門閥貴族編⑥帰宅不可⁉︎「わたしのお家が観光地にっ…⁈」大聖女の絶望とエピローグ
門閥貴族編、完結です。
明日からは、後日談と王族のエピソードです。
聖人と言われる王太子の本音、
王女の決意とその本音、
第二王子と大賢者の真実。
笑いあり、涙ありの展開になります!
ぜひお楽しみください。
一方その頃。
王宮で新たな時代の幕開けが着々と進められているのとは裏腹に、大聖堂の奥深く――最も格式高いはずの教主室では、まったく別の意味での「悲劇」が繰り広げられていた。
「わたし、いつまでここ(大聖堂)に居ればいいんですかぁ……」
立派すぎる教主様の椅子の背もたれに、骨抜きになったかのようにだらしなく体を預け、聖女フフィオナは、護衛を兼ねて隣に控えている剣聖の袖をくいくいと引っ張りながら泣きついていた。
「王都に呼び出されて以来……もう何ヶ月もお家に帰れてないんですよ……?」
「大聖女様……いえ、大教主様。現在のところ、こちらの広大な大聖堂が、あなた様にお住まいいただく正式な御所となっております」
マホガニー製のひときわ重厚な机を挟み、向かい側に立っていた初老の侍従長が、穏やかではあるが微動だにしない口調でたしなめる。
「なんなんですか……大教主様って……
そんな偉そうなの、聞いてません……!」
「考えてもご覧なさい。女神様のお姿を直接拝見できたとされる初代教主様でさえ、御神託を賜ったのはその生涯で一度きり……。
それに対し、女神様と何度も直接対面し、畏れ多くも雑談混じりで対話まで重ねられている大聖女様は、初代様すらも遥かに越えた神の寵愛を受けし『大教主』であると、今や世間では絶賛されておりますぞ」
「えええぇぇぇ〜……」
フィオナは心底嫌そうな顔をして、ぐにゃりと背もたれに崩れ落ちた。
「こんなに立派な大聖堂も!
この高そうな机も椅子も!
全部いらないって!
わたしが査問会議で!
はっきり否定したやつですよね!?」
悲痛な叫び声を上げる。
「それなのに!
結局その大聖堂に住んで!
教主室でこんなふんぞりかえって!
完全に、言ってることとやってることが矛盾してるじゃないですか!
こんなのきっと、信徒の皆さんも納得しませんよ!」
(だから家に帰して下さい!)と言う心の声が聞こえそうな必死の抗議にも、侍従長は微動だにしない。
「ですが、せっかくここまで立派に建っている建造物。
今さら取り壊すにしても、莫大な労力と金銭的コストがかかってしまいます。
ならば、そのまま有効活用したほうが圧倒的に経済効率が良い、との、王女殿下からの実利的なご指示でございます。
もっとも、大多数の国民も『大聖女様が使われるなら、今までの寄付も報われる』と、むしろ大賛成の構えでございます」
「ええぇぇぇ〜……そんなぁ…
こんなところ、ちっとも落ち着かないですよ……。
帰りたい、おうちに帰りたいですぅ……」
どこか遠くを見つめるような絶望的な顔をするフィオナに、侍従長はついに、とっておきの「現実」を突きつけた。
「ああ、そうそう。大聖女様と剣聖様がこれまでお使いになっていた、あの質素なご自宅ですが……」
「…?」
「現在は、王国の新たな『歴史的聖地』として指定され、すっかり人気の観光名所となっております。もはや一般人がプライベートで住むような場所ではなくなりましたので、お戻りになるのは少々難しいかと」
「ええええぇぇぇ――っ!? 私のお家が観光名所に!?」
あまりの寝耳に水な展開に、フィオナは椅子からずり落ちそうになりながら目を剥いた。
「『大聖女と剣聖となられてなお、あんなにも質素な小屋で慎ましく暮らしていらしたのか』と……。国民はみな、その清貧なる生き様に心底感服し、毎日のように行列を作って聖地巡礼に励んでおります。信仰心は高まる一方ですね」
「そんな……私の帰る家が、ない……?」
「あの辺鄙な村も、そこに連なる街道の村々も、観光客の落とす金銭で潤っており、お二人に感謝しております。今更、なんの産業もないあの村から、観光地名所を取り上げるようなことは…」
止めを刺してくる。
贅沢な椅子に深く沈み込み、魂が抜けたように天井を仰ぎ見る聖女。
世界を救い、新たな教会の頂点に祭り上げられてしまった彼女にとって、平穏なスローライフへの道は、どうやら完全に閉ざされてしまったようだった。
――そんな彼女の絶望をよそに、隣に控える剣聖は、相変わらず無言でそっと彼女の頭を撫でるのであった。
エピローグ:それぞれの選んだ未来
血を流さずに行われたクーデターの鎮圧から数週間。
王国は、これまでにないほどの活気と、変革への期待に包まれていた。
旧き弊害を断ち切った王都では、新たな体制の整備が急ピッチで進められている。
王城の一室――かつては冷徹な政務の場であったその場所は、いまや未来の女王としての覚悟を新たにした王女の、冴え渡る知略によって淀みなく回されていた。
彼女の傍らには、常に世界を救った最強の英雄が控え、その存在そのものが何よりも強力な国内外への抑止力となっている。
打算から始まったはずの絆は、いまや固い信頼と確かな愛情へと変わり、二人が見据える水平線の先には、揺るぎない平和な王国と、その血を受け継ぐ新たな時代の夢が広がっていた。
一方、その王城からほど近い最高峰の大聖堂では――。
「だから、帰りましょうよぉ……こんなふかふかの椅子より、うちの硬い木製の椅子の方がお尻に馴染むんですぅ……」
「大聖女様。お部屋に戻られましたら、特製のハーブティーをご用意いたしますので」
「そういう問題じゃなーい!」
世界を救い、新時代の「大教主」として祭り上げられた聖女フィオナが、豪華絢爛な教主室で今日も今日とて盛大に駄々をこねていた。
教義をひっくり返し、権威を笑い飛ばし、女神様との対話(雑談)を日常とする彼女を、国民は「これぞ本物の慈愛の御方」と信奉し、今や大聖堂の周りは毎日のように信者や観光客の列ができている。
プライベートな自宅を観光地として奪われ、帰る家を失った聖女の「平穏なスローライフ計画」は、盛大に、そして絶望的に破綻していた。
だが、そんな彼女の背後では、どんな時も無言で寄り添い、そっと頭を撫でてくれる無敵の夫…剣聖レオンハルトの温もりがあった。
やれやれと呆れながらも、どこか楽しそうにその光景を見守る大賢者ヴァレリアの存在もあり、騒がしくも温かな日常は続いていく。
古い闇が去り、新しき光が満ちる王国。
それぞれの場所で、それぞれの日常と運命を抱えながら、彼らの物語はまた新たな季節へと動き出していた。




