門閥貴族編② 第二章:閲兵式の罠と、一瞬で砕け散る野望
閲兵式は、何事もなく華やかに、そして盛大に幕を閉じた。
式典の後、各地から集まった貴族たちとの謁見と事後調整のため、国王オーレリウスは速やかに王城へと戻っていく。慣例通り、この歓談の時間を利用して、各王族が自らの陣地でそれぞれの派閥の者たちと集まり、水面下で政争の戦略を練っている。
――ここを狙う。今しかない。
第一王子派の貴族たちは、綿密な計画を立てていた。情報が漏れることを何よりも恐れた彼らは、このクーデターの全貌を指揮官レベルの貴族だけにしか知らせていない。
さらに、彼らは事前の根回しを完璧に済ませていた。集められた私兵や各領地の軍勢は、その配置のすべてが「第一王女ヴィクトリアの近く」を取り囲むように、巧妙に仕組まれていたのだ。
王女派を一網打尽にし、この場で鏖殺してしまえば、邪魔者はいなくなる。
王城の広間に王族たちが集まり、緊密な空気が漂い始めたその瞬間。第一王子派のリーダーである高位貴族が、計画の開始を告げる大声を張り上げた。
「――第一王女ヴィクトリアに謀叛の意あり! 我ら、ルキウス様を想い、これを正すものなり!」
その声を合図に、周囲に控えていた各部隊の指揮官たちが、次々と部下たちへ向かって剣を抜けと怒号を飛ばす。
「謀叛だ! 謀叛だぞ! 直ちに制圧に向かえ!」
「第一王女に叛意あり! 国を私物化し、いいように操ろうとする王女に鉄槌を!」
野太い声が広場に響き渡り、ヴィクトリアの命を狙って一斉に踏み込むはずだった。
しかし――。
張り詰めた怒号が響いたにもかかわらず、兵士たちは誰一人として動かなかった。
なぜなら、兵士たちは皆、ヴィクトリアを深く敬愛していたからだ。
事前に「王女に謀叛の意があり、王を害そうとしている」と具体的な根拠を示されていれば、あるいは命令に従っていたかもしれない。
しかし、晴れやかな閲兵式の直後、何の証拠もないまま、ただ「王女を捉えよ」と命令されても、現場の兵士たちがすぐに行動に移れるはずがなかった。
しかも、その王女の隣には、今や新体制となった教会のトップであり、宗教改革の象徴とも言える大聖女フィオナが静かに並び立っている。
人々の間ではすでに女神の再来として崇められつつあるフィオナ様に、まさかこの自分たちが剣を向けるというのか――その恐れと躊躇が、兵士たちの足を完全に縛り付けていた。
さらに決定打となったのは、目の前で喚き散らしている上官たちの顔ぶれだった。
ヴィクトリアの謀叛を声高に糾弾しているのは、ルキウス派の貴族のボンボン息子たちや、日頃から権力を笠に着て私腹を肥やしてきた者たちばかりだ。彼らの普段の横暴ぶりや、民や兵を軽視した堕落しきった素行を、現場の兵士たちは誰よりもよく知っていた。
「おい、待てよ……本当に謀叛を起こしたのは、どっちなんだ?」
「あいつらが王女様を咎めるなんて、どう考えたって自分たちの利権が奪われるからだろ……!」
一体どちらが正義で、どちらが裏切り者なのか。
政治の裏事情に疎い一般の兵士たちであっても、目の前で起きた状況証拠を照らし合わせれば、深く考えるまでもなくその答えは明白だった。
命令を下した指揮官たちは、青ざめた顔で冷や汗を噴き出させる。
「なっ……! なぜ動かん! 動け! 命令違反だぞ!」
怒号を重ねる指揮官たちを冷ややかに見据えながら、ヴィクトリアは一歩前に進み出た。
その凛とした佇まいは、動揺する兵士たちを安心させ、反逆者たちを圧倒するには十分すぎるほどの気高さを湛えていた。
「そこで何やら騒いでいる者共! 王族を拘束しようというのです。確たる証拠があってのことでしょうね⁉︎」
ヴィクトリアの凛とした声が、静まり返った広場に突き刺さるように響いた。
その問いかけに、先導していた貴族の士官たちは一瞬でたじろぎ、言葉に詰まる。
――そんなもの、あるわけがなかった。
「え、えぇい……! ぐだぐだ抜かすな! 王女さえ抑えれば、あとはどうとでもなる! かかれ!」
もはや目の前の兵士たちはあてにならない。こうなれば、貴族の子弟や取り巻きの士官たちだけでどうにかするしかない。
身を震わせる恐怖を自らの驕りでねじ伏せ、彼らは剣を抜いて一斉に襲いかかった。
その刹那。
ヴィクトリアとフィオナのうしろに静かに控えていた一人の男が、その身を覆っていたフード付きのマントをバサリと脱ぎ捨てた。
「……っ!? 剣聖レオンハルト……っ!」
その顔を認めた瞬間、突撃してきた貴族子弟たちの顔から血の気が一気に引いた。
幾度もの剣術大会の決勝で、王国最強と恐れられた近衛騎士団長を無傷のまま圧倒し、文字通りボコボコにしたあの悪夢のような圧倒的強さ――。
「ひっ……! あ、相手はただ一人だ! 怯むな!囲め……っ!」
退路を断たれた貴族の子弟たちは、半狂乱になりながらなおも剣を振りかぶり、突進した。
だが、剣聖レオンハルトの目には、それはあまりにも緩慢で稚拙な子供の戯れにしか映らなかった。
「……邪魔だ」
呟きと同時に、レオンハルトが腰の愛刀をわずかに一閃させる。
怒濤の突撃は真空の刃に弾き飛ばされ、門閥貴族の子弟たちが握っていた高価な名剣や煌びやかな儀礼用の剣は、刃の中央から一寸足らずの均等な断片へと美しく切り揃えられて地面にバラバラと降り注いだ。
レオンハルトは音もなく踏み込み、次々と相手の急所を的確に、しかし殺さない絶妙な手加減で打ち据えていく。
みぞおちに突き刺さる剣の柄頭。顎の下をかすめて脳を揺らす掌底。そして平手打ちの衝撃だけで、屈強な貴族の若者たちは次々と宙を舞い、地面へと転がっていった。
剣聖と呼ばれる男が、剣を使う価値すらも無い相手だった。
ほんの数秒前まで気勢を上げていた一団は、ただ一人の男の手によって、文字通りゴミのように打ちのめされ、一網打尽に広場の石畳に転がり伏したのだった。




