幕間⑩勇者と聖女
夜の冷気がテントの布地を震わせる中、勇者は膝を抱え、暗がりの中で一人静かに自問自答していた。
聖剣に選ばれた自分。
神託を受けた聖女。
国から当てがわれた他の二人とは違う。
自分と彼女は、大いなる意思や伝説に「選ばれた」、特別な使命を帯びた者同士だ。
その責任の重さも、世間から向けられる期待の大きさも、同じ次元で背負っている。
きっと、この重圧を本当の意味で分かり合えるのは、分かち合えるのは、互いしかいない―
そう思っていた。思っていたのだ。
だが、現実は違った。
聖女が選んだのは、自分ではなかった。
いや、「選んだ」というのとも違う。
彼女が自然と心惹かれ、寄り添っていったのは、あの不器用な剣士だった。
……だが、心のどこかで、勇者はその理由を分かっている気がした。
あの無骨で、裏表のない圧倒的な真っ直ぐさ。
国や教会の思惑、政治的な駆け引き、綺麗事の裏に隠されたドロドロとした欲望。
そうしたものにがんじがらめにされ、使命と目的のためなら冷徹な判断すら求められる自分。
そんな、呪縛に縛られたような生き方をしている自分を、あの純粋な聖女が恋愛の対象として選ぶだろうか?
いや、そもそも―誰が自分という人間を、一人の男として選ぶと言うのか。
民衆は自分を讃えてくれる。皆が慕ってくれ、尊敬し、絶大な力を持つ「勇者」として頼ってくれる。
だが、その裏で、自分は誰に甘えればいい? 誰に弱音を吐けばいい? 俺は、誰を頼ればいいのだろう。
そんな息の詰まるような孤独の中で、それでも自分を支えてくれたのは、他でもない今の仲間たちだった。
政治も打算も関係なく、ただひたすら隣で剣を振るう剣士がいた。
冷めた口調で憎まれ口を叩きながらも、陰で支えてくれる魔導士がいた。
そして、どんな時も泥まみれになりながら、人々のために笑う聖女がいた。
あいつらが居なければ、自分だって今頃どうなっていたか分からない。
「勇者だ」「英雄だ」と持ち上げられても、ついこの間まではただのしがない冒険者に過ぎなかったのだ。そんな未熟な自分が、世界の命運を背負う器などあるのか――。
「……いや、やめよう」
勇者は乱雑に頭を掻きむしり、胸の内に渦巻く弱音を力任せに押し込めた。
今はこんな感傷に浸っている場合じゃない。
目の前には果たすべき使命があり、護るべき民がいる。立ち止まってなどいられないのだ。
気持ちを落ち着けるように深く息を吸い込むと、それをゆっくりと吐き出し、勇者は再び立ち上がった。
己の孤独や満たされない恋心を心の奥底に封じ込め、再び「救世主」としての仮面を貼り直して、彼は静まり返った夜の闇へと足を踏み出していくのだった。




