第二王女①【第二王女の引きこもり】「わたし、どうすればよかったの…?」
第二王女セレスティアは、王城の奥にある自室のベッドに倒れ込むと、深く枕に顔を埋めた。
「……どうして……」
その声はあまりに弱く、誰にも届くことなく自室の静寂に溶けて消えた。
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剣聖レオンハルトとの政略結婚。
それは、王家の基盤を安定させるために、姉である第一王女ヴィクトリアが描いた政治的計略だった。
剣聖は、救国の英雄にして王国最強の武力。
門閥貴族の横行を抑え込みたい王家にとっては、喉から手が出るほど欲しい実行戦力であった。
——その剣聖と婚姻を結び、王家に引き込む。
セレスティアは、その重要な役目を自分が果たすのだと固く信じていた。
(だって……私しかいないじゃない)
セレスティアは、ぎゅっと白い長手袋に包まれた自分の手を握りしめる。
(姉さんは王国のためにすべてを背負っていて……勇者様との結婚が決まっている……。だから私は……私の役目を果たさなきゃ)
そう思っていた。
……そして、ほんの少しだけ、浮かれてもいたのだ。
魔王討伐の旅より凱旋した勇者パーティ。
彼らが国王へ凱旋報告を行う際、セレスティアもまた王室側の一員としてその場に同席していた。
列に並ぶ、武骨で不器用そうな剣士。
世界を救った、本物の英雄。
一目見て、憧れた。
……その場にいた、多くの乙女たちと同じように。
その剣聖が、自分の伴侶となる。
(王女と英雄……まるで、おとぎ話みたい……)
侍女を伴い剣聖の元へと向かう足取りは、自分でもわかるほど軽く、弾んでいた。
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だが——剣聖は静かに首を振った。
「……申し訳ありません。…あなたとは、結婚できません」
その声は冷たくはなかった。むしろ、申し訳なさそうに優しかった。
だからこそ、胸が張り裂けそうに痛かった。
「私は……フィオナと生きると心に決めています」
第二王女はその瞬間、自分の世界が音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
(フィオナ様……あの大聖女の……)
(……私なんかじゃ、とても敵わない……)
彼女はその場で、必死に完璧な笑顔を作ってみせた。
王族としての誇りだけが、ギリギリのところで崩れ落ちそうになる身体を支えてくれていた。
「……そう。分かりましたわ」
静かに深く礼をすると、彼女は剣聖の部屋をあとにした。
おろおろとついてくる侍女がいつも通り入ってこようとするのを制し、ただ一人で自室に入ると、後手にそっと扉を閉めた。
その夜。ベッドで一人になって、セレスティアはこの日、初めて泣いた。
声を殺し、ただ静かに涙を流し続け、枕を濡らした。
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翌日から、彼女は部屋から一歩も出なくなった。
食事は侍女が扉の前まで運ぶが、返事はない。ただ、扉の向こうに微かな気配だけが存在していた。
第一王女(姉)は政務と国家改革で多忙を極め、手が離せない。
勇者は第一王女を支え、剣聖は大聖女の側にいる。
第二王女の部屋だけが、煌びやかな王城の中で唯一、時間が止まっていた。
ある日、大聖女フィオナがそっと扉の前に立った。
「……ごめんね」
その声は、どこまでも優しかった。
しかし、扉が開くことはなかった。
セレスティアは布団の中で、息を潜めてその声を聞いていた。
(あなたが謝ることじゃないのに……)
心の中で呟いたが、声には出せなかった。
(あなたは……私よりずっと綺麗で、ずっと優しくて……そして、ずっと強い……)
(私なんかじゃ……勝てるわけないよ)
セレスティアはぎゅっと布団を抱きしめた。
「……私、どうすればよかったの?」
一人ぽつりと呟いた問いに、答える者は誰もいなかった。
慌ただしく動く王城の中で、ただ一人だけ時間が止まってしまった少女。
彼女は王家の一員でありながら、ごく普通の少女のように恋に憧れ、期待し……そして、静かに傷ついた。
その結果……彼女は誰にも邪魔されない部屋で、永遠のような引きこもり生活を始めたのだった。




