【第一王女の内心】愛されているのに、恋されなかった女の静かな痛み
大聖堂の鐘が鳴り響く夕刻。
王宮のバルコニーで、大聖女が居るであろう大聖堂を見つめ、女王ヴィクトリアはひとり風を受けていた。
その横顔は、王国の誰もが「冷徹で有能な女王」と称える強さを宿していたが――その瞳の奥には、誰にも見せない痛みが静かに沈んでいた。
ヴィクトリアは、勇者アルスの心をすべて知っていた。
彼が大聖女フィオナに恋していたこと。
彼女が「癒しの奇跡」を施す慈愛に満ちた横顔に見惚れ、戦闘中にトテトテ走る姿に愛おしさを覚え、「勇者」と「聖女」という重責に共感を覚え、旅の中で心を奪われていたこと。
そして――その恋を胸にしまい、剣聖とフィオナの想いを尊重し、二人の幸せを願ったこと。
(……あの人は、そういう人だから)
ヴィクトリアは、嫉妬で狂うことも、泣き叫ぶこともしなかった。ただ静かに、その事実を受け入れた。
王族とは、そういう生き物だ。
ヴィクトリアは理解していた。
アルスは自分を愛している。それは確かだ。
共に国を支え、戦い抜き、互いの背中を預けてきた年月が育てた“確かな信頼”と”愛”。
だが――それは『恋』ではない。
(……恋した相手は、私じゃない)
唯一、彼が恋した相手。それが大聖女フィオナ。
その事実だけが、王女の胸の奥に鋭い棘となって残り続けた。
ヴィクトリアは、ほとんどすべてを手にしていた。
政治力。美貌。知性。王家の血統。勇者という最強の伴侶。
だが――勇者の『恋心』だけは手に入れられなかった。
そして、その恋心を奪ったのが、他の誰でもない“慈愛の象徴”である大聖女フィオナ。
(……あの女だけは)
他の女なら笑って許せる。妾の一人や二人、王族なら珍しくもない。
だが――フィオナだけは違う。
彼女は、王女の唯一のコンプレックスを刺激する存在だった。
ヴィクトリアは、深く息を吸った。
(……いいわ。受け入れる)
途轍もない痛みと共に。
胸の奥が焼けるような嫉妬と共に。
それでも――彼女は受け入れた。
なぜなら。
勇者アルスは、責任を放棄できない男だから。
彼は王配として国を支え、王女を愛し、王国を守る役割から逃げない。
(私が手放さない限り――あの男は私の隣に居続ける)
それが、王女が選んだ“愛の形”だった。
ヴィクトリアは、バルコニーから王都を見下ろした。
(……私は壊さない。嫉妬に狂って取り乱し、すべてをぶち壊したりしない)
それをしてしまえば、勇者の心は永遠に自分から離れてしまう。
だから――彼女は痛みを抱えたまま、静かに微笑むことを選んだ。
(いずれ、あなたのすべては私のものとなる。
恋ではなくても――愛と絆は、ここにあるのだから)
王女の瞳は、誰よりも強く、誰よりも寂しく、誰よりも美しかった。




