幕間⑧ 女の友情(?)
過酷な旅の合間、誰もいない宿の一室や野営のテントの片隅で、フィオナとヴァレリアの間には、特異な信頼関係が築かれていた。
圧倒的な力と知性を持ち、冷徹な合理主義をまとっていたはずの魔法使いにとって、どこか抜けていてお人好しな聖女の存在は、最初はただの「面倒な足手纏い」でしかなかったはずだった。
しかし、何度も死線を共にし、互いの内側に触れるうちに、その関係はいつしか損得勘定を超えた確かな絆へと変わっていた。
ある日の夜、激しい戦闘と膨大な治療を終え、フィオナが宿のベッドの上で小さく丸まっていた時のことだ。
あまりの疲労に夕食も喉を通さず、ぼんやりと天井を見つめる彼女の部屋へ、ヴァレリアは無言でノックをして入ってきた。
手には、温かいハーブティーを入れたカップが握られている。
「……これでも飲みなさいよ。冷えてるんでしょ」
「あぁ…、ありがとう……リア。」
フィオナがゆっくりと起き上がり、両手でカップを受け取る。
その指先がかすかに震えているのを見たヴァレリアは、小さくため息をつきながら、ベッドの端に腰を下ろした。
「本当に、あんたは馬鹿ね。相変わらず自分の限界も体力も省みず奇跡を使って……
見ていてこっちがハラハラするわよ」
「……だって、放っておけなかったんだもの。みんな、すごく辛そうだったから…」
顔を歪めながら、申し訳なさそうに眉を下げるフィオナ。
その純粋すぎる横顔を見つめながら、大賢者は内心で小さく舌打ちをした。
―分かっていたことなのに。
この子の優しさは偽善なんかじゃない。
打算も損得もない、本物の「慈愛」なのだと。
ずるい人だ、とヴァレリアは思う。
自分が泥水をすすり、効率と実利だけを考えて生き抜いてきた世界とはあまりにも違う、あまりにも眩しい生き方をしている。
そんな彼女を見ていると、自分のなかにあった冷たい氷のようなものが、少しずつ溶かされていくような感覚に陥るのだった。
「……ねえ、フィー?」
「ん?」
「あんたさ、もう少し自分の体を大事にしなさいよ。
私たちがどれだけ前衛で敵を薙ぎ払っても、肝心の癒し手がボロボロになってたら意味がないのよ。
……それに、私だって戦闘中…毎回毎回あんたの面倒みるのは大変なんだからね?」
照れ隠しとばかりに悪態をつくヴァレリアだったが、その声には旅の最初の頃のようなトゲはなく、どこか優しさが滲んでいた。
フィオナはカップをテーブルに置き、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「リア……ありがとう。いつも私を気遣って、陰でいろいろ守ってくれてるの、知ってるよ」
「っ……!
別に、守ってあげてるわけじゃないわよ!
戦闘中にフラフラしてるから、ついでにフォローしてあげてるだけよ!」
図星を突かれたように、ヴァレリアはパッと顔を背け、少しだけ頬を朱に染めた。
普段の冷静沈着な天才魔導士の面影はどこへやら、年相応の、少女のような気まずそうな反応を見せる。
そんな彼女の様子を見て、フィオナは嬉しそうに目を細めると、ためらうことなくヴァレリアの肩にそっと頭をもたれかけさせた。
「…重いわよ、フィー……」
「ん…温かい。…ねぇ…リアがいてくれて、本当に良かった。
あなたがいなかったら、私、途中で折れてしまっていたかもしれない」
その言葉に、ヴァレリアは息を呑んだ。
不器用で、誰にも弱音を吐けなかった自分を、この真っ直ぐな聖女はいつでも全肯定してくれる。
自分にとって彼女がかけがえのない存在になったように、彼女にとっても自分は心を開ける数少ない相手になったのだという実感が、胸の奥を熱くさせた。
「……しょうがないわね」
ヴァレリアは小さく呟くと、拒絶するどころか、そっと自分の腕を回し、フィオナの肩を優しく抱き寄せた。
「どうしてもって言うなら、鈍臭いあんたのお守りくらい…これからも付き合ってあげるわよ。
……その代わり、私の前で無理して倒れたりしたら、ただじゃ置かないんだから」
「うん! 約束する」
静かな夜の部屋で、二人の間に交わされた小さな誓い。
…結局、旅の間、フィオナは大勢の患者を無理して治療し力尽き、何度も倒れることになるのだが。
打算や権力闘争とは無縁の場所で結ばれたその友情は、これから彼女たちが直面する過酷な運命の中で、お互いを支え合う何よりも強い光となっていくのだった。
ちなみに、フィオナが敬語を使わないのも、
「様」をつけずに愛称だけで呼ぶのもリアだけであり、フィオナに「リア」と呼ばれるたびに、アレスやレオンハルトにドヤ顔をするヴァレリアなのであった。




