
枢機卿が「自分たちの味方についた強力な後ろ盾」だと勘違いし、嬉々として部屋を飛び出していく。
その後姿を見送りながら、ヴィクトリアは静かにカップをソーサーに戻した。
その美しくも冷え切った瞳に宿るのは、聖女を打ち据えてプライドをへし折るためだけの、底意地の悪い光だ。
―王室の権威を鼻にかけ、私怨のために聖女を衆人環視の場で辱めようとする、嫌味で傲慢な第一王女。
誰もがそう信じて疑わない陰謀が、ここに完全に動き出したのだった。




