【第二王子との出会い】「みんな殺された!お母さんも!お父さんも!町のみんなも!」
大賢者ヴァレリアは、魔族の住む地域に近い、辺境の町に生まれた。両親は平民ながら町の知識階級の人間で、彼女自身の知能も高かった為、幼い頃から読み書き計算を教えられたし、覚えるのも早かった。
その早熟さから、両親は、彼女が将来、魔法学校に通えるかもね、などと冗談を言い合っていた。
魔法学校には、平民向けの特別奨学制度はあるものの、その条件は入学試験トップ等、高等教育を受けられない平民出身者には到底達成可能なものではなく、制度は形骸化しており、実際には一度も使われたことがなかった。
だから、平民で優秀な子供をみかけると、魔法学校に通えるかもね!というのが、平民の知識階級の人々の、皮肉混じりの定番の冗談だったのだ。
だが、幼いヴァレリアは、両親のその会話を覚えていた。
いつか、自分は魔法学校に通い、魔法使いになるのだ、となんとなく信じていた。
その状況が激変したのは、魔王の覚醒であった。
それによって活動の度合いを増した魔族が、近隣の街や村を襲撃する事案が多発。
それは、ヴァレリアの生まれ育った町も例外ではなかった。
彼女の町も魔族の襲撃を受け、大多数の住民が虐殺された。彼女は、両親が食糧保存用に掘っていた床下の、子供1人がようやく入れる大きさの貯蔵庫に隠されたことで生き延びることができた。
床下で両親の断末魔の叫びを聴きながら、彼女は復讐を誓っていた。絶対に魔法使いになって、両親を殺した魔族達をうち滅ぼす、と決意していた。
彼女の町の、ごく僅かな生存者は、王都で保護されることなった。
ほとんどが、彼女と同じように隠されて命拾いした子供達であったため、貧民街の施設に入れらた。
裕福ではなかったものの、それなりの環境で育った彼女には、厳しい暮らしであった。
貧民街での暮らしは、酷いものであった。
各地で同じような被害が出ており、国の対応も後手後手になっており、住居はなんとか提供されたものの、食糧などは十分ではなかった。
小さい子達は、とても成長できるとは思えない量。
そこで、彼女を中心とした年長組は決意する。このまま食糧を分けていては、みんな共倒れだ。
自分達の分はなんとか自分達で調達する。
そして、自分では調達できない年少組に、自分達の分を食べさせてやるのだ。
物乞い、ゴミ漁り。
年長組達は、食べるためにできることはなんでもやった。
しかし、特にすばしこく、頭のいい彼女だけは、
金持ちからのスリやかっぱらいで、みんなの分を手早く手に入れていた。というのも、彼女はすでに、初歩の初歩とはいえ、「内気」を習得していたからだ。
戦闘系の職業なら、まず修練の初めに行う基本動作と呼吸法。
多くのものは、ただのルーティンとしてなんとなく行なってしまう。
だが、実はこの修練は、内気を練るための重要な基本となるものだった。
そのことを、彼女は理解していた。
というのも、近所に住んでいた辺境警備隊の隊長が、身体強化を行える内気の使い手で、常に内気を練る訓練を行なっていて、それを間近に見ていたからだ。
聡い彼女は、その隊長さんの訓練を観察するうちに、その鍛錬の意味、動作の効能、効率的に行なう方法などを理解した。
それを隊長さんに話すと、彼は大変驚き、彼女の聡さと才能をかって、訓練を施したのだった。
元々才能があったのだろう。
そして、頭の良い彼女は、本質を理解して効率的に鍛錬した。
結果、かなりの使い手にならないと習得が難しい、身体強化の内気を、幼くして習得してしまったのだ。
内気を練り、自在に使える使い手は少ない。
辺境の警備隊では、隊長くらいのものだ。
幼い彼女の身体能力と基礎体力では、大人には力では叶わないものの、すばしっこさでは負けない。辺境の町では、彼女と追いかけっこをして、捕まえられるものは1人としていなかった。
だから、過信していた。
絶対に捕まらないと。
その日、町中でカモを探していると、その少年を見つけた。
絶対に貴族。それもかなり上位の。身なりから推測できる。
お忍びで来ているのか、警護は軽微。
…狙い目だ。
その少年から何を盗もう?
観察をするまでもなく、その手元に目が行く。
魔法書っ⁉︎
それも、かなり本格的な。
少年が使っているものらしく、基本から中級までを網羅した魔法書であることが背表紙から分かる。
魔法書は、非常に希少で高価なものである。
仮に盗んだとしても、買い手がつかない。
買いとれるだけの現金を持っているものがまずいないし、希少なものなのなので、すぐに足がつく。
だが…
彼女は自然な様子でふらっと近づく。
幼い少女であることもあって、護衛の反応が鈍い。お忍びの警備であることも影響したのだろう。
彼女は少年とすれ違いに、その手に持っていた魔法書をもぎ取ると、素早く走り出した。
あっ…と少年が声を上げるのと、警護の者が少年に駆け寄るのと…ほぼ同時。
彼女はそのまま走り去る。
…思った通りだ。
彼女はほくそ笑んだ。
上位貴族の子息なら、警護の者は盗まれたものを取り戻すより、まずは警護対象の保護を優先する。
…つまり、左右の警護の者は追って来ない!
その確信は間違っていなかった。
…のだが。
ドン!と身体に衝撃がはしり、気がつくと地面に押し付けられていた。
…なに!
彼女の思惑はほぼ間違っていなかった。
間違っていたのは、上位貴族ではなく、王族だったこと。
そのため、お忍びの護衛は数多く、彼女が気付いていない離れた場所にも、数名の護衛がいたのだ。
近くの者は警護対象を護り、離れて見守っていた者は不届き者を捕縛に動いていた。
辺境の町の追いかけっこでは負け知らずの彼女も、身体強化などお手のものの王族の護衛が相手では分が悪い。あっけなくお縄となってしまった。
「なんで魔法書を?こんなもの、売れないだろうに。」
拘束されている少女に、魔法書を奪われた少年は尋ねる。
「…この魔法書で勉強して…魔法使いになるため…」
周りの護衛官達が笑う。庶民出の魔法使いなど、聴いたことがないと。
だが、少年は笑わなかった。
「それ、読めるの?」
不思議そうに聞く。
「こんな浮浪児に、字が読める訳…」
警護の者が言いかけると
「読める!私は…私は…」
「黙れ!この盗人がっ!」
警護の者が遮る。
彼女はカッとなって叫ぶ。
「…誰のせいだ!誰のせいだよ!」
彼女は怒鳴っていた護衛をキッと睨んだ。
「お前ら貴族が!しっかり国を守らないから!私みたいなガキが盗人をやらなきゃいけないんだろうが!」
「なにをぉ!」
護衛の一人が大きな声を出す。
「あたしの家族は、辺境で幸せに暮らしてたんだ!魔族に襲われるまでは!」
そこにいた全員が身体を強張らせる。
「みんな殺された!お母さんも!お父さんも!町のみんなも!」
もう、彼女をたまらせようとする者は居なかった。
「税金を取る代わりに!みんなを守るのが!貴族の務めなんじゃないのかよ!」
ぐるっと周りの警護を見回す。
「王都に来てからだってそうだ!孤児院につっんだあとは!ろくに食事ももらえない!小さい子達に少ない食事を回すために!あたしらは自分で食い扶持を稼ぐしかないんだ!」
もはや、彼女を笑おうとする者は居なかった。
「…こんな安全な王都で!こんなにたくさんの警護の者が居て!誰も辺境の町なんか守る気が無いんだ!…だから!あたしは魔法使いになって!みんなを守るんだ!」
少年が片膝をついて語りかける。
「…君の言う通りだ。私達貴族は、その務めを果たせなかった。申し訳ない…」
そう言って頭を下げる。慌てる護衛たちを手の動きで制すると彼は言った。
「…その魔法書は君に譲ろう。どうか、魔法使いになって、国を守るのを手伝って欲しい。」
その言葉に、彼女は感謝するどころか、自尊心を傷つけられた様子で叫んだ。
「…貴族の施しなんか受けるもんか…!
これは…借りるだけだ!この魔法書!全部覚えたら!お前に返しに行く!絶対にだ!」
少年は少しキョトンとした後、気持ち良さそうに笑った。
「はは!この魔法書を全部覚えられたら、トップ合格間違い無しだ!数年後、僕も魔法学校に通う予定だ。魔法学校で会おう!」
「絶対返すからな!お前も絶対、魔法学校に来いよ!」
◆後日
あの日、王都の石畳の上で交わされた少女の叫びは、ただの「盗人の言い訳」としてはあまりにも重く、少年である第二王子の胸深くへと突き刺さっていた。
城に戻った王子ジュリアスは、すぐさま王家や関係各所へ働きかけを開始した。
ただし、彼が頼ったのは――主に有能な姉(第一王女ヴィクトリア)であった。
あまり目立った動きを見せてしまえば、「第一王子との王位継承争いに積極的だ」と周囲に不要な誤解を与えかねない。その点、すでにその明晰さと有能さを知れ渡らせていた姉を通せば、一切の無駄なく後顧の憂いを絶つことができる。
予算の流用、ずさんな管理体制の是正、そして物資の横流しに手を染めていた悪徳管理者たちの粛清――。第一王女の鋭い指示による徹底的な実態調査と政治的圧力により、王都の孤児院の環境は劇的に改善された。
子どもたちに温かい食事が行き渡り、冬の寒さに震えることもなくなる。
当然、あのときヴァレリアがひとりで背負っていた「幼い子どもたちに食糧を回すためのスリ」という過酷な責務も、完全に消え去ることとなった。
生活の基盤が整ったことで、少女ヴァレリアを取り巻く環境は一変する。
生きるための日銭を稼ぐ必要がなくなった彼女は、得られた膨大な可処分時間のすべてを、あのとき少年から「借りた」一冊の魔法書の読破と、独自の魔力理論の構築へと捧げた。
元来の圧倒的な知性と、生体エネルギーの効率的運用――幼少期に内気で鍛え上げた基礎が、彼女の脳と肉体の能力を限界突破の領域まで引き上げていく。
難解な術式文字の解読も、膨大な魔力方程式の暗記も、彼女にとってはただの「面白いパズル」に過ぎなかった。
◆魔法学校の門戸
それから、数年後。
猛然たる執念と、常軌を逸した知能の結晶として、ヴァレリアはあの魔法書に記されたすべての理論を完全に理解し、一言一句違わず暗唱できる領域にまで達していた。
そして迎えた、王都魔法学校の入学試験。
筆記、実技、魔力測定のすべてにおいて、彼女は当時の試験官たちを絶句させた。
形骸化していた「入学試験トップ合格の平民特別奨学制度」。その条件を満たす者など現れるはずがないと長年誰もが諦めていた鉄の扉を、ヴァレリアは史上初となる「完全満点合格」という圧倒的な知性の暴力でもってこじ開けたのだ。
周囲の貴族出身の生徒たちが大きくざわめく中、首席合格者として壇上に呼ばれた赤髪の少女は、誰よりも誇らしげに、そしてどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「約束通り、全部覚えたわよ」
特等席からその姿を見つめていた第二王子ジュリアスは、苦笑しながらも、胸の奥からこみ上げてくる熱いものを抑えきれずにいた。
あの日の泥まみれの少女は、いまや国の未来を左右するほどの天才魔法使いとして、まばゆい光を放ちながら彼の目の前に立っていた。
「あんた、王子様だったんだね」
入学式の後、ヴァレリアが第二王子にあの時の魔法書を返そうと差し出すと、ジュリアスは受け取るのを拒むように両手を胸の前で開いてみせた。
「その魔法書は君が持っててよ。きっとその方が世界の役に立つ」
そう言う彼に対し、彼女は返答代わりに本を放り投げて寄こした。
「覚えたから返す」
まさか本当にすべてを丸暗記しているとは思っていないジュリアスは、困り顔で押し問答を続ける。
「いや、君が持っててよ」
「ほんとにいらないって。私はもう、その本の先にいる。その本から学ぶことはもう無いの!」
「えぇ……?」
「全部暗記してるから、物理的にも必要ないし」
(……まさか、本当に覚えてる? この分厚い魔導書を……?)
絶句する王子に向かって、赤髪の少女は胸を張り、不敵に言い放った。
「だから要らないの。その本より……この世界の誰より先に、私は進む!
これからは、私が書いた魔法書を、世界が学ぶことになるんだから!」
創造神によって作られ、歴史の浅いこの世界は未だ発展途上である。
ファンタジーにありがちな、古代文明や古代遺跡といったロストテクノロジーは、この世界には存在しないのだ。今、この瞬間こそが文明の最前線なのである。
ヴァレリアの言葉に嘘はなかった。
彼女は世界の誰も気がついていなかった「生体エネルギー理論」を解明し、彼女が発表したその理論こそが、その後の世界の猛烈な文明と魔法技術の発展における最大の起点となっていくのだった。
――こうして、形骸化していた奨学制度を自らの手で打破し、魔法学校へ足を踏み入れた彼女は、のちに魔王を討伐し、世界を救うパーティの「大賢者」へと駆け上がっていく。
すべての始まりは、一冊の魔法書と、二人の不器用な約束だった。
そしてこの場所から、第二王子ジュリアスの――報われない、けれど誰よりも優しい「片想いの物語」の長い長い日々もまた、本格的に幕を開けるのだった。




