幕間⑨ 聖女の初恋
フィオナがいつ、あの不器用な剣士に心を奪われたのかと言えば、それは何か劇的な救出劇や、甘い言葉の囁きがあった訳ではない。
それは、どうしようもないほど泥臭く、不器用な優しさに触れ続けた日々の積み重ねだった。
旅の途中、人の欲望や教会の冷酷さに直面し、聖女としての理想と現実の間で心がすり減りそうになる夜があった。
自分は間違っているのだろうか、本当にこのやり方でいいのだろうかと、一人で膝を抱えて悩む夜が。
そんな時、決まって近くにいたのは彼――レオンハルトだった。
政治の駆け引きも、小賢しい言葉も何も持たない男。ただひたすらに剣を磨き、目の前の脅威から自分を護るために背中をみせてくれる男。
ある時、心身ともに限界を迎え、村の外れの切り株に座り込んでうなだれていたフィオナのもとへ、彼が無言で歩いてきたことがあった。
何か気の利いた慰めの言葉をかけてくれるわけでもない。彼はただ、無骨で大きな上着を脱ぐと、何も言わずにフィオナの肩にそっと掛け、その隣にどっかりと腰を下ろしたのだ。
「……寒くないか?」
「ううん、ありがとう、レオン様」
ぽつりと落とされた不器用な問いかけに、フィオナが顔を上げると、彼は遠くの夜空を見つめたまま、ぶっきらぼうに、しかし確かな温もりを伴う声でこう言った。
「俺は、難しいことは分からない。
お前がやっていることが、世間から、教会から、どう思われているのかも。
……だけど、お前が救った奴らの涙や笑顔が本物だってことは、俺にも分かる」
まっすぐすぎるその言葉に、フィオナの胸が熱く震えた。
「だから……お前は信じる道を歩けばいい。
俺は、この旅でみてきたお前の行動を…慈愛の心を…決して折れない信念を、信じる。
お前が信じる道を進むと言うなら、俺はこの剣をもって、お前の行く手を阻もうとするすべてから護ろう。
だから…お前は、自分を信じて、ただ笑って進めばいい」
それは、世界を救う勇者のような圧倒的なカリスマでもなければ、賢者が見せるような知的な導きでもなかった。
ただ不器用な男が、自分のすべてをかけて守ると誓う、不格好で、けれど世界で一番あたたかい誠実さだった。
いつも自分の無力さや孤独を押し殺し、誰かのためにと走り続けてきたフィオナにとって、その言葉はどれほど救いだっただろう。
―この人は、私を見てくれている。
教会の看板でも、聖女という肩書でもなく、わたしの成すことを…ただの「私」という人間を、こんなにもまっすぐに見て、守ろうとしてくれている。
胸の奥底から、熱いものがこみ上げてくる。
気づけばフィオナは、彼の大きな腕にそっとしがみつくように身を寄せ、その温もりに涙を滲ませていた。
戦いの旅の果てに見つけた、たった一人の大切な人。
この不器用で真っ直ぐな強さを持つ男の隣で、ずっと生きていきたい。
それが、聖女であり続けてきたフィオナが、自分の心に深く刻み込んだ初めての恋心だった。




